
植本一子 + 南波一海 | 渋谷慶一郎 | 「お忙しいところ失礼します。」Vol.2
先月よりスタートした写真家・植本一子氏と、元□□□メンバーで、現在はライターとして活躍している南波一海氏による連載コラム「お忙しいところ失礼します。」
毎回、気になるクリエイターのアトリエを訪れ、あまり目にする機会のない貴重なクリエイティブの現場を、写真とテキストでレポートする突撃企画です。
連載第2回目となる今回は、つい先日、亡き妻に捧げたサート・ソロアルバムにして初のピアノ・ソロ『ATAK015 for maria』をリリースしたばかりの音楽家・渋谷慶一郎氏(ATAK)の仕事場に潜入してきました。
Photo:植本一子
Text:南波一海

猫のお出迎えを受けてリビングにお邪魔すると、まず目に入るのはソファ。その先には作業椅子。そして、机。机の上には2台のノートブック・コンピュータ。その向こうにはスピーカーが左右にそびえ立つ。更にその先には光が差し込む窓。ほぼ、これだけである。音楽家・渋谷慶一郎の仕事場は、驚くほど素っ気ない環境だった(連載2回目にして音楽家の部屋の両極を見た思い)。
新作『ATAK015 for maria』は亡き妻、マリアさんに捧げられたピアノ・ソロ。ピアノの音質、音像にも徹底的にこだわったこのアルバムは、DSDシステム(解像度はCDの128倍!)でレコーディング、ミックス、マスタリングされ、その音像をPCM(CDの規格)に翻訳するために「みんなが音を上げるくらい(笑)」の幾度もの試行錯誤がなされた。「そのくらいやらないと今ピアノ・アルバムを出す意味がない」とまで断言するこの作品は、音が流れ出すと一瞬でその場の空気を変えるほどの圧倒的な存在感と解像度を誇る。
渋谷の音楽に対するストイシズムは、極めてシンプルな家具と機材が窓に向かって一直線に並ぶこのミニマルな空間とそのまま直結している。コンピュータが鎮座する作業机には、極めてフラットなUSMハラーを、スピーカーは音の鳴りと定位憾で評価の高いムジークエレクトロニック・ガイザインが使用されている。水平感/フラットにこだわるその姿勢から、興味深い話を聞くことができた。
「イチローはバットのグリップを持って、重く感じるか軽く感じるかでその日の自分の体調がわかる。それを厳密にチェックするために毎朝同じ味のカレーを食べるっていう(笑)。その話を聞いた時、“すごいわかる”と思ったわけ。僕も毎日同じ味のコーヒー飲んで、卵ごはん食べて、って全部ちゃんと決まってるほうがいい。聴こえ方の違いが、“昨日はこう感じたのに今日はこう感じるけど、気のせいかな”っていうのがなくなってくる。最悪なのは酒飲みながら音楽作ったりする人だと思うんだけど(笑)、酒のせいで違って聴こえるとか、そういうのをどんどんなくしたくて。実際飲んだら仕事はしないし、ほんとに少しの条件で耳の状態は変わってくる。そういう風にセンシティヴィティを高めていくと、机周りとか、ステーショナリーとか大事になってくるわけですよ。言ってみれば、味とかがないものがいい」
まるでアスリートのような、真摯かつ求道的な発言に思わず背筋が伸びるのと同時に、この部屋がこうなるべくしてなったのを理解した。
「普通は、生活があって、その一部として音楽があると思うんですけど、僕はほぼ全て音楽でできていて、その中からプライヴェートを切り分けてる感覚」
こうも発言する渋谷は、いつインスピレーションが沸いてきてもすぐに音楽制作に入れるように「常に臨戦態勢」を張っている。音楽制作と生活というオンとオフの切り替えがあまりないのだ。ずっと作業していて、明け方になって気絶するように眠ることがほとんどとのこと。では、今のように住環境と作業環境が同じ場所にあるのは好都合かもしれない?
「本当は分けたいんですけど。ちょっとは自分を労わった方がいいかなって(笑)。でも結局分けないようにしてるのはそういうことかなって思う」
まさしく音楽人と呼んでいい渋谷慶一郎は、これからもその歩みを止めることはないだろう。次なる一手は……?
リビング兼作業場。楽器らしい楽器は右手のProphet-5のみで、それもほとんど使わない。それについても非常にユニークな意見を聞くことができた。「僕はコンピュータにも生音があると思ってて。コンピュータを使うときはそれを媒介にして録音した音を出すのではなくて、コンピュータの中で作った音だけで全てアウトプットしたい。それがコンピュータの生音という意味で、僕がプログラムで作った音と、いわゆる音楽専用のソフトシンセとかでは解像度が違うんですよ。特にクラブとかで大きい音で聴くと露骨に違う。エレクトロニカとかおもちゃみたいに聴こえちゃう。だから僕は全然使わない」


棚には数多くのCDやスコアが並ぶ。
Favorite Tools


(上)モニター・スピーカーはドイツのMusikelectronic Geithain製。「全く色気がないというか、ノーメイクなモニターで。悪い音楽はそのままダメに聴こえるし、良い音楽はそのまま味付けなしで鳴ってくれる」(下)スイスのUSM Haller Systemでテーブルとキャビネット。「テーブルは、コンピュータ2台使って作業してるし、メールもするしで大事だなと思って。模様替えするときにアンティークとかがあるような小洒落た部屋にしようかなって気の迷いも出たわけ、一瞬(笑)。でも結局、USMハラーにしました。すごく良いですよ。木だと弛むじゃないですか。これは水平感がメチャクチャある」
Information
渋谷慶一郎氏のサート・ソロアルバム『ATAK015 for maria』は現在発売中。試聴はこちらから。11月からは、京都、名古屋、福岡、東京の各会場で「for maria concert version Keiichiro Shibuya playing piano solo tour 2009」もスタート。ローソンチケット、e+、ATAKオフィシャルサイトで全公演の前売りチケットの予約を受け付けている。また、渋谷慶一郎+evalaによる「for maria installation version」が、2010年1月31日まで山口情報芸術センター 中庭A・Bで展示中。

Creator Profile
渋谷慶一郎音楽家。東京芸術大学作曲科卒業。サイエンス・テクノロジーを駆使して電子音楽の分野では最先端を開拓し世界的に活動している。2002年にATAK設立。音楽レーベルとしてだけではなく、デザイン、WEB、映像など多様なクリエーターを擁し、精力的な活動を展開。2004年にリリースしたファースト・アルバム「ATAK000 keiichiro shibuya」は「電子音楽の歴史のすべてを統べる完璧な作品」と評された。2005年より複雑系研究者/東京大学教授の池上高志と非線形物理学の応用による「第三項音楽」を展開、その成果として2006年には三次元立体音響によるサウンド・インスタレーション”filmachine”を、2007年にはそのCDバージョンとして世界初のヘッドフォン専用・三次元立体音響CD”ATAK010filmachine phonics”を発表。これらによって2007年度アルスエレクトロニカ・デジタルミュージック部門でHonorary mention受賞。2008年には世界最大のテクノロジーアートのフェスティバルであるトランスメディアーレ(ベルリン)でfilmachineを発表、コンサートも行う。2009年にはヨーロッパ、アジア数カ国から日本に渡るATAK NIGHT4ツアーを行う。2009年から2010年にかけてピアノ・ソロによるコンサートツアーが国内外で予定されている。
Posted by:植本一子
84年広島県生まれ。写真家。02年、高校生の生活フォトコンテスト受賞。03年、日本写真芸術専門学校在学中に、キャノン写真新世紀で、審査員の荒木経惟氏らから賞賛を受け、優秀賞を受賞する。2009年11月よりA/M所属。

Exhibition Information
植本一子 Exhibition 「only you」
会期:2009年11月27日(金)〜 12月13日(日)月曜定休
オープニングレセプション:11月27日(金)19:00-22:00
会場:「PUBLIC/IMAGE.3D」
東京都世田谷区池尻2-32-2 デパール池尻ビル1階
南波一海
音楽ユニット□□□を経てライターに。現在は音楽誌「ヒアホン」編集の他、各専門誌で音楽や映画などについて執筆。あと、WEATHERレーベルのポッドキャスト「ウィンドアンドウィンドウズ」やコミュニティFMでレギュラーで毎月喋ってます。




