
ECD | 11月25日〜12月9日 | 「ECDの休日」Vol.45
ラッパーECDと写真家植本一子の結婚・出産までをリアルタイムで綴った人気連載「WE ARE ECD+1」より約1年。ECDの新連載が展開中です!! 今回は、ECDの休日限定ダイアリー。知られざる彼の休日を、日記形式でお届けしていきます。
Text:ECD
11月26日(土) 晴れ
朝一で二日分の洗濯物をコインランドリーへ。きのう朝起きたら電源が入らなくなっていて今日修理に来てくれることになっている。
長女は胃腸にくる風邪、おととい3度吐き、昨日は昼間は元気だったのが夜寝てからまた吐いた。次女はおととい39度の熱を出し、昨日は保育室を休ませたのだがまだ7度台の熱がある。
妻は9時半から仕事で外出。次女は耳鼻科にも連れて行きたかったのだが洗濯機の修理が10時半には来るというので一旦帰宅。洗濯機は無事直ったのだが、次女は寝てしまい耳鼻科はあきらめる。
昼は雑炊を作り娘達に食べさせようとしたが食べない。長女はパンにジャムを塗ったのを少しかじっただけ。次女はヨーグルトだけ食べてまた寝てしまう。やがて長女も寝るというので自分も一緒に寝る。
妻は3時頃戻ったようだがまたすぐに出かけた。帰ってきた妻に聞くと、駅前のお稲荷さんの酉の市に行って来たという。小さな熊手がもう玄関に飾ってあった。目を覚ました長女に乳酸菌飲料を飲ませるとまた吐いてしまった。風呂にも入れずに寝かしつけて、自分だけ夜中起きて練習などしていると長女がまた嘔吐。
11月27日(日) 晴れ
皆で8時に起きてテレビ。朝食後妻は次女を連れ地域のお祭りへ。僕は具合の悪い長女と留守番。パンが食べたいというので京王ストアまで一緒に行き、長女のセレクトでレーズン食パン購入。
昼過ぎに戻った妻達はカレーを食べて来たというので、僕と長女は買ってきたレーズン食パンで昼食を済ませる。
妻は先日買った神父さん手作りの椅子が壊れてしまったのを直してもらいに教会へ。長女も次女も元気無く部屋でゴロゴロして過ごす。夕食後僕だけライブのため下北へ。
12月3日(土) 雨
朝食後妻はバザーへ。長女はYouTube。次女は又寝。テレビをつけると以前はよく見ていた「ぶらり途中下車の旅」。すぐにナレーションが滝口順平さんでないことに気づく。ネットで調べると滝口順平さんはこの8月に急死され、10月から藤村俊二さんが後任を引き継いだということだった。自分が本当にテレビを見なくなったのだなと改めて思い知る。ワイドショーを見なくなったから急死のニュースも知らなかったし、ほぼ毎週みていた「ぶらり〜」を丸2ヶ月も見ていなかったのだ。
妻は雨の中バザーへ。戻って昼食。雨は止んだようなので長女を連れて渋谷のデモへ。デモが出発しても自分のいた付近にはトラメガでコールするスタッフがいなくて皆無言で歩いている。やるか、と一声「原発いらない」と声を上げてみた。似たようなことは以前にもあった。声を上げても応える声はまばらで時間を経て少しづつ増える、そんな感じだった。ところが今回は僕の一声に続いてかなりの人数が一斉に応えて声を上げた。こんなに反応がいいのは初めてだった。その後も応える声が途切れないので僕は結局最後まで声を上げ続けることになった。
デモの参加者の人数は増えてはいない。しかしひとりひとりは確実に強くなっているのだと思う。アップされた動画を見てもこの一団の「原発いらない」は地声だけとは思えないかなりの迫力で渋谷の街にこだましていた。ビルに反響するのだろう。声が響くのだ。トラメガの音声は割れてしまって耳障りになることも多い。サウンドデモならマイクは不可欠だが通常のデモ、特に渋谷のようにビルの谷間を進むデモのシュプレヒコールに拡声器はいらないのかもしれない。デモ終了後ライブなどもあったのだが観ないで帰宅。デモ前にokandozineのライブを観れたのでよしとする。
家で休む間もなく長女をインフルエンザの予防接種に連れて行く。ところが病院で検温すると39.5度の高熱。まったく具合の悪そうな様子がないので受け付けの人も不思議がって計り直したのだが変わらず。予防接種はとりやめになり診察に切り替える。先生もやはり不思議そうでもう一度計り直したがやはり高い。喉は赤いとのことで風邪薬を処方してもらい帰る。それからも具合が悪くなるどころかいつもより元気でやたらテンションが高い。興奮しすぎて熱が出るということがあるのだろうか?デモに行ってきたこととも関係あるのか。いつもはベビーカーで揺られるのが気持ちいいのかデモの途中で眠ってしまうのが今日はずっと起きていた。そして結局、床に入る前には平熱に戻っていた。
Posted by:ECD
60年生まれ。ラッパー。本名石田義則。ファイナルジャンキー主催。 96年に、日比谷野外音楽堂で開催された伝説的なHIPHOPイベント「さんぴんCAMP」を主催したジャパニーズヒップホップのオリジネーター。アルコール中毒に悩まされた時期もあったが、今では立ち直り警備員をしながら音楽活動を続けている。『ECDIARY』(レディメイド・インターナショナル)『失点イン・ザ・パーク』(太田出版)などの文筆活動を始め、音楽活動以外でもその才能を発揮している。



