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ECD + 植本一子 | 臨月 | 「WE ARE ECD+1」Vol.11

昨日の夜、夕食を済ませて一息ついている時のことだった。いちこが言った。
「石田さん、臭くなくなったよねえ」
 
Text:ECD
Photo:植本一子




ECD

「えっ?」
「食生活変わったせいだよ。付き合い始めたころすごい臭かったよ」

自覚はなかったが、自分の体臭が臭いというのは7年前につきあっていた女の子にも言われたことだった。汗をかくと特に匂うから会う前に制汗スプレーをしてくるように言われたりした。いちこの指摘する匂いもやはり汗をかいたときのものだという。
いちこと僕が付き合い始めたのは去年の夏の終り。いちこは「この人とまた夏を過ごすのか」と1年後のことまで心配したのだという。それが今年の夏、僕の汗は臭くなかったと、うれしそうに僕に告げるのだった。
昨日で出産予定日まで3週を切っていた。もう秋も深い。夏が終わって随分経つ。苦しかったこのひと月をいちこはやっと乗り越えたのだと僕は思った。

夏の終わり、不整脈騒動が収まり、結婚パーティーも無事終わってほっとしたのも束の間、いちこは毎晩のように「あたし、どうなっちゃうんだろう?」と出産への不安を訴えた。産まれてきた赤ん坊を可愛いと思えず、お腹の中に押し戻そうとするが戻せない、そんな夢を見たこともあったという。
「産んじゃったら元に戻せないんだよ」
そう言っていちこは涙を流した。当たり前のことだけど、当たり前だからこそ誤摩化しようのない現実。
「本当にこれでよかったのかなあ」
そんな元も子もなくなるようなことを言い出す夜もあった。
僕は「大丈夫だよ。」と繰り返すだけだった。

今日の夕食はこの秋になって最初の鍋だった。7時には家に帰れたので、食事を済ませてもまだ8時過ぎだった。たらふく食べた僕といちこは畳に寝そべってごろごろしていた。いちこが言った。
「楽しみだなあ。産まれるの」
いちこがそんな言葉を口にするのは妊娠が発覚して以来初めてのことだった。いちこは続けて言った。
「十ヶ月よくがんばったよ。あたし」
「うん、投げ出さないでね」
「本当だよ、あたし、2回、死のうと思ったもん。つわりきつくて」

もともとそうなのかもしれないが、妊娠してからのいちこの喜怒哀楽の変化はひと際鮮やかだった。自分自身は感情の変化が淡々としているだけに、いちこの鮮やかさは咲き乱れる花のように時には僕をとまどわせ、時には安堵させてくれた。
妊娠出産の手引き書を読むと、安定期に入ったら残り少ない2人きりの時代の思い出作りに旅行に出かけるのもいいでしょう、なんてことが書いてある。そんな余裕はなかったけれど、仕事から帰って部屋のドアを開けて顔をみるまでその日のいちこがどんな様子か全く予断を許さない緊迫した毎日は、時間が恐ろしく濃密で、なんとなく過ぎていくのが当たり前だったそれまでが嘘のようだった。


ECD

植本一子

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