
NANZUKA UNDERGROUND|「NANZUKA AGENDA」Vol.2| 空山基
従来の現代アートの枠組みにとらわれない活動を展開するユニークな作家たちを擁するNANZUKA UNDERGROUND。白金にあるメインギャラリーに加え、以前のホームグラウンドだった渋谷の地下スペースに新コンセプトスペース「NANZUKA AGENDA」を開設するなど、今後の展開も注目される同ギャラリーのギャラリスト・南塚真史氏が、自身の体験をもとにしたアートシーンにまつわる回想録を綴っていきます。
Text:南塚真史
先月、NANZUKA UNDERGROUND(白金)で、当ギャラリーでは初となる空山基の個展を開催した。私にとっては伝説的なアーティスト、昨年より準備を続けてきた念願の展覧会であった。空山基は、70年代後半より人体の美しい曲線美を取り入れたロボット(SEXY ROBOT)のシリーズで、一躍有名になったイラストレーターだ。

空山基は、1947年愛媛県高松に大工の息子として生まれた。幼少の頃から人一倍絵の上手い子供だった空山だが、一度は親の希望で普通の大学に入学している。四国にある厳格なキリスト教系の大学だった。無気力な学生生活を続けていた2年生の時、“暇つぶし”に「ピンクジャーナル」というシモネタの学内誌を匿名で作って発表するや否や、それが大問題となり、「こんなに絵を上手く描く奴は空山しかいない」ということで退学に追い込まれる。そんな時に「美術手帖」の広告を見て、中央美術学院が無試験で入学できることを知り、すぐに入学。そこで初めて一通りの基本的な美術教育を受けた。技術を買われて広告代理店に入社するも、やがて飽き足らなくなり退社、以後フリーランスのイラストレーターとなる。ロボット以前の空山は、マリリンモンローから飛行機まで特定のスタイルを持たない職人絵描きであった。

そんな空山の作品にロボットが登場するのは、1978年のこと。旭通信社の先輩でアートディレクターの原耕一氏から依頼を受けたサントリーの広告の仕事であった。映画「スターウォーズ」公開の年。その試写をチェックした原氏のアイデアで、宇宙空間の中でロボットが隕石に腰掛けながらシングルロックを飲むという構図。この時のロボットはまだsexyな女性の体躯ではないが、続く連作でSEXY ROBOTが生まれた。
ピンナップ画のスタイルをロボットにも取り入れるというコロンブスの卵的な発想で生まれたこのシリーズが、遠く海を渡って特にアメリカのハリウッド界に革命的な影響を及ぼしたということはあまり知られていない。「スターウォーズ」の3CPOに代表されるギコチナイ動きを連想させる典型的なロボットは、空山の描くロボットによってそのステレオタイプがアップロードされることになった。ジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグの2大巨匠のほか、マルク・キャロ(「エイリアン」シリーズ)、マーク・デッペ(「スポーン」)、スチュアート・ゴードン(「スペース・トラッカー」)など蒼々たる映画監督が空山のスタジオを訪れている。(※「スポーン」ではキャラクターデザインも担当。「スペース・トラッカー」では映画の中で空山の作品引用がある。)
©Hajime Sorayama
©Hajime Sorayama
とはいえ、「人間的なロボット」のオリジナルは、やはり手塚治虫「鉄腕アトム」に起因するだろうし、あるいはセクシーなロボット(アンドロイド)という発想は、1973年の永井豪「キューティーハニー」にもその原典があるだろう。それでも、空山基がレジェンドとなり得たのは、やはり空山の描くスーパーリアルイラストレーションのビジュアルインパクトによるものが大きい。不滅金属の特殊な質感や光沢感を再現し、なおかつ人体と同様の動きを連想させる体躯を表現することは決して誰にでもできる仕事ではない。高い技術と現実味を備えた想像力がなければできない仕業である。空山を空山基たらしめた才能はまさしく、そこにあると言っても過言ではなかろう。
©Hajime Sorayama
スーパーリアルと言えば、日本の美術史の中には卵の絵で有名な上田薫、イラストレーションの世界では「TV Taro」の表紙絵で有名な辰巳四郎(実は椎名林檎の叔父!)などの先人がいる。70年代〜80年代のプレ・コンピューターグラフィックス時代に大きな影響力を持ったこのスーパーリアルは、“アナログ”のイラストレーションがその権利と尊厳を持ち得た最後の時代を象徴する表現であったと言ってもいい。そうした時代の申し子として、空山基はスーパーリアルの”How To”を惜しげもなく開示し、多くのアーティストの卵に影響を与えた。
1979年「イラストレーション」誌における“HOW TO DRAW”や、1983年に出版された画集「SEXY ROBOT」において、空山はそのテクニックを写真図解して、人々を驚かせた。また、この時に空山は、エアブラシを使って描くという技法を紹介している。エアブラシの微粒子を利用して描かれるロボットのメタリックな表現に、多くのアーティスト志望の若者が熱狂し、やがて空山の名前は遠く海を渡ってアメリカにおいて「God Father of Air Brush」となった。(とはいえ、Air Brush の使用については、山口はるみの方が先輩である。)
空山基の仕事で、世界的に有名なものは、なんといってもSONYが売り出したロボット犬AIBOの初代ERS-110のコンセプトイメージ(1999年)である。この初代AIBOは、MOMAやスミソニアン博物館にも収蔵されている。
©Hajime Sorayama
また、2001年にリリースされたエアロスミスの「Just Push Play」のアルバムカバーを提供したことでも知られている。しかし、それでも空山基の創造性が、アートの世界で評価の対象になることはこれまでなかった。それどころか、多くの美術関係者は空山基の名前すら記憶していない。
確かに空山の作品には、批評性やメッセージ性といったアートの必要条件はない。空山自身も「自分の絵にはストーリー性はない。モデルたちはひたすら自己完結した孤高な存在のままである。そういう意味で、依然として私の作品は、ピンナップ・アートのパラダイムに属していると考えている」と過去に語っている。しかし、だからといって空山の創造性をイラストレーションの文脈のみで片付けてしまうことは不可能だ。例えば、アートの十分条件のひとつである「時代性」という観点で捉えた場合、500年後の未来に空山の作品が発見され、人間がロボットのいる未来を夢見ていた時代の最も重要な表現としてリスペクトされる日が来ないとは誰も言えないはずだ。オリジナリティという点でも、空山の作品は一見してそれと分かる固有の美学的根拠をしっかりと兼ね備えているはずだ。また、空山ファンであればよく知っているはずだが、90年代以降の空山の作品は「誰にも見せる事のできない“危ない絵”」で埋め尽くされている。空山は、そうした作品を誰からの依頼もなく、ただ自分の作品を楽しんでくれる少数のファンのために描き続けている。実際に、そうした作品は空山が描きためている膨大な作品の実に80%以上をしめている。

©Hajime Sorayama
©Hajime Sorayama
しかし、それでも空山は「アートなんてクソ食らえ」と語る。実際に空山のような異端児は、現状ではアート界にもイラストシーンにも居場所を持ち得ない孤高の存在なのである。
「描かずにはいられない」。そう語る空山の作品は、職人的であると同時に、もっと人間が描く行為に関する本質的な部分に起因している。であれば、空山には空山(や空山のようなアーティスト)を評価するための新しい基軸が必要だ。世界の現代アートシーンでは、今もなおその可能性が模索され続けている。
21世紀の現代美術が、これまで明確な答えを見出せてこなかったアートとデザイン、商品とアート、日常と美の関係といった問題の克服への挑戦を繰り広げるなかで、あるいは空山のような存在がそのひとつの新しい可能性となるかもしれない。
もしかしたら、いやおそらく、空山がその生前に相応しい評価を受けることは難しいだろう。例えば、これから先10年のうちに、森美術館で空山の個展が開催される可能性は限りなくゼロに近いはずだ。しかし、100年後にMOMA(NY近代美術館)で個展というのはどうだろうか? 少なくとも、前者よりは可能性が高いと思うのは私の飛躍だろうか。いや、しかし私はそれを目指しているのだ。

Exhibition Information8月7日まで、三嶋典東個展「LINE MAN」が、渋谷・NANZUKA AGENDAで開催中。会期最終日には、今井和雄 (音楽家)と三嶋典東によるパフォーマンス&トークショーも予定されている。また、8月21日〜9月18日まで、佃弘樹、山路紘子、岸本幸三によるグループ展「- scape」が、白金・NANZUKA UNDERGROUNDで開催される。
Posted by:NANZUKA UNDERGROUND
2005年、南塚真史によって設立。田名網敬一や空山基といった戦後日本の美術制度の中で埋もれてきた才能を国際的な枠組みの中で再評価する仕事に努めている。その一方で、国内外の若手及び中堅作家の育成と紹介を行っている。2009年4月、白金アートコンプレックスにメインスペースを移転。2010年6月より渋谷の旧スペースをNANZUKA AGENDAとして再起動。ファッション、音楽、デザインとの交流も積極的に行い、アートとデザイン、商品とアート、日常と美の関係といった現代美術の主要な問題に対して実験的な挑戦を試みている。












