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assistant | アシスタント | Architect

建築、インテリア、空間デザインにとどまらず、グラフィック、ウェブデザインなども手がけ、ジャンル、国境の枠にとらわれない活動を展開する新進クリエイティヴ集団assistant。そのユニット名の通り、あらゆる表現活動やそこから派生するネットワークにコミットし、独自のアプローチでそれらを“アシスト”してきた彼らの活動は、新時代のクリエイティヴ・チームを象徴するひとつのカタチになっている。常に新たな領域を模索し、前進を続けてきたassistantの松原慈と有山宙にじっくりと話を聞いた。

Text:原田優輝

assistantを始められたきっかけを教えてください。

有山(以下A):もともと同じ大学で建築を学んでいたことが、僕らが知り合ったきっかけです。assistantとして活動を始めたのもその頃からです。

松原(以下M):大学時代から建築の勉強をしていたんですが、学べば学ぶほど、インテリアやグラフィック、音楽などの建築以外の様々なものに興味が広がってしまったんです。それで先にそっちを知りたくなった。それらを知った上で空間構成に触れていきたいと思うようになったんです。あと、ずっと自分で職業を決めたくないという思いがあって、「建築家って何をする人なんですか?」って大学でも良く聞いていました(笑)。その後、私はロンドンでもう一度建築を学び、日本に戻ってきてからも、結局なりたい職業がなかったから、“assistant”をやっているんです。
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A:最初に自分たちのドメイン名を取得する時に、「withassistant」にしたのも、「誰かと一緒にやるぜ」という気持ちが強かったからなんです。

M:assistantとしての最初のプロジェクトは、民族紛争を始めとする世界各地の問題をカードにするというものでした。「9.11」の半年後くらいだったんですが、「問題はそれだけじゃないでしょ?」というのがスゴくあって。見えていない多くの問題を、テーブルの上に並べて一度に見ようという試みで、せんだいメディアテークで展覧会をやったんです。元々このプロジェクトは、世界中で今どんな問題が起きているのかを知りたがっていた祖母のためにやったところが大きかった。この時に私たちがやったことは、まさに「assistant」という名前がピッタリで、それが由来になっています。誰のためかはわからないけど、大きな全体のために何かを作りたいという気持ちがあります。assistantは私たちの間だけで閉じてるものでありたくはないんです。

なるほど。そこから現在の多岐に渡る活動に広がっているのですね。

M:21世紀はイメージを作る時代だと思うんです。洋服が大好きでファッションデザイナーになりたいと思ったり、音楽にしか興味がなくて、それをトコトン突き詰めている人たちのことも、私たちはよく知っているし、とても共感できます。でも、自分たちはそういうタイプじゃなかった。分野とかは関係なく、常に実験をしていたかったので、こういうやり方が一番合っていたのだと思います。

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A:僕らはグラフィックやウェブデザインもするけど、ひとつの仕事にかかってしまう時間は、それぞれを専門にやっている人たちよりもはるかに長いし、スキルもない。でも、僕らのなかではいろんなものが合わさってそのデザインや作品ができているという意識があります。例えば、Soup Stock Tokyoという会社のウェブサイトとユニフォームのディレクションをしたのですが、それは僕らのスタンスを説明する上で良い例です。そこのボスは僕らのことを「建築家」だと思っている。でも、「建築家がウェブサイトやユニフォームを作ってもいいから、assistantらしくやってよ」というスタンスで見てくれている。そういう風に仕事を任されていることが嬉しい。逆に何でも出来る人だと思われてしまうとつらいかもしれない。

M:私たちはアートディレクションやグラフィックデザインをすることはあっても、アートディレクターやグラフィックデザイナーと思ってはいない。様々なものやそこで生じる変化をそのまま吸収できる受け皿としてassistantはあるんです。

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最近の主なお仕事について教えてください。

M:ミラノサローネでスウェーデンの家具会社Vujjの展覧会会場を設計しました。

A:あと、ユリイカル・コルビュジエ特集号で、子供のためのワークショップをやりました。

M:私たちの作品にフランス人アーティストと一緒に続けている「Tremors were Forever(余震は永遠に続く)」というプロジェクトがあるのですが、このワークショップもまさにその言葉がピッタリだと思うんです。生誕から120年も経っているのに、未だにみんなコルビュジエの話をしている。それを、半分イタズラ心から子供たちにもさせてしまおうというのが私たちのアイデアだったんです。

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具体的にはどのようなワークショップになったのですか?

M:まず、子供たちに眼鏡と蝶ネクタイをしてもらい、コルビュジエになってもらうんです。

A:それから、コルビュジエが見出したモデュロールという近代建築の基準になっている寸法があるんですが、それに基づいた3Dコラージュを子供たちにしてもらう。

M:コラージュが完成したら、部屋の電気を消します。そうするとそのコラージュが、壁に貼った紙に黒い影として投影されます。その影を子供たちに蛍光ペンでなぞってもらう。そうして出来上がったものが作品になるんです。3Dコラージュはなくなってしまうけど、紙に描かれた絵がコルビュジエの記憶とともに残る。つまり「余震が永遠に続く」んです。このワークショップは森美術館の『ル・コルビジェ展』でも行われる予定です。

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「余震は永遠に続く」というキーワードを聞いて思ったのですが、中心である「地震」そのものよりも、その周りに生じる何か(=「余震」)を大切にされている感じがします。

M:それはありますね。中心からはいつまでも逃げていたい。しかも、できるだけ早く(笑)。

それは面白いですね。自らが中心になろうとするクリエイターも少なくないと思うんですが。

M:中心は必ず境界があるからこそ決まると思うんです。でも私たちはその境界を知らない(笑)。そもそも境界って見えないと思う。例えば、今はエコロジーという名の下、地球という境界があるように思えるけど、もしかしたら宇宙全体が境界かもしれないし、さらにもっと先があるかもしれない。ただ、境界が見えないにしても“全体”というものはあると信じていて、それに対して常に好奇心を持っていたいんです。自分たちが今いる日本の東京という場所に閉じて、誰かが決めたある職業に守られて生きていくのではなく、できるだけいろいろなことを知って、遊び倒して、興味の対象をどんどん増やしていきたい。

海外のクリエイターとの交流も多いようですね。やはりおふたりがロンドンにいたことも影響しているのですか?

M:それもありますね。当時のロンドンはあらゆる人種の交差点のようになっていて、そこでいろいろなネットワークができました。今でもE-Mailの7割くらいが外国人とのやり取り。ただ、それが国際的という意識はなく、ごく当たり前のことなんです。ロンドンに行って良かったことは自分みたいな人間がたくさんいたこと。今やロンドンにしかないものなんか別にないと思うし、ロンドンという土地から何かを吸収するような時代じゃない。大切なのは人間同士のコミュニケーション。それが出来るかどうかで環境や生活の豊かさが変わっていく。まわりに外国の人がいるのは普通のことだし、言葉や国境なんか関係ない。それが私にとっての21世紀的な世界なんです。

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なるほど。今の話とつながるかもしれませんが、assistantの作品からは都市的な感覚を強く感じます。

M:それは絶対あると思います。私たちは所詮都会っ子ですから(笑)。都市がなかったら私たちの考え方は成立していない。

A:でも、特に東京を意識しているというワケでもないんです。いつでもどこかに行ける準備はできている。今までは戻って来られる場所が東京しかなかっただけで。

M:もしも私たちのなかで都市というキーワードの位置付けが変わるようなことがあれば、それが大きな転換期になるんじゃないかとは感じています。最近は関わっている仕事で地方へ行ったり、環境に関わるデザインなどもやっているのですが、結局今はそれらへの視線も都市的なものでしかない。

エコという概念も都市的な考え方ですよね。そういう意味では、農業というキーワードを掲げ、様々なアプローチをしている生意気の最近の活動は、個人的に面白いと思っています。

M:そうですね。私たちは彼らのようなタイプではないですが、彼らの気持ちはスゴくわかります。自分たちが居ない場所に何かがある、ということは常に想像していたい。人が気付いていないことをやっている人たちはやっぱり面白いですよね。

でも今の時代、なかなか「人がやっていないこと」をやることは難しい…。

A:最近はリミックスという言葉を持ち出して、それが新しいスタイルのように語られることも多いけど、それにはあまりピンとこないんです。

M:うん。でも新しいことなんていくらでもあると思う。新しい惑星がどんどん発見されるように、ある次元まで来るとその次が絶対見えてくる。私たちはそれを信じているので、境界を決めないようにしているんです。私たちは遊びのプロになりたいとずっと思っていて、自分たちが面白いと思ったことが発展して仕事になるという流れが一番作りたかった。今でも暇さえあれば面白いものを探しに行っています。ネタを探しに築地に行くような感じで(笑)。

A:でも、ちょっと築地に行き過ぎだと思うけど…。個人的にはもう少しその頻度を減らして欲しいかな(笑)。

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