
AIKO NAKAGAWA | アイコ・ナカガワ | Artist
単身ニューヨークに渡り、アート集団FAILEのメンバーとしてボーダーレスな活動を展開してきた日本人女性アーティスト、アイコ・ナカガワ。世界各国を渡り歩き、世界中に無数の作品を残し、グローバルなネットワークを築いてきた彼女だが、今年に入りソロ名義での活動が目立つようになってきた。FAILEでの7年を経て、いま彼女はどこへ向かおうとしているのか? 日本に一時帰国中の彼女に話を聞いた。
Text : 原田優輝
最近はソロ活動に力を入れているようですが、FAILEとしての活動は休止されているのですか?
FAILEが結成してから7年間、私たちはそれぞれが持っているヴィジュアルセンスをミックスし合いながら、お互いを結びつける”ヴィジュアルランゲージ”として作品を創り上げてきました。その作業はある意味バンドに近いものだったと思います。バンドのメンバーがソロで活動をすることが自然なことであるように、私もしばらくの間、ソロ活動や他のアーティストとのコラボレーション に集中したいと思っています。自分のオリジナリティやこれから進むべき方向を見極めて、それをまたグループに還元するのもいいし、更に個人的なプロジェクトをはじめるのでも良い。今は”自己トレ期間”みたいな感じです。
ソロ活動を始めるに至ったきっかけは何かあったのですか?
いろいろありますね。FAILEのメンバーはそれぞれが異なる文化や言語の中で育ってきているんですが、その中でも日本から海を渡って、単身NYへ来た私は、アメリカとカナダという隣国同士だった他の2人よりも、(アメリカの)外に向けられる意識がどうしても大きくなるんです。私は、旅や展覧会などで海外に行く時にも、最初にNYに渡った時と同じ感覚で、訪れた国々での出会いを大切にします。NYに戻って作品制作する時にも、外から得たインスピレーションによって良い作品を生み出す事が多い。どちらかと言うと英語圏の世界で完結できている2人に比べて、私はそこだけでは完結できないというか…。


あえてひとつの場所に定着したくないという意識もあるのですか?
そうですね。東京で生まれ育ったということも大きいし、これまでに 生活してきた多くの街で、その土地のアートや人々からスゴく影響を受けてきたので、その部分は大切にしたいんです。ただ、活動拠点はこれからもNYにしておきたいという気持ちは今でもあまり変わりません。 創作活動中心の生活がしやすいNYに渡って10年たった今ではここ(NY)が、”真ん中”という感じがするんです。ヨーロッパ、アジア、日本と色々な場所に飛びやすいですし。ここにみんなが来てくれる事も大きいですし、私が動く事も大切。私のアートには「動くこと」「旅すること」「人と出会うこと」が大きいんです。
そもそも、NYに渡られたきっかけは何だったのですか?
NYに渡る前は、東京の美大で映画製作を専攻していたんです。映画は音楽、ファッション、脚本などあらゆる要素から成り立っていて、すべての芸術の集大成と言えるものです。そう考えた時に、私はそれ(映画)を構成するひとつひとつの要素を極めたくなったんです。「すべてに魂を込めないと良い映画は作れない」と。それからは世界を旅して、自分の好きなアートや音楽やファッションに出会い、更にプロデュースしたいと考えるようになって。そうするには、やっぱり自分で体感するしかないと思って、卒業してからNYに渡ったんです。NYは人種のるつぼとして有名だったし、実際にあらゆる国からいろんな人や情報が集まってきていた。まずはNYに行って、もしヨーロッパの方が自分に合ってると思ったら、後でそっちに移れば良いという感じでしたね。


FAILE時代に制作したストリートアート。
アイコさんの中で、“肌で感じる”ということが大切だったようですね。その姿勢が、より実践的な場ともいえるストリートに向かっていくことにもつながっているのでしょうか?
そうですね。ストリートだと自分でトライして、”感じる”しかないし、アドレナリンのレベルも大学で課題をやるより全然高い(笑)。痛い目に遭いながらも、とにかく自分でやってみるという精神がスゴく好きなんです。多少イリーガルな感じとか(笑)。日本にいた頃に、海賊テレビ局を開局したことがあったんです。当時は映画を学んでいたこともあって、自分の作品や好きな映像を電波で飛ばして、好きな人たちがそれを見れたら面白いだろうという単純な理由で。ストリートアートとしてやってる自覚も違法であるという認識も無かったのですが、そういう公共の場で不特定多数の人々に対してゲリラ的に表現する事が基本的に好きなんでしょうね。
作り手と受け手の関係性についてどのような意識を持たれていますか?
「私の作品を見て欲しい」という感覚とは少し違うんですが、自分がやっていることで多くの人たちが楽しんでくれたら嬉しいと思いますね。特にストリートアートの場合、作品を見つけてくれた人とのコミュニケーションに大きな意味がありますからね。NYでストリートに絵を描き始めた当時は、ほかのア−ティストの名前や顔は全然知らなかったけど、それでも彼らの作品をとてもリスペクトしていたし、作品の隣に挨拶代わりに自分の作品を描いたりしていた。そこでは(相手の)”見えないカンバセーション”が成立していたんですよね。不特定多数のオーディエンスとコミュニケーションをするイメージは、その頃からありました。FAILEでの7年間も、”どこの誰が描いたかわからないけど、どこかで見たことのある絵”を世界中に展開してきましたしね。


L.A.で開催されたグループ展に出展した作品。
最近はストリートだけではなく、ミュージアムやギャラリーでの展示も増えているようですね。
はい。私やFAILEの他のメンバーにとって、今はストリートアートからファインアートへ飛躍するための過渡期なんです。これまでにストリートで得てきたインスピレーションをファインアートのマーケットにいる新しいオーディエンスにいかに届けていくかが今の課題です。
ミュージアムやギャラリーといった室内での展示は、ストリートに比べて受け手と作り手の間の偶然性が低くなりますよね。
そうなんですよね。そこは割り切るしかない部分なんだけど、その偶然性を室内の展示でも上手く出していけたらと思っています。でも、ミュージアムやギャラリーで作品を発表するというアプローチ自体が、これまでの自分からするととても新鮮に感じています。先日もL.A.のMerry Karnowsky GalleryでMISS VANと水野純子さんと女性3名のグループ展をやったんですが、これまで私が身を置いてきたストリートとは全く違う活動をしているアーティストたちと一緒にできたことはとても良かったですね。FAILEの作品をまったく見ていなかったお客さんにも面白いと言ってもらえたりしましたし。女の子3人というのも、FAILEの男2人女1人というチームとは違って新鮮でしたね。
これまでは周りにいるアーティストは男性が多かったですよね。
そうですね。その中にいて、自分が女性であることはもちろん意識してきたんですが、 グラフィティーシーンにいる男性オーディエンスに向けて、「タフビッチ、こういう女がいいでしょ?」という男目線の女性像を意識することが多かったんです。でも、今回の展覧会では、参加者が女性ばかりだったので、突然女子校に行った感じがありましたね(笑)。ビッチーズであるのには代わりないけど、女性目線の女性像。そういう経験ができたことはスゴく良かったし、それが最初に話した自分の新しい面を見つけることにもつながっていくんだと思っています。


「ネクスタイドエボリューション」に参加するなど、課外活動も積極的なようですね。
そうですね。「ネクスタイド〜」は、身体に障害を持つ人たちのためのデザインを考えるプロジェクトなんですが、その他にも色々なオファーがありますね。女性の地位向上や男女平等のための活動をするNPO団体にデザインを提供したり、社会的なプロジェクトからのアプローチが増えています。それらに参加することはとても勉強にもなるし、知らなかった世界を見ることもできるので、これから続けていきたいですね。
最後に今後の活動を教えてください。
今年は多くのショーに参加する予定です。夏には、L.A.、バルセロナ、東京でそれぞれグループ展があります。レベレーションズで開催される東京の展覧会では、NYの仲間であるBASTと一緒に参加する予定です。それ以外のゲリラ活動についてはヒミツです。教えてしまうとゲリラじゃなくなってしまうから。ウェブサイトでも色々な告知をしていくと思うのでお楽しみに!





