
GRAPH | グラフ | Design Office / Printing Company
「クオリティを追求するなら、あの会社に頼め」—。クリエイティヴ業界でこうささやかれる会社がある。GRAPH。エディトリアルやCIなどのグラフィックデザインから、非常に厳格な再現性が求められるアートブックの印刷、特殊パッケージ、最近では空間美術まで、幅広い領域でクオリティとクリエイティビティを両立してきた、印刷業界の台風の目だ。しかし、その実像はさまざまな色眼鏡によって歪められてきた。そもそもGRAPHは印刷会社なのか? デザイン事務所なのか? その技術力は機械設備の恩恵? 料金が高いというのは本当か?etc…。率直な疑問を胸に、GRAPHの牽引者として知られるアートディレクターの北川一成を直撃した。
Text:深沢慶太
デザインと優れた印刷技術を融合させた活動で有名なGRAPHですが、立ち上げの経緯について教えていただけますか。
GRAPHは、元々は自分の祖父が1933年に立ち上げた、化粧箱や帽子を入れる箱の製造や印刷をする兵庫県の会社、北川紙器工業所(後に北川紙器印刷と社名変更)を前身としています。現在の社名に変更したのは、1989年のことです。自分はそれと同時に入社して、2000年からは5代目の代表取締役社長に就任していたのですが、この9月に社長を退任してアートディレクターという肩書きで仕事をしています。現在も兵庫県が本社で、印刷工場はそちらにあります。一方で東京では、グラフィックデザインとプリンティング・ディレクション、さらに知的財産権管理などを活動内容にしています。

兵庫にある印刷工場の様子。
社名を「GRAPH」に変更された背景には、どんな要因があったのでしょうか。
当時の製造業界ではとにかく大量生産がもてはやされていました。でも、自分が子供の頃、年末に新年大売り出しのチラシを受注して、一家総出で夜なべして印刷したものが、正月三が日を過ぎた頃にはゴミの山となって捨てられているのを毎年、目にしていたんです。小学生ながらに「捨てられない印刷物を作りたい」と親父に訴えたりしましたね。そこから、捨てられない印刷物を作ること、そのためにコミュニケーションを大切にしていこう、という考えの下、“グラフィックと印刷の融合”を目指しました。そして、“見えないものを視覚化する”という意味を込めて「GRAPH」と名付けました。当時、自分は筑波大学でグラフィック・デザインを学んだばかりでしたが、いちばん興味があったのはブランディングで、その背景には子供の頃の体験があったんでしょうね。

GRAPHポスター
そうして誕生したGRAPHですが、活動のコンセプトについて教えて下さい。
“技術”と“センス”、そして“翻訳力”、この3つがGRAPHで大事にしている要素です。このうち“翻訳力”について説明すると、クライアントやデザイナーが印刷会社に希望を伝える際、具体的なCMYKの数値やトーンカーブ上の操作を指定してくれるわけがない。イメージを言葉で伝えてくるわけですが、印刷の現場ではそれを「抽象的だ」と、投げ出してしまうようなケースが多々ある。大量生産用に大型の機械を導入して、それを維持していくため、ラインを組み替えずに済む受注ばかりを受けていこうとしているせいもあるのかもしれません。そうした印刷の現状に対して、自分たちは小ロットで、そのつど異なるイメージの依頼を受け続けることで、技術とセンスを磨いていきたい。そしてそのためには“翻訳力”が不可欠だ、ということなんです。
非常に挑戦的なスタンスですね。リスクも大きいのではないですか?
「初めて製品化されたこの紙を使え」とか、「これまでにない色味を再現しろ」とか、もう、毎回トラブルは当たり前ですよ(笑)。でも、“捨てられない印刷物を作る”ための定めだと思っています。自分も、実際に製版の現場にも立ち会うケースが多々あります。この今井美樹さんのツアーDVD『MILESTONE』もその一例です。要はPhotoshopを使いこなす技術とセンスであって、機械の差じゃないんです。よく、高性能の印刷機を導入していることを謳い文句にしている印刷会社を見かけますが、本当に大事なのはそれを使いこなせているかどうかだと思います。つまり、プリンティング・ディレクターや印刷オペレーターの腕が重要なんです。レストランでいえば、シェフの腕ですね。

今井美樹『Milestone』アートディレクション
この今井美樹さんのツアーパンフレット(※下参照)の写真は、新津保建秀さんの作品なのですが、こういう微妙な空気感を表現する際には、印刷以前にまず、写真やアートワークのスキャニングや色分解の時に適した判断をできるかどうかが大きく関わってきます。そのあたりを評価していただいて、アーティストブックの依頼が増えていますね。これまでに、ラリー・クラークやジャック・ピアソン、森山大道、都築響一、ホンマタカシといった写真家や、大竹伸朗やシグマー・ポルケといったアーティストなどを手掛けています。

今井美樹 ツアーパンフレット アートディレクション
デザイナーの間でも、「クオリティを追求するならGRAPHへ」という認識があるように思います。
世間では自分たちは『ゴルゴ13』のように、不可能な依頼を実現する会社だと思われているらしい(笑)。いつも他社が音を上げた仕事の駆け込み寺のようになってしまっているんです…。講演では「駆け込むんなら予算と時間を費やしてしまう前に来てください」と言っているんですけどね(笑)。この『絵画の制作学』も、エディトリアルデザインから印刷、金色のパッケージまですべてを手掛けていますが、この価格で無理ではないんです。よく、世間では「GRAPHはクオリティも高いが、料金も高い」と言われているようですが、それは単純に他社では要望を実現するのに必要な部分をオプションにしてしまい、“刷る”という部分の見積もりだけを提示するのに対し、GRAPHの場合はクオリティを確実に実現する部分までを含めて見積もりを出しているだけで、決して高くないと思いますよ。


『絵画の制作学』(日本文教出版)ブックデザイン
先日、東京ミッドタウンで開催されていた『Design Touch』でも、日本酒メーカーのパッケージやCIを作品として出展されていましたが、グラフィックデザインのお仕事も、非常に特徴的ですね。
『富久錦』のことですね。1992年からCIや印刷物全般に関わらせてもらっている兵庫県の酒造メーカーです。21_21 Design Sightのイベント『落狂楽笑(Lucky Luck Show)』の空間美術を担当させて頂いた時に、21_21 Design Sightのディレクターでもある佐藤卓さんと話していて感じたことなのですが、印刷やデザインをはじめ、今の世の中は「わかりやすい」ものばかりがもてはやされている。例えば佐藤卓さんのデザインはよくシンプルで明快と言われますが、それだけであればここまで人を惹き付けるものになるはずがない。そう思いました。私自身としては、“わかる”というために必要な「謎めいたもの」に興味がと思っていますね。よく「感覚的にレイアウトしている」と言われますが、そのように見えても実は網の目が非常に細かいグリッドで見ていくと、整合性があるデザインなんですよ。

富久錦 アートディレクション
今後の活動予定について教えて下さい。
大阪に新しくオープンするYODという現代美術のギャラリーで個展を開催します。こう言うと、メディアでは往々にして多角経営の会社のように書かれてしまいますが、GRAPHとしてはクリエイティブ・コミュニケーションを印刷物やグラフィックなど様々なものを経由して実現していきたいということで、そこにジャンルの差は設定していません。デザインと印刷にしても、もともと一緒でいいはずなんです。分ける意味はないんですよ。ですから、GRAPHには僕のような立場で仕事をできる人間がたくさんいる。今も全員が現場に立つことで、そういう人間が育っていくように心掛けています。

東京TDC賞2008において、「21_21 DESIGN SIGHT サマープログラム「落狂楽笑 LUCKY LUCK SHOW」」がTDC賞を受賞した。
08年1月16日〜2月23日まで、大阪にオープンするYODギャラリーの開廊記念展として「北川一成展-DEEPER IMAGINATION-」が開催される。


