
SHINGO WAKAGI | 若木信吾 | Photographer / Film Director
ファッション写真からドキュメンタリー写真まで、その振れ幅もさることながら、見る者の心を揺さぶる強度を持った作品で、常に各界から注目を集めてきた写真家・若木信吾。その彼が、自身初となる長編映画の制作に挑戦した。カメラマンとしての20年間のキャリアすべてをかけて撮り続けてきた今は亡き祖父へ捧げる映画『星影のワルツ』が、その作品だ。ドキュメンタリーとフィクションの狭間を揺れ動く繊細でエモーショナルな作品を完成させた彼が、新作映画について語ってくれた。
Interview:長澤章生
Text:深沢慶太
ご自身のおじいさんを撮った写真作品『Takuji』(’99)に続き、今回は映画を製作されたわけですが、おじいさんが亡くなられたことが映画化のきっかけになっているのでしょうか。

いや、映画を撮りたいという構想は祖父の生前からありました。でもその頃は、スタッフを動員して映画を作るという取り組み自体、自分にできるとは思っていなかったんです。でも時代が変わり、映画監督以外の人が映画を作るケースが増えてきたのを見て、じゃあ自分もやってみようか、と。


祖父琢次を撮った’99年発表の写真集『Takuji』。
写真と違い、動きをそのまま捉えることの難しさを感じませんでしたか。
これまでの写真の撮り方も、なるべく自由に動いてもらい、その動きを切り取っていく方法だったので、切り取り方が時間軸を持ったものに変わっただけで、基本的には変わることなく、写真集を作るような意識で作っていきましたね。美術も照明も一切入れず、自分が動いてシチュエーションを決めて撮っていくという、写真っぽい撮り方で進めました。広告写真の現場で、画角やポーズなどすべてを決めて作っていくやり方に違和感があったので、自由に撮りたかったということもあります。
即興性を取り入れて撮影を進めたとのことですが、撮影者である若木さんの声が入っているシーンが印象的でした。
映画を決まった形に作り込んでいく一方で、そこにいる被写体の人物に対して、自分の個人的な感情が生じてくる。そのふたつの要素のうち、後者を記録として残したいという気持ちが勝った結果、あのシーンのようなカタチになった。出来事を記録として残すことがドキュメントの本質ですし、たとえば大地震が起こってフィルムが失われたり、自分が死んだりしても、プリントや映画があればその記録を人に伝えていくことができるわけですから。
ドキュメンタリーという意識で作られた映画、ということでしょうか。
見方によると思います。ストーリー全体よりも、実際のおじいちゃんとのエピソードを呼び戻した小さな記録の集積を、フィクションとして見せていこうとした。自分はドキュメントも好きだし、一方でフィクションも好きなので、実際の出来事を再現したシーンだけでなく、そこにフィクションの要素が加わっても、それは自然な流れだと思っています。脚本家のように、まったく自分が経験したことがないストーリーを創り上げて、現実の出来事のようなリアリティを持たせることのできる人もいますが、自分はそうではない方法でリアリティを追求した、ということでしょうね。じつは最初は、地元の近所の人たちへのインタビュー映像なども交えていこうと思っていたのですが、あまりに話が複雑になってしまうので、あえて論理的に、一本のストーリーにまとめあげました。

『星影のワルツ』より(C)2007 youngtreefilms
この映画を、もしおじいさんが観たらどう言うと思いますか?
たぶん写真展の時と同じように、「俺はこんなじゃないよ」と言うだろうけれども、実際には楽しんでくれるんじゃないかな。
記録として残したいという意識の一方で、おじいさんの話を映画作品として人に見てもらいたいという気持ちもあったのではないでしょうか。
もちろんそうですね。もともと写真集『Takuji』を出した時に、おじいちゃんの人柄やエピソードについてインタビューを受けるうち、そうしたことを自分自身も時とともに忘れていってしまうのではないかと思い、おじいちゃんにまつわることを思い出すたびにカードに書き留めていたんです。そのカードが今回の映画の構成の元になりました。それまでは曖昧な記憶に過ぎなかったことを、言葉や文章にしたり、映画として作品化することは、記憶により明確な形を与えて人に伝わるものにまとめ上げるということだと思います。
今回の撮影で難しかったことはありましたか?
ひとつだけ懸念しているのは、実際に自分の友人として地元で生きている人々を描いたことの影響です。彼らの過去を、映画という公的なものにまとめることによって、現実を逆に作り出してしまっている。たとえば友人のえいちゃんが映画の中で、「音楽は何を聴いてるの?」と訊かれて「ZARDとか、森口博子とか…」と答えるシーンがあるけれども、この間、実在のえいちゃんに会って「音楽は何を聴いてるの?」と訊いたら、映画とまったく同じ答えが返ってきて驚いた。つまり彼の中で、自分が聴いている音楽自体が、映画によって公的に認められたものになったのかもしれない。つまり影響を及ぼしたわけです。ただ、彼らは今回の映画に対しては喜んでくれていますよ。ひろちゃんからも、「次はいつ撮るの?」というメールが来ましたね(笑)。
では、続編の構想があるのですね。
いや、続編ではなく、次回は自分の内面をよりフィクションに寄った形で表現したいと思っています。自分は職業映画監督ではないから、5年以内に作れればいいかなと。映画に関わったことで、写真は静止した瞬間のみのパーソナルな手法であるにも関わらず、感動を伝えられるんだという、写真表現が持つスゴさを改めて感じました。時期はまだわかりませんが、今年中に写真展を開催しつつ、おじいちゃんの新しい写真集を出したいと思っています。雑誌『youngtree press』も引き続き出していきますが、これは10号目で終了の予定。自分はあくまで写真家なので、シンプルに写真と向き合って考える時間を作っていきたいですね。
若木信吾監督初監督作品『星影のワルツ』のレビューはこちらから。




(左上)『Free For All』(’99年/メタローグ), (右上)『T』(01年)
(左下)『Now’s The Past』ポスター(02年), (右下)『The Hotek Venus』(04年/角川書店)



