
NANZUKA UNDERGROUND | 拡大するアートとコレクター |「NANZUKA AGENDA」Vol.7
従来の現代アートの枠組みにとらわれない活動を展開するユニークな作家たちを擁するNANZUKA UNDERGROUND。白金にあるメインギャラリーに加え、以前のホームグラウンドだった渋谷の地下スペースに新コンセプトスペース「NANZUKA AGENDA」を開設するなど、今後の展開も注目される同ギャラリーのギャラリスト・南塚真史氏が、自身の体験をもとにしたアートシーンにまつわる回想録を綴っていきます。
Text:南塚真史
「なぜギャラリーを始めたのか?」と、よく人に聞かれる。私の場合は、もともとヨソモノ(他のギャラリーで修行をしていない)だったので、業界内部の人にもよく聞かれる。きっと他に取り柄がなかったから必然的にこうなった、と言ったら誤解を招くだろうか。驚いたことに、最近ではYAHOO知恵袋とかに「ギャラリストになりたい」という相談を寄せている若者がけっこういる。
「ギャラリーを経営したいと思っているのですが、何から取りかかればいいのか分かりません。何でもいいのでアドバイスをください。」「ギャラリー経営というものをしようと勉強しております。古物商の登録や、場所の準備に追われていたりしていますが、経営という分野がいまいちわかっていなくて…」など。私も右も左も分からずギャラリーを始めた人間なので、当時のことを思い出して共感を覚えた。しかし、今度は私が質問する番だ。「本当にギャラリーをやりたいのか?」と。
アートの世界は、何度も言っているように魑魅魍魎の世界、私たちの日常生活からは常軌を逸した世界である。豪邸が買えるほどの金額で取引される美術品の値段は、どうやって決まるのか。いったい誰が何のために買っているのか。その作品はどうなるのか。素朴な疑問を持たれる方も多いはずだ。この重要な問いに対して、ギャラリーをやる側の動機はまったくと言っていいほど重要ではない。国際的なアートマーケットで巨額の財産を動かしているコレクターという奇妙な肩書きこそが、この世界の最大のブラックボックスなのである。
Ed Ruscha「Sex at Noon Taxes」(2002)
2010年11月8日のオークション(Phillips)で、4,338,500ドル(約3500万円)で落札された。
今私たちはコンテンポラリー、つまり同時代のアートを扱っている。アーティストのほとんどは現役のため、特に若手~中堅のアーティストの市場価値は決して安泰とは言えない。つまり、コンテンポラリーアートの金銭的な価値は、ほとんど社会常識として認知されていないと言える。そのため、例えばエド・ルシェというアーティストの作品を500万円で譲ってもらえるという話があったとしても、その価格を驚くほど高いと感じる人の割合はおそらく95%以上を占めるだろう。しかし、ピカソのペインティングを5000万円で譲ってもらえるとなったらどうだろうか。おそらく20%の人が借金してでも買った方がいいと答えるだろうし、たとえ手が届かなくとも、その価格が法外だとは思わないはずだ。これは、価値が一般化しているかどうかの問題である。
そこで、タイムトリップをして100年前の世界の話をしようと思う。1900年、若きピカソは生まれ故郷のスペインを離れ、芸術の都パリにやってきた。ピカソは若い頃からその才能が見込まれたいわば秀才である。パリに来てすぐに画商の目に留り、翌年の1901年には伝説の画商ボラールの画廊で個展を開いた。当時のパリには、ピカソの他にも先輩にマネやモネ、ルノアールもいたし、同世代にマチスもシャガールもいた。少し風変わりなところでは、アンリー・ルソーや、ゴッホ、ゴーギャン、ロートレックといった名傍役もいた。彼らは、ピカソの洗濯船と呼ばれたアトリエで毎週のように行われていた宴に集まり、毎日のようにLA ROTONDEなどのカフェに集まり、英気を養い未来の美術について語り合っていたという。ピカソらはまだみな若く、その作品の値段もサロンというフランス王室御用達のアーティストたちに比べればはるかに安い。
アートを齧る人なら誰でも思うだろう。この時に小銭を持って彼らの作品を買っていれば、と。ピカソの作品の値段は、「赤の時代」「青の時代」と呼ばれる初期作品が、当時だいたい高くて500~1000フラン程度の価格。労働者の1日の給与がだいたい5フランくらいという時代。無理矢理に1日の労働者の給与を1万円に設定すると、だいたい100~200万円くらいの値段と言える。つまり、コレクターからしたら、売り出し中の若手、中堅どころの作家の普通の値段と言える価格。さて、もし私たちのひいおじいちゃんがコレクターでピカソの作品を買っていたら? 初期作品の大作のペインティングであれば確実に50億以上はするはずだが、その金銭価値以上に重要なことは、その作品1点の所有だけで私たち家族の名前が世界的に知れ渡り、また歴史の一部に刻まれるということだ。
Pablo Picasso「Nude, Green Leaves and Bust」(1932)
2010年5月10日、クリスティーズのオークションで現代美術としては史上最高価格の1億430万ドルで落札された。
アートの世界では、アーティストの成功と共にその”先見の明”で名を馳せるコレクターの存在がセットでついてくるケースが多々ある、という事実をあまり日本の方は知らない。アートのコンテクスト化(学問化)を、いち早く行った欧米社会では、財を成した人がその先の成功あるいは安定のために、文化人として名を馳せることにその財産を投下することは古くから行われてきている。例えば、ニューヨーク近代美術館に行くと、各展示室に寄付をした人間の名前が付けられていることに気付くだろう。ビル・ゲイツは、あのダヴィンチの手記を買った。アートはその国の国力を相対的に表しているとも言われる由縁だ。
こうして考えると、自ずとコレクターなるものの正体はなんとなくぼんやりと見えてくる。ざっくり言うと50年後のピカソを探している財産家と言えよう。20世紀初頭~半ばにかけて、大コレクションで名を成したファミリーは数多い。バーンズコレクション、グッゲンハイム、バイエラーなど。もちろん、最近でもイギリスのサーチコレクション、グッチグループを傘下に持つPPRグループのオーナー、フランソワ・ピノー、マイアミのルベールファミリーなど有名なモンスターコレクターは多い。
しかし、グローバル化する21世紀のアート市場におけるビッグプレイヤーは、そうした少数の有名コレクターではなく、無数の匿名コレクターたちである。その理由のひとつは、各国によって様々な事情を持つ税と為替だ。例えば、とあるお金持ちが、現在の時価総額で100億円分のアート作品を持っているとする。1960年代に合計3000万円で買ったマークロスコの作品5点。日本の税制上は、これはそのまま持っていれば少なくとも相続時までは課税の対象にはならない。しかし、これを生前に売却するとなると、その差額の利益に約50%という高額の所得税がかかる。
これを回避したいコレクターはどうするか。これを海外の市場に持ち出して、匿名で売却する。その売却益をスイス銀行に預けておく。これをもし日本人がやれば、もちろん脱税になる。しかし、各国に法人格を持つ多国籍企業だとしたらどうだろうか? あるいはその法人格を自由に操れる人間だとしたら?

(左)Mark Rothko「White Center(Yellow, Pink and Lavender on Rose」(1964)
2007年5月16日、オークションとしては当時の史上最高額7280万ドル(約87億円)で落札された。
(右)中国や東南アジアのアート市場を独自に開拓したクリスティーズ香港。
最近のアートバブルは、この法人格筋のコレクターが市場を席巻した結果と言える。特に身を隠しやすいオークション市場ではその傾向は顕著だ。世界中の金持ちにとって、美術品は非常に都合の良い投資先と言えるのだ。それまで一部の人間しかしらなかったこのシステムが、21世紀の幕開けと共に、あらわになった結果がつい最近のアートバブルである。バブル崩壊後もアートマーケットが健在なのは、それまで一部の欧米の金持ちだけに限られていたプレイヤーが、中国、インド、南米、そして中東と世界中の新興国の超富裕層に飛び火し続けている結果だ。中でもチャイニーズアートの爆発的な高騰は、海外持ち出しが制限されている自国通貨「元」のマネーロンダリングに関係があると噂されている。
これでなんとなくコレクターなるものの正体がぼんやりとお分かり頂けただろうか。ギャラリストは、大物になればなるほどこうしたコレクターたちの需要に応える特殊な能力を持っている。さて、それでもこの世界に飛び込む覚悟があるだろうか。もし、拡大し続けるアートマーケットの中でビッグアーティストを売り出すことに成功すれば、ギャラリーは最強のニッチビジネスのひとつである。その意味での野望は大きい。しかし、そうしたビッグプレイヤーとなるためには、市場がほとんどない日本はあまりにも不利だ。草間弥生、奈良美智、杉本博司など数少ない大物アーティストを扱うビックギャラリーを除いては、基本的に利益を出すことは非常に難しいビジネスだと断言しておこう。
夢なのか、使命なのか、あるいは意地なのか。趣味なのか、やはり野望なのか。そのすべてかもしれないし、あるいはもっとシンプルに友情とか、そういうレベルなのかもしれない。その理由は各ギャラリストによってまちまちだ。覚悟は必要だし、ある程度の元手も必要だ。知識も必要だし、営業能力も人間性も必要。なによりも目利きでないといけない。扱っている商品は、私たち人類の英知であり歴史であり財産である。ビジネス相手はピラミッドの頂点に入る世界中の富裕層たち。ビジネスパートナーは魑魅魍魎。つまり、これほど刺激的な世界はない、というのが私たち現役ギャラリストの最終的な共通意見かもしれない。
Frank Nitsche「KUB-20-2010」(2010)
2月19日よりNANZUKA UNDERGROUND白金で個展を行うフランク・ニーチェ。世界の抽象画の最先端を行くビックネーム。こうした作家の個展を日本に誘致することもギャラリーの重要な仕事だ。19日18:00〜20:00までアーティストを囲み、オープニングパーティを行う。ぜひご来場ください。
Exhibition Information2月19日〜3月26日まで、白金・NANZUKA UNDERGROUNDでフランク・ニーチェによる個展「独身貴族」が開催される。
Posted by:NANZUKA UNDERGROUND
2005年、南塚真史によって設立。田名網敬一や空山基といった戦後日本の美術制度の中で埋もれてきた才能を国際的な枠組みの中で再評価する仕事に努めている。その一方で、国内外の若手及び中堅作家の育成と紹介を行っている。2009年4月、白金アートコンプレックスにメインスペースを移転。2010年6月より渋谷の旧スペースをNANZUKA AGENDAとして再起動。ファッション、音楽、デザインとの交流も積極的に行い、アートとデザイン、商品とアート、日常と美の関係といった現代美術の主要な問題に対して実験的な挑戦を試みている。













