loading...

PUBLIC-IMAGE.ORG

Creators Dictionary for Realtime Culture

  • PUBLIC-IMAGE.STORE
  • PUBLIC-IMAGE.3D

Luvits! |『午前5時の秋葉原』|「TOKYO STOCK」Vol.4

アイドル、アニメ、アニソン、マンガなど世界的に注目を集める”ジャパンコンテンツ”を、ニュース、インタビュー、コラムなどによって多角的に紹介するWebサイト「Luvits!」と「Public-Image.org」によるコラボレーション新連載「TOKYO STOCK」。
毎回「Luvits!」の人気記事をピックアップし、その中から特に気になるトピックについて、『東のエデン』や『交響詩編エウレカセブン』の脚本を手がけた佐藤大氏率いるStoryRidersが独自の視点で掘り下げていきます。

連載4回目となる今回は、アニメソングをもダンスミュージックと定義し、クラブシーンに新たな潮流を生み出した秋葉原のクラブ・MOGRAについて、StoryRidersで企画・制作・マネージメントなどを担当する加川大地氏が寄稿してくれました。
(BANNER:redjuice「STROBO NIGHTS feat.HATSUNE MIKU」)

Luvits! 月間アクセス数ランキング

第1位FASHOIN×COSPLAY ネオコス展開催!

第2位アイドルパーティ「TOgetherParty3」開催決定!

第3位LIVE&BARディアステージのアイドルグループ・でんぱ組inc.新曲リリース!

第4位10月10日は萌記念日!リキッドルームにてイベント開催!

第5位ハルメンズ30周年イベント開催決定!

第6位喪服ちゃん、ファンタジスタ歌磨呂氏参戦のトークショーが開催される!

第7位アイドル、歌い手、ボカロPにDJまで、回遊型フェス・ヲタJam開催!

第8位:秋葉原MOGRAのフリーペーパー、今月の中身は?

第9位『機動戦士ガンダムUC 2』リリース決定!

第10位『マクロスF』超時空ライブbyカンノヨ―コ!

『午前5時の秋葉原』

TEXT:加川大地

そうだ、私は秋葉原という街が好きだったのだ。

土曜の秋葉原、午前5時。 この時間、ほぼ無人街となるこの街の空を眺めながら、私はそう思った。と同時に、あと5時間もすれば、消費をすることを望む多くの人々が集まり、通り過ぎるこの街から、しばらく足が遠のいていたことにも気がついた。あれだけ取り憑かれたように通っていたのがウソのようだ。しかし今、私のその足は、自然とまたこの街に向いているような気がする。

そもそも秋葉原という街に私が取り憑かれ始めたのはいつのころからだったろうか。思い出せる記憶を探るとそれは1991年頃だったように思う。そのころの秋葉原と言えば、街に広がる大量の家電製品、見たこともないような機械部品の陳列、道路脇でもファミコンのソフトが売られ、一台数10万円するような最新パソコンも店頭に並んでいた。電車を降りれば、左をみても右をみてもテクノロジーの山。世界有数の「電気街」だったその街は男の子の、いやオタクの夢そのものだった。折しもその直後、世間ではスーパーファミコンが発売され爆発的なヒットを飛ばし、秋葉原が「家電・電子部品の街」から、「家電・ゲームの街」へと変容し始めていく時期だった。気がつけばゲーム好きになっていた10歳の私は、週末ともなると子供料金分の電車賃を握り、秋葉原へと通い続けていた。

それから約20年。気がつけば秋葉原は「萌え・オタクの街」へと変貌していた。メイドの格好をした女性が街中でビラを配り、過去、大手パソコン専門店だったビルには『激安雑貨店』と『メイド喫茶』が入り、お客に対し店員が笑顔を振りまいている。週末にはたくさんの一般観光客が物見遊山で街を訪れる。秋葉原発のアイドルを目当てに、アイドルオタクたちがこの街に訪れるようになったのもここ数年の出来事だ。もちろん家電もゲームもパソコンも、一時期よりは少なくなったものの大量に取り扱われているが、そんな秋葉原を以前のように「家電・ゲームの街」と呼ぶ人はほとんどいない。

私が10歳の小学生から三十男になったように、秋葉原もまた変化したのだ。あくまでこれは一例に過ぎない。この街は数えきれないほどの変容を戦後――私が生まれるはるか前――から、今に至るまで繰り返している。そして1年前、そんな秋葉原に小さなクラブが誕生した。お客が100人も入るといっぱいになる『MOGRA』というその小さなクラブでは、週末になるとお客が集まり音楽を楽しみ、踊り、語らっている。「なぜ秋葉原にクラブなのか」と疑問に思う人も多いと思うが、ここ数年のいわゆるオタクカルチャーの流れを考えると、もはやこの街にクラブができたことは必然であったといえるかもしれない。

そしてこの『MOGRA』がもしかすると、戦後から続いてきた「変容する街・秋葉原」に、ある一石を投じることになるのではないか、と今私は考え始めている。

90年代後半から秋葉原を席巻し始めた「萌え・美少女カルチャー」は短期間で爆発的にファンの人口を増加させ、その膨れあがる消費欲を満たすための同人市場は拡大、おのずと同人誌を扱う店舗も急増する。これは自然の流れと言えた。さらにこの現象はもう一つの現象を呼び起こす。それは同人音楽の活性化だ。人気美少女ゲームのフォロワーから火がつき、気がつけばコミックマーケット、通称「コミケ」の一角を占めるほどの人気を博すことになる。それに影響された後発の美少女ゲームも音楽に力を入れ始め、さらなるファンを生み出す。もはや同人市場のなかでも、同人音楽は“なくてはならないジャンル”にまで押しあげられた。

さらに2007年、二度目の爆発が起こる。VOCALOIDといわれる音声合成エンジン「初音ミク」の発売を機に、同人音楽はその規模をさらに広げることになった。折しも動画サイト「ニコニコ動画」が既にオープンしていたこの時期、そしてオタクカルチャーを好むユーザーに親和性の高いキャラクター性などが合致した結果、ここでもまた同人音楽の人気が飛躍的に高まることになる。その規模はもはやそれまでの同人レベルではなく、いち音楽市場を形成し確立してゆく。そして今ではアニメーションの主題歌などを制作するプロのアーティストまでをも排出することになった。今の同人音楽市場、いわゆるオタク音楽市場はもはや、ここまで広がっているのだ。

しかし同人音楽市場の拡大だけで、秋葉原にクラブ『MOGRA』ができたことの理由を説明できるものではないと私は考えている。市場の受け皿である秋葉原にイベント会場ができることは、ここまで考えれば必然であるが、なぜそれは“クラブ”である必要があるのであろうか? あくまで私見ではあるが「初音ミク」という存在が密接に関わっているのではないだろうか。

「初音ミク」の声質というのは、ギターロックやポップスなどよりも、電子音との相性が非常に良い。一度でも「初音ミク」の声を聴いたことがある人にはおわかりになると思う。実はそんな「初音ミク」のヒットに一番触発されたのは、クラブミュージックのファンやクリエイターだったのではないだろうか。もともと技術は高いのに、クラブミュージック市場の縮小により陽の目を見なかった彼らの楽曲が「初音ミク」という歌姫を手に入れたことによって評価されることになった、と考えるのは少し強引だろうか。加えて同人市場とはいえ、オリジナルの楽曲を大規模な人気市場に堂々と投入できる、というクリエイターにとっては幸せな状況も、それを後押ししたのかもしれない。

とはいえ結果「ニコニコ動画」にアップされている「初音ミク」の楽曲はハウスやテクノの楽曲が多い。それだけに留まらず、ドラムンベースやエレクトロミュージック、さらにはエクスペンタルな電子音楽を発表するクリエイターもおり、音楽ファンにも注目されるようになった。音楽性がここまでクラブミュージック寄りになってくると、ライブも演奏ではなく、DJが回すほうがイベントとしては親和性を持つ。その結果“ライブハウス”ではなく「MOGRA」という“クラブ”が秋葉原にできたのではないだろうか。これが「なぜ秋葉原にクラブなのか?」という問いに対する私なりの答えである。

kz(MOGRA 1st anniv.DANCE MUSIC NIGHT)

しかしこれとは全く別の視点で、「MOGRA」というクラブが秋葉原に存在することの面白みがもう1つある。それはライブハウスではない、クラブという場所が内包しているポイント。「人が留まり、語り合える」ということである。

冒頭に書いた通り、秋葉原には人が留まらなかった。人がなにかを消費し続けることにアイデンティティーを持つ街、それが『秋葉原』だったからだ。訪れる人々は目的を果たせば帰っていく。それは当たり前の話だが、しかし『街』にはもっと他の側面もあるのではないだろうか。それはその街を通り過ぎるだけではなく、街に留まり、街について語り合うということで価値観を共有し、さらには新たな価値観を生み、育んでいくということだ。こんなにも変容し続ける街は他にはない。だから秋葉原は面白い。

「街は変わる」とはよく聞く言葉だが、しかしこの街は変わるスピードが速すぎて、私たちは語り合うことを放棄していたように思う。きっと戦後からずっとそうだったんじゃないだろうか。この街に取り憑かれてしまった私が、結果足が遠のいてしまった理由もこれが原因だと思う。しかしこんなにも面白い街を、ただただ消費してしまうのはもったいなさ過ぎる。私たちはもっと秋葉原について語り合えるはずだ。「MOGRA」という、「人が留まり、語り合える」場所ができたのだから。

土曜の秋葉原、午前5時。それは『MOGRA』の帰り道。無人街が朝日に染まるその景色は、この街の、秋葉原の新しい価値観を示しているように見えた。私は――秋葉原という街が好きである。




SRProfile

Luvits!

RELATED