
NANZUKA UNDERGROUND | アーティストとギャラリーの関係性 |「NANZUKA AGENDA」Vol.4
従来の現代アートの枠組みにとらわれない活動を展開するユニークな作家たちを擁するNANZUKA UNDERGROUND。白金にあるメインギャラリーに加え、以前のホームグラウンドだった渋谷の地下スペースに新コンセプトスペース「NANZUKA AGENDA」を開設するなど、今後の展開も注目される同ギャラリーのギャラリスト・南塚真史氏が、自身の体験をもとにしたアートシーンにまつわる回想録を綴っていきます。
Text:南塚真史
少しテクニカルな話になるが、今回はアーティストとギャラリーの関係性について話をしたい。この部分は、私たち業界関係者が思っている以上に一般の方には分かりづらいことだと思われているはずだ。実際に、私自身もギャラリーを始めるまで知らなかったことが数多くあった。
まず、「コマーシャルギャラリー」という言葉を皆さんはご存知だろうか? そのまま商業画廊という意味なのだが、基本的に作品の売買のみで生計を立てているギャラリーのことを言う。この他に「貸し画廊」というものがあり、日本ではこの種類の画廊が非常に数多い。これは、その名の通り展覧会をやるスペースをアーティストに貸して、場所代を取って生計を立てている画廊である。私の運営しているギャラリーは、前者の形態に当てはまるので、この業態の実態について少し解説をしたいと思う。特に、美大の学生などには有益な情報なはずだ。
「コマーシャルギャラリー」は、取り扱う作品の性質によって大きく2種類の業態に分かれる。定期的に展覧会を開催する美術館的な活動を行う画廊と、仕入れと卸しを同時進行で行う商店的な画廊である。後者の場合は物故作家や人気作家の作品を収集してお店で販売する形式が基本的なスタイルだ。古美術などを扱う画廊もこの形態が一般的だろう。一方、前者の場合は、基本的に現役のアーティストの新作を発表する展覧会や、あるいはギャラリーの企画で構成した特別展などの展覧会を定期的に開催し、そこで作品を販売する。この種の画廊は、アーティストをギャラリー所属として抱え、そのマネージメント業務を平行して行うことが一般的で、アーティストの代理人としての機能を備えている。私のギャラリーの取っている形態はまさしくこのシステムで、国際的にcontemporary art gallery (同時代の芸術を扱うギャラリー)と呼ばれる。日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、国際的には大きな市場があり、世界各地でアートフェアと呼ばれる即売見本市が開催されている。このアートの市場は、アーティストからダイレクトに作品を販売するため、プライマリーマーケット(第一の市場)と呼ばれ、オークションなどのセカンダリーマーケットと区別されている。

三嶋章義個展「Family」at NANZUKA UNDERGROUND 白金 (2009年4月)
Photo:Keizo Kioku
それでは、私たちcontemporary art galleryとは、日常的にはどのような活動を行っているのか。先に記したようにギャラリーの活動の基本は、展覧会の定期的な開催である。私のギャラリーの場合、4〜5週間の展覧会を定期的に開催しているので、年間で9〜10回程度の展覧会を開催していることになる。当然それだけの展覧会を開催するためには、作品を発表する所属のアーティストをリストアップすることが必須条件になる。アーティストのスカウト方法については、各ギャラリーそれぞれスタンスが違うと思うが、若手作家の場合は、美大の卒業展、その他選抜展、公募展などで声をかけるのが最も一般的なパターンのはずだ。この他に、学生などが自主的にやっている展覧会などの案内状を見てギャラリストが視察に行く場合もあるし、狭き門だがアーティストからの持ち込みなどを受け付けているギャラリーも多い。また、日本に限って言えば、村上隆が主催しているGEISAIからアーティストを見つけたギャラリーもかなり多いはずだ。また、ある程度キャリアのあるアーティストの場合は、すでに所属しているアーティストやキュレーターなどからの紹介というパターンも多い。私のギャラリーに限って言えば、半数以上がアーティストの間接的、直接的な紹介などによる。今年の5月に展覧会を開催した伝説の絵師・空山基は、田名網敬一に紹介してもらった。もちろん、それぞれ相応しいタイミングを図ってお願いして紹介してもらっているのだが、アーティストの紹介はギャラリストの百の口説き文句よりも説得力がある。ちなみに、もしギャラリーへの売り込みを考えているアーティスト志望の読者の方がいれば、まず自分の作品をどこで展示したいのかをよく調べてから売り込むといい。当てずっぽうにあちこち回るよりも、好きなアーティストが少しでも数多くいるギャラリーの方が話も合うはずだ。また、いきなり行くと迷惑がられる可能性が高いので、事前のアポイントを取ることをお勧めしておく。

田名網敬一の60年代のシルクスクリーン作品をArt Forum Berlinで展示しているgalerie gebr.Lehmann のブース。
また、海外のアーティストの場合は、日本と比べて言語の点でも自律しているアーティストが多いため、希望するアーティストへのダイレクトコンタクトを探すという手もあるが、私の場合はストレートに手数料を支払ってでも海外の所属ギャラリーを通して交渉する方法を好んでいる。なぜなら、テイストの合うギャラリー同士で互いにアーティストを交換し合うことができれば、そのことの方がメリットは大きいからだ。例えば、私の場合はドイツのドレスデンとベルリンにギャラリーを構えるGebr.Lehmanと提携し、田名網敬一を先方のギャラリーで扱ってもらい、逆に日本でMartin Mannig、Tatjana Doll、Frank Nitscheと次々と私の大ファンの実力派アーティストたちの展覧会をやらせてもらっている(Frank Nitscheは来年の2月に個展を開催予定)。こうしたネットワークはアーティストの市場を国際的に作る上で非常に重要で、世界的に成功しているアーティストは必ずといっていいほど、世界各地に所属のギャラリーを持っている(アメリカだとNYとLAかMIAMI、ヨーロッパだとドイツの各地やパリ、ロンドンなど)。マーケットの拡大と安定のためには、複数の国で、複数のギャラリーで作品の窓口があった方がよい。そのため、ギャラリーは互いに提携し合って、アーティストを共有する。この場合、一番最初にそのアーティストが所属したギャラリーが、マザー(ファザー)ギャラリーとして、他のギャラリーとの窓口に立つことが一般的だ。ギャラリー同士はライバルでもありビジネス仲間でもある。これは世界のアートマーケットの常識なのである。

Martin Mannig 個展「Midnight Movie」at NANZUKA UNDERGROUND 渋谷 (2008年10月)
Photo:Keizo Kioku
アーティストのラインナップが揃えば、当然ギャラリーの最も重要な仕事は、その売り込みだ。作品を売ることは決して簡単ではない。芸術作品とはマーケットが存在しなければその価値はゼロになってしまう。逆にどんなに法外な値段でも、一人でも購入者がいればその作品の売買は成立する。そのため、近年ではギャラリーはそのマーケットを求めて世界中を飛び回っている。具体的には美術館、アートフェア、パーティーなどに顔を出すためだ。そこで人々に会い、作品を見せて、説明をし、商談をする。例えば、私は今年の7月に私のギャラリーの最も重要なコレクターに招かれてレバノンのベイルートに行った。そこでは、彼が年に一度催すプライベートなパーティーがあり、ハリウッド映画さながらの25mプール付きの大豪邸の別荘に、高級車で乗り付けた友人たちが世界中から200人ほど集まっていた。部屋にはダミアン・ハースト、ジョルジュ・コンド、マーク・クイン、村上隆といった大御所アーティストの作品がずらりと並び、名実共に世界一のギャラリーであるガゴシアンのNYの担当ディレクターやイタリアの大御所ギャラリー、マッシモ・ディ・カルロら出入りのギャラリストが、このパーティーのためだけにベイルートに集まっていた。彼らはそうして友人関係を築くことで次のビジネスチャンスを担保しているのだ。

Frieze Art Fair 2010
世界のアートシーンの中心を知るためには、おそらく主要なアートフェアを見て回るのが一番良いだろう。現在世界で一番重要なフェア(一番出展が難しいフェア)は、6月にスイスのバーゼルで開催されるART BASELだ。このフェアを主催する組織は、12月にアメリカのマイアミでもBASEL MIAMIを開催している。ここに出展できるギャラリーは、約250件程度。アーティストは2000人程度。俗な言い方をすれば、これらのギャラリーとそこに所属するアーティストたちが、世界のアートシーンの現在の1軍ということになろうか。BASELの次に評価が高いフェアは、イギリスのロンドンで10月に開催されるFrieze Art Fair。こちらの出展画廊数は約150軒程度とBASELよりは規模は小さいが、BASELがより保守的な傾向にあるのに対し、FriezeはよりCutting Edgeであることをフェアの特徴としている。私のギャラリーは今年初めてこのフェアに参加し、田名網敬一の個展を開催した。この他に、リーマンショック以後はややステイタスを落としているが、歴史の長いNYのArmory Show、フランスのFiacなどが有名で、アジアでは5月に開催されているArt Hong Kongがアジアの好況を反映して近年その存在価値を上げている。
こうした世界の主要なフェアに参加するために、各国のギャラリーは日々切磋琢磨を繰り返している。その道は非常に狭く、例えば、私が今回参加したFrieze Art Fairの若手ギャラリーのためのFrameというセクションは、25の出展枠に対して237件の申し込みがあったという。よほど独自のネットワークと財力を持っていなければ、世界中の美術館のキュレーター、コレクターが一同に会するこうした主要なアートフェアに参加する以外に、国際的なアートシーンで登りつめることはほぼ不可能に近いということを、世界中のギャラリーが知っているということだろう。

Frieze Art Fair 2010
ギャラリーの成功とは、そのオーナーによって個人差があることを前置かせてもらいつつ、生臭く言わせてもらえば、伝説のギャラリストとして歴史に名を残すことになる。そうすれば自ずと地位と名声と金も付いてくるという構図だ。ピカソやマチスといった20世紀の巨匠をより早く見出した伝説の画商ボラールや、リキテンシュタインやウォーホルといったポップアートの旗手を一手に扱かったレオキャステリのように、将来巨額の金額で取引されるアーティストを探して育てれば良い。それだけ、「目」が重要ということになるだろう。しかし、目がいいだけではギャラリーは勤まらない。何より大事なことは、とりわけ個性の強いアーティストたちと同時並行して信頼関係を築きあげることだ。
では、最も重要なアーティストとギャラリーとの契約関係はどのように交わされているのであろうか。実のところ、おそらく私の知る限りギャラリーとアーティストが、例えばサッカー選手のようにガチガチの契約関係を交わしているという話は聞いたことがない。私のギャラリーに限っても、契約書を交わしているのは田名網敬一だけで、それも税務署への証明書として税理士に促されて支払いの方法について書いたものである。契約書が一般的でない理由は私もよく分からないが、実務上それが必要だと感じたことはない。つまり、おそらくあまり意味がないからという理由が一番で、より自由を重要視するアーティストの意思を尊重して信頼関係による白紙の契約ということになっているのだろう。日本では稀だが、欧米ではアーティストがギャラリーを替えることは多々ある。金銭トラブルが一番よく聞くパターンだが、他のアーティストとの相性や、ギャラリー内部での優先度などで折り合いがつかないといった事情も多いと聞く。また、アーティストの成長とギャラリーの成長が比例していない場合に、ギャラリーがフラれることもある。相思相愛関係を続けるために、互いを尊敬し合うということがギャラリーとアーティストの長き共闘関係に最も必要なことだと言えるだろう。

Tatjana Doll個展「Reventon」at NANZUKA UNDERGROUND 白金 (2010年4月)
Photo:Keizo Kioku
最後にアーティストとギャラリーのお金の関係はどうなのか。基本的にギャラリーとアーティストは作品が売れた場合、それを50%づつで分けるというのが一般的だ。ギャラリーは、展覧会の開催のために場所代、人件費、宣伝広告費、事務所経費、額装代などを負担する。場合によってはカタログの出版費などもサポートする。一方、アーティストは基本的に自分の作品の制作費を負担する。ペインティングであれば、絵の具代金、キャンバス代などである。モニターとセットになったビデオ作品や発注制作の立体、ネオン作品など制作費が発生する場合は、互いに相談してどちらかが立替えて作品の値段に反映させるケースも。細かいことはなんでも互いに相談して決めるのが健康的な関係だろう。
おそらく学生にとって、卒業後に自腹を払わないで展覧会ができるギャラリーに所属できることは、就職に近い感覚があるだろう。実際に日本には多く見積もっても50軒程度しかプロフェッショナルなコンテンポラリーアートギャラリーがないので、それだけでもかなり狭き門である。しかし、ギャラリーに所属し、展覧会ができるようになっても、日本人若手アーティストの場合、その市場の狭さからいって、なかなか作品を売るだけで生計を立てて行くのは難しい。2年に一度回ってくるかどうかの展覧会で、20万円の作品が10点完売しても収入は2年間で100万円である。逆にギャラリーにとっても、若手のアーティストの展覧会はほぼやる前から赤字確定である。私のギャラリーの規模でも、1月分の家賃、人件費その他諸経費でだいたい毎月の経費は150~200万円くらいはかかる。つまり毎月300万円分売り上げてプラスマイナスゼロというボーダーラインなのである。しかし、それでも上を一緒に目指しているから互いに頑張れるのだ。作品の値段は勝手には上がらない。人気の他に、展覧会キャリア、公的なコレクション先(美術館や財団)、受賞歴などによって少しずつ上がるのが通例である。20代後半でデビューし、30代で下積みの実績を積み、40代で100万円の作品が年間10点以上売れて生活圏に入れれば成功の部類に入るこの世界にあって、若手作家の目指す未来は果てしなく長い。揺るぎない自信と努力、そして才能の三位一体が求められる。しかし、世界の歴史に名を刻むことを夢見るのであれば、賭けてみる価値はある。ギャラリストもアーティストも互いにそう信じて日々邁進しているのだ。

Frieze Art Fair 2010
Exhibition Information11月6日〜12月4日まで、白金・NANZUKA UNDERGROUNDで黒川知希による個展「Sirius」が開催予定。
Posted by:NANZUKA UNDERGROUND
2005年、南塚真史によって設立。田名網敬一や空山基といった戦後日本の美術制度の中で埋もれてきた才能を国際的な枠組みの中で再評価する仕事に努めている。その一方で、国内外の若手及び中堅作家の育成と紹介を行っている。2009年4月、白金アートコンプレックスにメインスペースを移転。2010年6月より渋谷の旧スペースをNANZUKA AGENDAとして再起動。ファッション、音楽、デザインとの交流も積極的に行い、アートとデザイン、商品とアート、日常と美の関係といった現代美術の主要な問題に対して実験的な挑戦を試みている。












