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Felicity | シグナレス |「POWER OF PEOPLE」Vol.12

個性豊かなアーティストたちが集い、国内音楽シーンにおいて独自の存在感を放つレーベルFelicityと、PUBLIC-IMAGE.ORGによるコラボレーション連載「POWER OF PEOPLE」。 毎回、同レーベルの旬のアーティストが登場し、これまでに影響を受けてきた「10人のクリエイター」たちを紹介してくれます。音楽というジャンルを超え、様々な分野との交流も盛んなFelicityのアーティストたちのバックグラウンドや意外な趣向をお伝えしていきます。

今回は、2月に待望のファーストアルバムをリリースするシグナレスから、シンガーソングライター「ゆーきゃん」が登場。あえてミュージシャンを外した興味深い人選になっています。

Interview:大草朋宏


ゆーきゃん(シグナレス)が影響を受けた”ものごとを見つめる視点が豊かな”10名のクリエイター

レオ・レオニ

絵本というフォーマットへ興味をもった入り口が、レオ・レオニです。ことばだけではなく、絵だけでもなく、お互い補完し合ってつくられる絵本には、想像力を自由に働かせる部分が残されています。そのスペースに惹かれました。好きな絵本作家はたくさんいますが、目に映ったイメージとことばがペアになって、今でも頭に張り付いているものはレオ・レオニの作品が多いです。ことばとことば以外のものを組み合わせて作品を作るという点で、ぼくがこの作家から受けた影響は大きいと思います。






谷川俊太郎

谷川俊太郎さんからは「感受性の作法」みたいなものを教わりました。自分の感受性のセンサーを世界の色々なところに向けて張り巡らせ、受信したものが自分のなかでことばに変わる瞬間をとらえること、そして同時に世界と自分との間にはいつもことばがあるのだということを、彼の詩を通じて知ったように思います。ちなみに小学生の時の詩のコンクールに、谷川さんのある詩をほぼそのまま真似て出したことがあったのですが、あやうく入選しそうになって、父親と一緒に先生に謝りに行ったことがあります(笑)。






アーネスト・ヘミングウェイ

ヘミングウェイから受けた衝撃は、何かを表現することにおいては、前後のつながりよりもむしろ、ただ強烈な瞬間を描写することのみが重要だ、ということです。ワンセンテンスが短く、隙間が多くて、それが続くことで推進力が生まれる。その文章についていって振り返ってみると、その道にはたくさんの穴が開いていて、読む側がたくさんの想像力を働かせることができます。情報を伝達するものとしてのことばとは違う、表現としてのことばです。 たとえ“好き”とか“悲しい”とかいうことばが存在しないとしても物語は進むし、“愛情”や“悲しみ”は物語のなかに必ず存在させることができます。これは今僕が歌詞を書くときに考えていることですね。






クロード・モネ

どうしたわけか、光の表現というものに惹かれることが多いなと思っていたんですが、それを明確に意識させてくれたのがモネの絵です。とにかく光の描き方がすさまじい。それ自体を見ることのできないはずの光というものを、絵というフォーマットに描いている、いや、描いているというより光を集めている感じがします。モネから受ける感動は、この集まった光への感動なのかもしれません。そして、ならば僕も光を、音や声や言葉に替えることができるんじゃないか、と思ったのです。






藤子・F・不二雄

実は、同郷なんです。そういうこともあって、僕の原点なんじゃないかと思っています。この方の作品にはオカルトもファンタジーもありますが、どれも自分のスタイル=絵で描かれている。あの少年漫画の絵柄だからと思って油断して読むと、じつは大切なことが隠されていたり、ものすごく辛辣なことが描かれていたりします。夢を語るかと思えば、夢が裏切られる瞬間も暴きだす。その想像力の広がりと、スタイルへの信頼には、クリエイターとして理想的なストイシズムを感じるんです。自分もそうありたい。『ドラえもん』は、何かをなくしたときに読み返して補給します。






アンリ・ベルクソン

フランスの哲学者なんですが、この人の『時間と自由』という本を読んで以来、時間に対する意識が変わりました。とてもわかりやすいことばで「本当の時間というのは、意識の流れそのものであって、時計の針で分割できるようなものではない」ということが書かれています。過去は絶対に無駄ではなく、生まれてから死ぬまでが自分の時間で、昨日生きた僕が、今日の僕のなかにそのままある。創作は、自分の時間を掘り下げることです。生きている限り枯れる、ということはあり得ない。ぼくが作詞や作曲を今まで続けてこれたのは、ベルグソンのこの時間のお話を読んだからだともいえる・・かもしれません。






アルチュール・ランボー

普通に見えているものが、自分のなかで何かスイッチを入れると、まるで初めて見たり触れたりする得体のしれない何かに変わって見える、という感覚があります。ぼくは、これを自分のなかで“世界を脱臼させる”と呼んでいます。これ以上うまく説明することが難しいのですが、もしかするとゲシュタルト崩壊の感覚に近いのかもしれません。これを学んだのは、ランボーからでした。とくに、彼がその創作法について語った、あの有名な手紙や、「言葉の錬金術」という、まさに詩について歌った詩などを読んで、分からないままに自分もやってみようと思ったのです。意識的に創作上のトレーニングをしたのは、これが初めてでした。






高橋源一郎

実は、「声を出して歌う」という当たり前のことがわからなくなった時期があったんです。そのとき、自分の一番小さな声で歌ってみることで、歌を取り戻したような気がしました。いまの歌い方はその時の名残なんですが、ヒントになったのが、高橋源一郎さんの小説『さようなら、ギャングたち』でした。高橋源一郎さんは、初めてことばに触れた人の気持ちを持って、小説を書いている気がします。ことばに対して、すごく慎重で、全然軽やかではありません。でも、よく考えてみると、ぼくたちは当たり前のようにことばを使っているけど、そのこと自体が奇跡のようにも思えます。同様に、音や声を発することも、それだけでもう充分に奇跡です。しかも、それを小難しい前衛的な芸術ではなくて、小説や歌のように誰もが分かる可能性のあるフィールドでやること、この点、高橋さんからは絶えず勇気をもらっていますね。






ヴィム・ヴェンダース

この人の作品に『ベルリン・天使の詩』という映画があるんですが、天使が人間の女性に恋をして地上に降りてきたときに、モノクロだった画面がカラーに変わるんですね。その、人間であることが、カラーになる条件なんだという設定にハッとさせられました。つまり、天使が持つ美しさや神々しさではなく、人間の醜さや汚さなどを引き受けたなかに色彩がある、ということなのでしょう。ストーリーだけではなく、カメラワークや編集などの映画的手法に込められたメッセージが重要な働きをする、ということが新鮮な発見でした。ただし、手法といっても単純な技術だけではなくて、歌においては「声」のもつ質感もそうです。ことばの選び方はテクニックよりも感性的な問題だと思います。『ベルリン・天使の詩』は、そういうものをひっくるめた広い意味での「手法」が大事だと初めて気付かせてくれた作品です。





幸田文

幸田文さんの文章は、ことばが鍛えられていて、強靭です。不思議なことば遣いや言い回しをしていても、センテンスに芯が通っているので、しっくりきます。いま、ぼくがやりたいのは、彼女がその作品で見せてくださっているのと同じように、歌、歌詞、メロディ、そして声に、ある「芯」を見つける、ということです。だから、いま、現在進行形でいちばん影響を受けている作品は何か? と問われたら、幸田文のエッセイだと答えなくてはならないと思うのです。






Release Information シグナレス

『NO SIGNAL』

Artist Profile シグナレス





Felicity

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