
ECD | 4月10日〜4月24日 | 「ECDの休日」Vol.6
ラッパーECDと写真家植本一子の結婚・出産までをリアルタイムで綴った人気連載「WE ARE ECD+1」より約1年。ECDの新連載が展開中です!!
今回は、ECDの休日限定ダイアリー。知られざる彼の休日を、日記形式でお届けしていきます。
Text:ECD
4月13日(火) 晴れ
今日はこれといった予定もない 。昨日ニュース番組で坂本冬美が生で唄っていた曲を買いに行きたい。CMで流れていた頃からクリムゾンの「ムーンチャイルド」に似たサビが気になっていた。
昼食後、食休みしているとカシャッと外で音がする。見ると娘の手元にあったはずのiPhoneがない。窓が開いている。まさかと思い下を見ると、2階下のベランダに落ちていた。
夕方帰宅した2階の奥さんが届けてくれるまで携帯なしの時間が過ぎた。
4月14日(水) 晴れ
昨日8時過ぎには娘を寝かせつけながら自分も寝てしまい、さすがに夜中3時に目が覚める。
もったいないので起きて昨日やるはずだった次作のレコーディングのためのセッティングを5時まで。
午前中3人で公園。おそらく、フィリピンの人だろうお母さんが連れた2才半だというまーくんと遊んでもらう。
帰ったあと妻がポツリと一言。
「外人さん気を使わなくていい」
自分も同じことを感じていた。
4月20日(火) 小雨
昨夜は娘を寝かせつけてから起きて作業をするつもりだったのだが、そのまま寝てしまった。
朝、6時過ぎには起床。PCをのぞく。ツイッターを見ていたら、ユウザロックの裁判傍聴記というのがアップされているのを知り読んでみた。今は長野に帰っているらしい。
ユウザロックが田舎に引っ込んだのは今回が初めてではない。僕がユウザロックと初めて会ったのは僕が27、ユウザロックは15か16の時のことだった。その頃ユウザロックはちょっとしたトラブルに巻き込まれた。しばらく姿を見かけなくなり、僕はそんな奴がいたことも忘れかけた。
次に会ったのは、4年後のことだった。ユウザロックはラップコンテストでステージに立っていた。しばらく長野に帰っていたと本人から聞いた。
それからユウザロックは2枚のアルバムを出す。と思ったらまた姿を見かけなくなった。
ある日、渋谷のファイヤー通りの歩道で、ミックステープを売っているユウザロックに出くわした。ニューヨークに行っていたらしかった。
さんピンの前だったか後だったか、一緒に酒を飲んでいて口論になり、激昂して店を飛び出したユウザロックを探して中目黒の街を走り回ったこともあった。
そんな風にユウザロックは、これまでにも僕の前から突然姿を消すことがあった。そして、ここ最近は僕の方がユウザロックがいる場所からは遠ざかってもいた。
今回のことでよかったと思うことがひとつだけある。ユウザロックが「校長」なんかにならずに済んだことだ。
4月22日(木) 雨
雨で外に出れず終日在宅。
Posted by:ECD
60年生まれ。ラッパー。本名石田義則。ファイナルジャンキー主催。 96年に、日比谷野外音楽堂で開催された伝説的なHIPHOPイベント「さんぴんCAMP」を主催したジャパニーズヒップホップのオリジネーター。アルコール中毒に悩まされた時期もあったが、今では立ち直り警備員をしながら音楽活動を続けている。『ECDIARY』(レディメイド・インターナショナル)『失点イン・ザ・パーク』(太田出版)などの文筆活動を始め、音楽活動以外でもその才能を発揮している。




