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NANZUKA UNDERGROUND | 政治とアートの狂想曲 |「NANZUKA AGENDA」Vol.9

従来の現代アートの枠組みにとらわれない活動を展開するユニークな作家たちを擁するNANZUKA UNDERGROUND。白金にあるメインギャラリーに加え、以前のホームグラウンドだった渋谷の地下スペースに新コンセプトスペース「NANZUKA AGENDA」を開設するなど、今後の展開も注目される同ギャラリーのギャラリスト・南塚真史氏が、自身の体験をもとにしたアートシーンにまつわる回想録を綴っていきます。

Text:南塚真史

政治とアートの関係性が世界の歴史に及ぼす影響について気になり出してアンテナを張っている。日本はアートどころではないという状況かもしれないが、ドイツでは日本の原発事故の影響が波及し、先の選挙で「緑の党」が躍進した。同党の候補者がドイツの原子力発電所17基中4基があるバーデン・ヴュルテンベルク州の州首相に選ばれたというニュースは、ドイツ国内だけでなく世界中に大きなインパクトを与え、先にドイツ政府によって発表されたように、2022年までに全ての原発を停止するという成果をもたらした。

緑の党は、環境主義(エコロジー)、多文化主義、反戦などを主義信条とする民主主義的左翼志向を取る政党で、戦後ドイツアートシーンの巨人ヨゼフ・ボイスがその結成に参加したことでも知られる政党だ。ボイスの政治活動は、具体的には、1976年に東西ドイツの統一と東西世界の両方を否定する中立国家の建設を目指す「独立したドイツ人の運動連合」の候補者としてドイツ連邦議会選挙に出馬し、1979年には緑の党の前身である“緑のリスト”の代表候補者として今度は欧州連合議会選挙に出馬(いずれも落選)し、1980年の“緑の党”の創立大会に参加したことで知られる。この間、ボイスはテレビ討論やイベントなどに出演し、緑の党のポスターなどを制作した。1983年には反核運動の先頭に立って政治的闘争の矢面に立った。86年に死去した後も、リヒターポルケキーファなどデュッセルドルフ・アカデミーで教えた生徒たちの活躍によって、その影響力は現在も日を追う毎に増していると言って過言ではないだろう。

ボイスの制作した「緑の党」ポスター        TV 討論を行うヨゼフ・ボイス

ドイツといえば、ヒトラーの存在も重要な美術史の一部として語らなくてはならない。ヒトラーが、政治活動に没頭する前に、芸術家を目指し、美大受験に2度失敗していたことをご存知な方は多いかと思う。1906年、16歳のヒトラーは芸術の都ウィーンへ移住し、その後二度に渡って名門ウィーン芸術アカデミーを受験している。この時の合格者には、ヒトラーより1歳年下のエゴン・シーレなど前衛芸術の天才がいたが、自称「古典派嗜好」のヒトラーにとってこの現実は大きな屈辱だったようで、後に彼らやアカデミーを弾圧した。ヒトラーの肝入りで1937年にミュンヘンで開かれた「大ドイツ芸術展」と「退廃芸術展」は、ナチスが政治的意図に基づいて芸術の価値判断を決めつけた歴史的に悪名高い展覧会だ。大ドイツ芸術展は、ヒトラーが好む芸術家だけが選ばれ、造形美術院総裁アドルフ・ツィーグラーがその監修を行った。理想化された農家の一家団欒、筋肉が過度に強調された英雄的な男性像など民族の崇高さや壮大さを示す表現でなければナチスの公認芸術として受け入れられることはなかった。古典的な英雄像を数多く制作し公共建築にも多く登用されたヒトラーお気に入りの彫刻家アルノ・ブレーカーなどここに出展されたほぼすべての芸術家は、しかしナチスの崩壊とともにその名声を失った。一方、退廃の烙印を押された芸術家には、オットー・ディックスフランツ・マルクオスカー・ココシュカカンディンスキーパウル・クレーなど蒼々たるメンツが揃っている。2002年に公開された芸術家を志す若きヒトラーを描いた映画「アドルフの画集」が暗に物語っているように、このヒトラーの受験の失敗は様々な意味で歴史の大きな転換期だったとも言われる。

ヒトラーが1911年に描いた水彩画「castle church of Perchtoldsdorf」

歴史の悪戯という意味では、このヒトラーの芸術政策の裏に隠された大きな秘密(嘘)が後に大きな話題を呼んだことがある。ヒトラーが、大のディズニーファンだったという話を、皆さんは信じるだろうか。「事実は小説より奇なり」というが、ヒトラーが密かにディズニーアニメ「白雪姫」のコレクションをしていたことは歴史の事実だ。政敵であるアメリカの大衆文化に嵌っているなどとは当時は誰も想像だにできないこと。バレたらナチスの権威が地に落ちるほどのタブーである。ましてやディズニーは、1942年にアメリカの国策でドナルド主演の「Der Fuehrer’s Face」というナチスをバカにした内容の風刺映画を作るなど、反ナチスを大々的に宣伝している。興味のある方は、YouTubeで検索してみてほしい。

Walt Disney studio 「Der Fuehrer's Face」

この話に関連して、もっと面白い話がある。2008年に、ノルウェー北部のLofotenという街にある戦争博物館で、ヒトラーが所有していた絵画の中からピノキオや白雪姫の小人などヒトラーが描いたとされるディズニーキャラクターのドローイングが見つかったというニュースがあった。その真贋は、その後ドイツやフランス、アメリカの学者などの間で論争になったが結論を得ていない。ドイツのオークションから作品を購入したという同博物館の館長は、これらのドローイングにヒトラーのサインであるA・Hが書かれていることなどから、ヒトラーの直筆であると信じて疑っていない。ヒトラーの残された作品に共通して見られる特有の”神経質さ”とは無縁のこのドローイングだが、、、果たして真相はいかに。

アドルフ・ヒトラーの筆とされるドローイング (1937年に制作された白雪姫の中に登場する7人の小人のうちの1人が描かれている)

選挙に立候補した日本人アーティストと言えば、75年と79年の2度に渡って都知事選を戦った秋山祐徳太子(御歳現在75歳)を忘れてはいけない。秋山の選挙活動については、右翼の大物がスポンサーについたとか、街頭演説を埼玉県で行ったとか、数々の伝説がある(親友の田名網敬一談)が、当時秋山が掲げた意味不明の「政治のポップアート化」というプロパガンダが、現在の空虚極まりない政治状況を奇妙に風刺している気がしなくもない。(もちろん本人にその意図はまったくなかったはずだが…。)
アーティストが必ずしも政治的である必要はない。しかし、政治を扱うことは現在のアートでは常套手段のひとつである。この戦後以来の危機的状況にある現在の日本において、その未来に影響力を与えるアーティストがいたとすれば、どのような存在なのか。無理矢理にでも想像してみたいと思う今日この頃である。

1979年都知事選挙における秋山の選挙ポスター

Exhibition Information

NANZUKA UNDERGROUND

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