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BLUEMARK | ブルーマーク | Design Office

ある人にはJAGDAADC受賞の栄誉に輝くアートディレクター、菊地敦己率いるグラフィックデザインチーム。より深く知る人には広告のみならず雑誌やプロダクト、ファッションブランド『ミナ ペルホネン』のヴィジュアル関連デザイン。またある人には優れた実績で知られるwebディレクター、斎藤寿大率いるweb制作チーム。さらに、横山裕一や高木正勝らのハイクオリティなアートブックを出版展開するレーベル運営などのアートプロデュース活動。VIをトータルで手掛けた青森県立美術館で協働した世界的建築家青木淳の内装によるカフェ『インコ』を経営。さらにさらに、その事務所は斎藤が参加するインスト・バンド『ペペ・カリフォルニア』の録音スタジオでもあるー。各領域で注目を集める多面体集団、果たしてその正体とは? 菊地と斎藤、ブルーマークの2トップに話を聞いた。

Text:深沢慶太

ブルーマーク立ち上げの経緯を教えて下さい。

斎藤(以下S):僕がwebの仕事を始めたのは20歳の頃、まだ学生時代の話ですが、菊地も同時期に仕事をスタートしていたんです。それで98年頃に、菊地が進めていたマチュー・マンシュのプロジェクトで自分がwebを制作することになり、翌年にはアートブックを出版しようという話になって、そのために一緒に会社を立ち上げました。

菊地(以下K):まだ知名度の高くないアーティストの本を、少部数で出せる仕組みが日本の出版マーケットにはなかった。それならば自分たちで出してしまおうと。web とグラフィックデザインを活動の主軸とする一方で、自分たちで主体的に仕掛けていくために、会社という形を選んだワケです。
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おふたりが、デザインに関わったきっかけは何だったのですか?

S:学生時代から音楽を作り始めていて、Macが使えたので、web関連の会社でバイトをしていた。それがきっかけで、デザインとプログラミングを同時にできるチームを作ったら面白い仕事ができるだろう、と仕事を始めたんです。まだ90年代半ばですから、FlashもまだFuture Splashという名前でリリースされたばかり、メーリングリストに入ってみたら参加者が数名しかいない時代でした(笑)。

K:僕は武蔵美の彫刻科で、もともとはオルタナティヴなアートマネージメントの仕事を初めていました。ですが、資金的に大変だったこともあり、デザインを完全に職業的な理由で始めました(笑)。自分のやりたいことをやるというよりは、お客さんを満足させるような役に立つものを作り上げて対価を得る、という意識ですね。そうやって仕事を展開してきた結果、ある人はうちをグラフィックデザインの事務所だと思っているけれども、なかには僕をカフェのオーナーだと思っている人もいる(笑)。

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S:その点では僕も、音楽活動とは別に、仕事としてwebを始めたワケですから同じですね。この間『インコ』の手伝いをしていたら、音楽誌のライターさんが「こんなところでバイトしてたんだ! がんばってね」って (笑)。

K:自分たちの作品はなかなか自社では出してもらえない会社なんです(笑)。自分たちのレーベルの内容が「俺の作品はどうだ!」というのも恥ずかしいので。そんな感じで、接点によって、ブルーマーク全体の印象が変わってしまうのがうちの特徴です。ミナの仕事をイメージされる人が多いようですが、まだブランドが立ち上がって半年くらいの頃、僕は学生で、皆川さんは市場で魚を扱っていた頃からずっとやっていますからね。とはいえ、デザインの意味を広く捉えるのであれば、webのシステム構築やアートブックの流通なども含めて、ブルーマークとはデザインを手掛ける会社と呼んで間違いないと思います。

S:カフェにしても、最初はこのビルの3階だけを借りていたのに、他のフロアが空くに従って占領していき、1階が空いたタイミングで「1階といえばやっぱりお店かな」という感じで始めてしまった(笑)。菊地とはいつも、これからやってみたいことの話をしているので、これからも“異業種”と呼ばれる領域には触手を伸ばしていくと思います。

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K:デザインに対する考え方がしっかりしていれば、何にでも対応できるハズですし、逆に汎用性がない思考方法には、あまり価値がないと思いますね。じつはこの会社の作り方自体がプロジェクトなんです。毎年、斎藤と「今年も会社まだやる?」と話していますよ(笑)。そもそも僕は「グラフィックデザイナーが手掛けたプロダクト」という言い方に疑問があるんです。プロダクトをやる時はプロダクトデザイナーとしてやりたい。あれもこれもできるという“幕の内弁当”ではなく、やるからには専門の領域で勝負できるものでなければならないと思います。

S:ですから、うちのことをwebのシステム会社だと思っている人がいてもいい。それはその領域できちんと仕事が達成されている、ということですから。

そうした領域を統合して手掛けた例として、青森県立美術館でのお仕事は非常に興味深いと思います。

K:あれは大変でしたね…。なんといっても交通費が高すぎる(笑)。

S:すごい雪だったし(笑)。でも確かに、グラフィックやwebからコーヒーカップなどのプロダクトまで、ブルーマークという組織がうまく機能した仕事だったと思います。

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K:でも、あの仕事を境に、“領域を超えた仕事のできるインディ系のクリエイティブオフィス”というレッテルを貼られ始めた。そういうイメージに対抗したくて、JAGDAとかADCに出品し始めたんですよ(笑)。

S:それで成果を残せているから、良かったよね(笑)。「青森」以降、都市計画絡みの依頼が来たりもするんですが、大きすぎるプロジェクトに対してうちのような小さなオフィスが適しているかどうかを見極める必要があると思うんです。組織を維持する必要に駆られて大きなプロジェクトを受け続けるようにはなりたくないし、一方で、クライアントに対して緊張感を保ち続ける意味でも、うちは広告代理店を通さないで直接やりとりをするケースがほとんどですね。

最近の仕事で、代表的なものについて教えて下さい。

K:『「旬」がまるごと マザーフードマガジン』という、5月に創刊された雑誌のアートディレクションを手掛けています。創刊号の「まぐろ特集」では、築地市場にマグロの流通解体現場を見に行くところから関わりました。いかに編集に合ったデザインを組めるかということで、特に表紙は、編集の現場に対しても目標となる旗を掲げる気持ちで力を入れて作っています。

S:来年秋の「横浜トリエンナーレ」のプロジェクトは、グラフィックやwebなど複数の領域に渡っているという意味で、ブルーマークらしい仕事かもしれない。あとカフェということでは、『インコ』のほかに香川県の丸亀市猪熊弦一郎美術館のカフェも運営しています。

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K:同時に美術館の屋上スペースを使ってイベントも企画しています。前回はゴールデンウィークに、ohanaハナレグミの永積タカシ、クラムボンの原田郁子、Polarisのオオヤユウスケによるグループ)のライブを企画して、ブッキングやTシャツ販売、チケットのもぎりまで自分たちでやりました(笑)。

S:やったことのないことは、自分たちでやってみないとわからないですからね。現場に発注するにあたって勉強になることがたくさんある。

K:香川にはブルーマーク香川出張所も作りました。地方で得たお金は地方に還元したいという思いがあるんです。今年は香川に小さなプロジェクトを集中させて、地元の人とのつながりを作っていきたい。大きく言えば、地域活性化、都市計画のデザインなんです。よく「そんなこともしているんですか?」と言われますが、ひとつの側面だけのイメージにとらわれず、自分たちが正しいと思うこと、言いたいことを言える環境を作っていきたいと思っています。

S:できることをやっていく、というスタンスがいちばん大切だと思っています。一方で、小さなプロジェクトを多角的に展開していける時代になってきた、ということもあるのかな。

K:今は、デザインという言葉がバブルだと思うんです。僕自身、自分の理想とするスキルには到達していないと思っている。今年は新しいことを始めるよりも、そういう基本的な部分を突き詰めていきたいですね。

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