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ten_do_ten | 点 | Pixel Designer

極めて情報量が少ない「ドット(ピクセル)」というフォーマットによるミニマルな表現で、見る者の網膜を刺激し、無限のイマジネーションをかき立てさせるクリエイター、ten_do_ten。90年代前半から、コンピュータ世代におけるプリミティブ・アートともいえるこの手法を一貫して押し進め、今なお我々にフレッシュな視覚体験を提供し続けてくれる彼は、なぜここまでピクセルに固執してきたのか? 近年、様々なアプローチで、その縦横無尽な活動を加速させている“ピクセル”デザイナーten_do_tenを取材した。

Text:原田優輝

まず始めに、現在の表現に行き着くまでの経緯を教えてください。

僕は元々、写真から入っているんです。学生の頃からファッション写真とかに興味があって、カメラアシスタントのバイトとかもしていました。アラーキーテリー・リチャードソンのような“生き様”系の写真がスゴく好きだったのですが、いざ自分がそういう写真を撮るとなるとなんか照れくさくて、できなかったんですよね。ちょうどその頃に、MACが普及し始めていて、Photoshopとかで割と簡単に写真をいじれるようになってきていて、その流れでグラフィックの作品も作るようになったんです。グラフィックの場合、モデルやロケーションに関係なく、100%自分でコントロールできますよね。それが自分に向いているのかなと思い、グラフィックをやるようになったんです。

その頃から現在のような“ピクセル”表現をされていたのですか?

そうですね。まだその時代は、Illustratorがほとんど普及していなかったので、使えるソフトがピクセルベースのものしかなかったということもあります。当時は自分の作品をフロッピーに入れて販売するというムーブメントがあって、自分も趣味でピクセルのアートワークを作って、フロッピーに入れていたんです。その頃に、グラフィックデザイナーの松本弦人さんのパーティに誘ってもらったことがあり、そこでフロッピーに入れた自分の作品を見せたりしていたら、意外と喜んでもらえて(笑)。それがきっかけで松本さんの事務所に入れてもらい、2年程デザインの仕事をやっていました。

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キャリアをスタートした当初から、一貫してピクセル表現を続けているのですね。

はい。当時のアシッドムーブメントとリンクしたメガデモというフロッピーにグラフィックをパッケージした作品を作っていました。その後は、デラウエアという音楽やデザインなどをやっていたクリエイティヴチームのサマタさんという人と出会い、一緒にやるようになったんです。デザイン事務所にいた2年間は、自分の作品を作る時間が全然なかったのですが、デラウエアに入ってから、ピクセルの作品をまた作るようになりました。サマタさんも元々ピクセルを使った表現をしていたし、当時は一気にDTPに移行した時代だったので、逆にドットで作品を作り続けていたら目立つかなというのもあり(笑)、それを専門でやるようになっていったんです。

その後、独立を決意したのはいつ頃だったのですか?

9.11の少し前に、デラウエアのライヴでNYに行ったことがあったんです。その時に、ニューヨーカーたちのローカリティを目の当たりにして、カルチャーショックを受けたんですよね。街中で普通にターバンを巻いたタクシーの運ちゃんがいたり、かたや中国文化が根付いたチャイナタウンやヒップホップカルチャーなどがあったり、色んな人種や文化がミックスされて、しかもそれぞれがキャラクターを確立していて、カッコ良く見えたんですよね。その時に、日本にいながら、NYで流行っていることを取り入れているだけの日本人が、相当カッコ悪いなと感じて…。デラウエアは、比較的そういうところと一線を引いて活動していた自負はあったのですが、もっと踏み込んだ独自の表現をやってみたいと思うようになったんですね。その直後に9.11があって、なおさらそういうことを考えさせられざるを得ない状況になって…。だから、名前も日本語の「点」にして、アジアン・トラッシュなひとりとしてやるようになったんです。

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なるほど。では、赤を基調にした作品を作っているのも、日本のローカリティを意識してのことなのですか?

そういうこともなんとなくイメージはしています。例えば、赤を使っている理由について、「日の丸を意識しているから」と話すと、急に作品にポリティカルな感じが出てくるじゃないですか(笑)。それを意識してあえてやっている部分と、逆にそう見えないようにしている部分の両面があるんです。基本的には、自分はナショナリストとは真逆の立場の人間なのですが、作品とポリティカルな部分の関係性には興味を持っています。そのギリギリのラインを見てみたいという想いがありますね。ギリギリのラインからポリティカルなものや純造形なものを茶化したいというか(笑)。信じてるけど信じないみたいな。単純に最初から赤と黒しか使わないというフォーマットを決めてしまった方が楽ちんだし(笑)。

そこまで制約を課してしまうことは不自由ではないのですか?

逆に、制約がないと不自由に感じてしまうんです。例えば、ジャズってある意味、終
わった音楽だと思うんですが、フリー・ジャズのように制約がないものよりも、ハードバップウエストコースト・ジャズなど、決められた枠のなかで楽しめるものがジャンルの一生を俯瞰してみたときに好きなんです。みんな軽々しく「常に変化していかないと」というようなことを言いますが、たとえば音楽なんかでも、自分の表現といえるものをひとつ獲得できたら、それを離さずに突き詰めていくことは普通なことだと思うんです。例えば、クラフトワークラモーンズビル・エヴァンスのように、僕が好きなタイプの音楽もそういうものが多いですし、そういう表現にしか興味がないんです(笑)。

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点さんにとっては、それがピクセル表現だったということですよね。

思い返してみると、子供の頃、レゴみたいなパーツで何かを作るおもちゃが好きだったり、お茶の先生だった母親が、刺繍などを作ってくれたりしていたのですが、そういうものに影響を受けているのだと思います。デザインには色々な手法がありますが、そのなかでも刺繍やレースなどは、人間がデザインという行為を始めた頃から存在するものだと思うんです。そういう脈々と続く大きな流れのようなものを、現在の最先端のコンピュータによる原始的なピクセル表現で、レア・グルーブしたいという想いがあるんです。だから、手芸作家的な感覚でやっている部分はありますね。

点さんのなかには、自分が“デザイナー”であるという意識はあるのですか?

ありますよ。プライベートワークに関しても、自己表現というよりは、こういう作品を見たいという欲求があって、自分に“発注”している感じなんです。だから、作品を作る時に一番考えていることは、“目の快楽”があるかどうかということ。アートは全般的に好きですが、いくらコンセプトがあっても、目に訴えかけてこないものはあまり信じていないところがあって。「ここにドットがあると気持ち良い」というような“網膜的”な快楽を大切にしています。ドット表現は誰でもできるものなのですが、出来上がった作品には、それぞれの生理や網膜に映る感覚が現れるので、スゴくオモシロいんです。初期のCGやスペースインベーダーなどのゲームも同じなのですが、見る人が(足りない部分を)“補いながら見てくれる”というところに興味があります。

クライアントワークと作品制作に線引きはありますか?

違いがよくわかっていないかもしれない(笑)。でも、その“違い”というのは、西洋美術の文脈によるものだと思っています。欧米ではコマーシャルデザイナーとアートが完全に分かれていますが、日本の場合、琳派の時代に遡ってみても、襖に絵を描いていたワケだから、ある意味「デザイン」なんですよね。西洋文明に比べて、その境界がルーズなところが日本の強みのような気はしています。自分自身も、作品として生まれたものを企業の仕事に対応させることもありますしね。自分の作品を何かに使えるものにしたいという気持ちは強いです。

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これまでに、企業の仕事としてはどのようなものを手掛けられてきたのですか?

独立当初は、すでにWebや携帯電話が発達していたので、携帯電話用のデザインなどをやっていましたね。作品のアウトプットがモニターになるWebや携帯という媒体には、ピクセル表現が合っているんですよね。あと、途中から増えてきたのは、自分の作品を布にプリントして、スニーカーやTシャツ、洋服のテキスタイルにする「ten_ki_style」シリーズ。最近では、僕のワイフと「クラチック」というユニット名で、パッチワーク作品も制作しています。アート・アンド・クラフト運動を今の時代でもう一度やりたいなと(笑)。“クラチック”オートクチュールブランドとして、一点物の作品をお客さんと相談して作っていけたらと思っています。

ten_do_ten

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普段からWeb上でコンスタントに作品を発表し続けていますよね。

そうですね。「こういう作風で仕事を待っています」というスタンスではなく、自分から発信していきたいというのはあります。作品を作っていること自体が、農夫や漁師気分というか、その日ぐらし的というか(笑)。

サイトでは、点さんのアートワークと音楽を掛け合わせたような作品も発表されていますね。

きっかけは、僕らが結成したジャパニーズというバンドなんです。以前から、Web上にアップされているオモシロいMIDI音楽をいろいろコレクションしていたのですが、それを携帯の着信音にして、その上に変な歌詞でカラオケをするということをやっていたんです。メンバーに、帰国子女や日本育ちで日本語ベラベラなアメリカ国籍のメンバーがいて、外国目線な日本趣味を日本人だかなんだかよくわからない目線で、現在の日本ブームやナショナリティを茶化してたんですけど、メンバーが帰国しちゃって今は残念ながら休止中です。そのときのMIDI音楽を、音を削ったり、メロディトラックとドラムトラックをズラしたりして遊んだりしていて(笑)。そのMIDI音楽のクラシック音楽バージョンを立花ハジメさんの携帯サイト「THE END」で発表させてもらっていたんです。そのクラシック音楽MIDIにラップやシャウトを乗せたレコーディングを「クラチック」名義で始めまして、リリースの予定もあるんです。

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音楽にしてもアートワークにしても、ギリギリまで削ぎ落とした時に人間の感覚がどこまで対応できるかという部分の追求が制作テーマとしてあるようですね。

「カッコ良い」と「ダサイ」のギリギリのラインがオモシロいと思ってやっているところはありますね。ピクセル表現は、削ぎ落としていくとモダニズム風の表現になるし、逆にたくさん並べていくと、世界中のクラッシックで装飾的なイメージにもなるところがオモシロいんです。最近では、「クラシック」と「フューチャー」をメチャ無責任に、イージーに行き来できることも発見して、その辺りを楽しんでやっていますね。

最後に今後の予定を教えてください。

3月には作品集を出す予定です。いわゆるアートブック的な感じではなく、今Webで発表しているような作品を図鑑的に見ることができる本にしようと思っています。

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