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SHINJI NANZUKA | 南塚真史 | Gallerist

05年10月のオープン以来、宇川直宏と他社比社の共同経営によるクラブ付きオフィス「マイクロオフィス」とともに、現在の東京における希有なクリエイティヴコミュニティを形成しているギャラリーNANZUKA UNDERGROUND。いわゆる現代美術ギャラリーとは一線を画すストリート色の強い作家陣が同ギャラリーのアイデンティティになっているようにも思えるが、ギャラリーオーナー南塚真史にはどうやら違う目論みがあるようだ。NANZUKA UNDERGROUND設立の背景、現在のアートシーンに対する葛藤、さらに彼独自のアートに対する定義など、様々な興味深い話を聞かせてくれた。

Text : 原田優輝

まずは、ギャラリストを志したきっかけを聞かせてください。

うちは父親が歴史学者で、母親が絵本作家なんです。そんな環境もあって、自然と大学で美術史を学ぶようになりました。その中で学んだアカデミックな美術の定義は興味深いものだったんですが、唯一不満だったのは作家の事をどれだけ知りたくても、その作家がもうこの世にいないこと(笑)。当然彼らには会えないし、話も聞けない。もちろん本とかは読むけど、100年も経っていると話が美化されて伝説になっている部分もある。そう考えると、アートの現場でアーティストと共同作業をすることが”アートアディクト”としては一番ハッピーな状況だと思ったんです。あと、ゴッホの存在も大きかったですね。自分がもしゴッホと同時代に生きていたとしたら、はたして彼を”発見”することができたのだろうかというロマンティシズムにかき立てられるんです。ゴッホの作品は、生存中は1点しか売れず、誰にも認められないまま亡くなったワケですからね。そういう唯一無二の存在を見出せる可能性のある仕事をやりたかったんです。

Nanzuka Underground

05年にスタートしたNANZUKA UNDERGROUNDが出来るまでのいきさつを教えてください。

僕が大学院を終了してから、半年間の準備期間を経てオープンしました。元々、学生の頃からずっとこの辺(渋谷)で遊んでいて、イベントをオーガナイズするようになってから、アーティストの人たちと知り合う機会が増えていったんですが、そのなかでも一番大きなきっかけは、やはり宇川(直宏)さんと他社比社に出会ったことですね。彼らと話をしていくなかで、マイクロオフィスとNANZUKA UNDERGROUNDで、この場所にひとつのクリエイティヴシーンを創ろうということになったんです。

オープンからすでに1年以上が経過していますが、そんなスタート当初のイメージが現実のものとなっているように思います。

そうですね。考えていた感じに近づいてきている気はしていますが、やはり宇川さんの力が大きかったと感じています。僕一人の力ではここまで色んな人に集まってもらえる状況にはならなかったと思うし。

篠原有司男

その宇川さんらを中心に、この場所が東京クリエイティヴシーンの最前線として機能している一方、アートギャラリーという観点でNANZUKA UNDERGROUNDを見た時に、ストリート色の強いギャラリーというイメージが一般的なものになっている気がします。そのあたりについてはどう考えていますか?

「ストリート」や「グラフィック」に括られがちなことは確かです。でも、実はそのイメージを払拭したいという思いがあって。去年やってきた展覧会を振り返ってもらえれば分かると思うんですが、グラフィックを前面に押し出した展示は、実は一度しかやっていないんです。でも、一般的にグラフィックデザイナーとして認知されている作家の展示が多いこともあり、そのようなイメージが多くの人に植え付けられてしまっている。作家のためにもギャラリーのためにも、その壁は壊したいという気持ちは持っています。将来的に考えても、グラフィックだけのシーンになってしまうとやはり面白くないですしね。

出展作家の持つイメージによって、ギャラリーのカラーが決められてしまっているのが現状のようですね。

作品そのものをもっと見て欲しいですよね。僕の中では、コンテンポラリーアート(現代美術)=ファインアートとは必ずしも思っていないんです。コンテンポラリーアートの中でも、歴史にまったく残らない作品も絶対ある。極端な話、今生きている現代美術作家の名前が、100年後に2割でも残っていれば、かなりスゴいことだと思うんです。逆に、ファッションデザイナーが作ったテキスタイルが、アートになる可能性もあるし、グラフィックアーティストの作品が残る可能性だってもちろんある。実際に、ロートレックのポスターデザインなどはアートとして認められていますしね。そのくらいフラットにクリエイティヴを見たいんです。

MUSTONE

南塚さんのアートの定義には、「後世に残る」ことが大きな要素になっているのですね。

はい。100年後にも残っている作品=アートだと思っています。そう考えた時に、「私たちはファインアートをやっています」という売り方には疑問を感じる部分もある。そういう感覚が、ファインアートと大衆の距離を広げているような気がします。その関係性を変えていきたいという思いもあり、若い人たちにアピールできるような展覧会の企画やキュレーションを、この1年間はやってきたつもりです。

ファインアートと大衆の距離を縮めることが、「アートを買う」という行為にもつながっていくと思うのですが、日本のアートマーケットの現状について、感じられていることを教えてください。

ギャラリ−を経営していく上では「絵を売る」ことがすべてです。たとえ周囲の評価があまり良くなくても、作品が売れていれば商売としては成功といえる。でも、そこがスゴく難しいし、アートを買うという行為がまだ根付いていないというのが実感です。うちのギャラリーでは、若い人たちにアートを買って欲しいということもあり、作家にもその意図を説明した上で、作品の値段を安く設定しています。今の若い人たちは、3万円の洋服は買いますが、3万円の絵でもなかなか買うことはないですよね。でも、洋服は消費されることで価値が下がることはありますが、アートは逆なんです。アートを買うということは、アーティストの魂を買うことに近い行為だと思っています。その価値は他のモノでは置き換えられない。僕らの世代は、消費文化の恩恵を受けてきた世代です。でも、その消費文化への不満も当然あると思うし、そういうものが価値の転換につながってくれればと密かに思ってるんですけどね。

PSE NANZUKA UNDERGROUND

その価値の転換が、日本ではなかなか難しい現状がありますよね。

そうですね。海外では、親やおじいちゃんが普通に作品を買っている。彼らは、アートを消費することに大きな価値を見出しているし、それがアーティストの活動を支え、結果として国の文化を底上げすることにもつながるんです。だからみんな率先して作品を買うし、それが社会的ステータスにもなる。国のサポート体制も、日本に比べて充実している所が多いですよね。

日本と欧米の文化的背景の違いはどこから生まれているのでしょうか?

教育の違いが大きいと思います。日本の美術教育は、アートマーケットの世界をひとつの闇として、見て見ぬふりをしてきたという歴史がある。アートを売買するコマーシャルギャラリーの活動が、アカデミックな美術の世界と隔てられているのが、日本のアートシーンの実情だと思います。そこは変えていかなくてはいけない部分だと思っています。
ね。

最後に、ギャラリーの今後の予定を教えてください。

ヨマール・オーガストというブラジル人アーティストのエキジビションが6月30日からスタートします。その後は、佃弘樹氏、田名網敬一氏の展覧会が続く予定です。

MUSTONE

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