
SHIONE YUKAWA | 湯川潮音 | Musician
「天使の歌声」。プロフィールに記されたその言葉の通り、類い稀な”聖なる”歌声で、いかなる楽曲や会場をも一瞬にして自分色に染めてしまうアーティスト、湯川潮音。弱冠19歳でリリースした”アカペラ”アルバム『Tide & Echo』が各界から絶賛され、以降マイペースながらも着実に成長を遂げてきた彼女が、ロンドン郊外のスタジオでレコーディングした新作『灰色とわたし』をリリースする。単身渡英し、すべての流れに身を任せながら制作されたこのアルバムには、現地の風景が目に浮かんでくるようなリラックスしたムードがあふれている。これまでとはまったく異なる環境で制作された今作には、果たしてどのような想いが込められているのだろうか? アルバムリリースを直前に控えた彼女を取材した。
Text:原田優輝
まず始めに、今回のアルバムを制作することになったきっかけを教えてください。
去年1年間、「小部屋ライブ」という形で、小規模の会場で弾き語りライブを月1回くらいのペースでやっていて、そこで披露するために毎回新曲を作っていました。それが何曲かたまってきたこともあり、そろそろアルバムを作ろうということになりました。そこで、今回のプロデューサーKUMA HARADAさんを紹介してもらいました。それまでは面識がなかったのですが、初めて国際電話でお話をした時に、延々2時間くらい話し続けちゃって(笑)。元々私が曲作りを始めようと思ったのが、17歳くらいの時にイギリスとアイルランドに少しだけ留学していた時期だったということもあり、原点とも言えるイギリスで作るのもいいんじゃないか、ということになったんです。KUMAさんがスゴくよくしゃべる面白い方で、単純に「この人に会ってみたい!」というのもありました(笑)。
KUMA HARADAさんの活動自体はご存知だったのですか?
もちろん『涙をこえて』という曲を作ったバンドで活動していたことは小学校の頃から知っていましたし、ペンギン・カフェ・オーケストラの話とかもちらほら聞いていました。他にも色々な人から話を聞いていて、改めて「スゴい人なんだな」と。これまでに音楽の歴史的瞬間にたくさん居合わせてきている方なんですけど、ちゃんと「今」を生きていて、そういう意味でも素敵だなと思います。
今回の作品は、これまでよりも楽器や音数が絞られていて、シンプルでアコースティックな作りになっていますね。
それも弾き語りライブを続けてきたことが影響していると思います。ギター1本で曲を作って、演奏するというカタチだったこともあり、歌だけでも成り立つような曲の作り方をしていたんです。だから、今回もそれを活かしたアルバムにしようという話はしていました。

アルバム全編からとてもリラックスしたムードが感じられました。これはレコーディング環境が影響しているのかと思ったのですが、実際にはどのような環境で制作されていたのですか?
スタジオはロンドンから30分くらい列車で乗ったところにありました。本当にイギリスの田舎町という感じで、山と丘と森がある素晴らしい環境でした。スタジオの周りを散歩していると、リスや鹿、オナガなんかが普通にいるんです。大自然の中にいると、細かいこととか、たいていのことはどうでもよくなるんですよね(笑)。それは歌詞にも表れていると思います。難しい言葉を使うのではなく、気持ち良い言葉だったり、簡単に伝わるようなフレーズになっています。どんどん前向きな歌詞になっていくのが自分でも面白かったです(笑)。最初に日本で書いて、続きを向こうで書いた曲もあるんですけど、2番になると急に前向きな内容になっていたり(笑)。
今回のアルバム作りにおいて、大切にされていたことはありますか?
作り始めた段階では、シンプルなものにしたいということ以外は、ほとんど何も決めてなかったんです。スタジオや宿、一緒にやるメンバーも現地に行ってみるまでわからなかったですし、レコーディングが始まってからも、「今日は何を録る?」という話はまったくしなくて、昨日見た夢の話や今日の気分なんかについて話していました(笑)。先のことを何ひとつ決めなかったことがとても面白かったし、そのことで内容的にも広がりのある作品になったと思います。これまでは、それがやりきれない自分がいたんです。どちらかというと大事に守りたくなってしまう人間なので。それを放してみた時の気持ち良さというか、返ってくるものの大きさというのは今回感じましたね。
それができたのも、やはり環境によるところが大きかったのですか?
KUMAさんと最初に電話で話したときから、そうなることは覚悟していました(笑)。だから、「何でも来い!」という感じはありましたね。

一緒にレコーディングされたメンバーについて教えてください。
基本メンバーは、私とKUMAさん、色んな楽器を演奏できるグラハムとエンジニアのティムの4人です。グラハムとティムは、KUMAさんが私に合うんじゃないかということで紹介してくれて、現地のB&Bで初めて顔を合わせました。みんなでそのB&Bに一緒に泊まって、朝7時半には起きて、イングリッシュ・ブレックファストを取ってから、スーパーで昼食の買い出しをしてスタジオに向かうという、ミュージシャンらしからぬ規則正しい生活をしていました(笑)。でも、そうすることで自然とみんなの身体のリズムが合ってくる気がして、こういうレコーディングのやり方は面白いなと感じましたね。あと、私はそんなに英語が得意ではないのですが、それが逆に説明的になりすぎないでいられて、良かったんじゃないかと思っています。
なるほど。これまでの湯川さんの歌詞を読んでいても、言葉で伝えられることと伝えられないものの間で揺れ動いているようなところがあるのかなと感じていたのですが、そういう面でも今回の環境はプラスに働いているようですね。
どうしても(言葉で)伝え過ぎてしまうところがあるんですよね。でも本当は、音楽にはメロディもあるし、少ない言葉でも伝えられる。詰め込みすぎる必要はないんですよね。
昔から何かを書いたりすることが好きだったのですか?
そうですね。昔から広辞苑を読むことが好きだったんです。「あ」から「ん」までを全部読んで、好きな言葉を集めたりとかしていて(笑)。子供の頃は鍵っ子だったので、児童館に行って図書館にある本を読みあさったりもしていました。広辞苑と同じように、本棚の「あ」から「ん」までを手当たり次第読んでいたので、特定の本というよりは、絵と言葉が断片的に記憶の中にある感じです。


(左)『ギンガムチェックの小鳥』(2007 / EMI MUSIC JAPAN)、(右)『緑のアーチ/裸の王様』(2005 / EMI MUSIC JAPAN)
湯川さんの歌詞は、「わたし」と「あなた」という2人称の関係で語られるものが多いですが、これにはどのような理由があるのですか?
大勢の人に向けて何かを伝えることはとても難しいんです。たとえ大きな場所でたくさんの人に聴かれるものだとしても、やっぱり作る段階では「対ひとり」なんです。
それぞれの曲に登場する「あなた」には特定のモデルがいるのですか?
そうですね。実際の友達とかがモデルになっていて、その人を想像しながら書くことがほとんどです。ただ、その人が曲の中では動物になったり、色んなものに化けたりするので、相手にはあまり教えていませんけど(笑)。
曲と歌詞は並行して作られることが多いのですか?
曲作りを始めた頃は、歌詞ばかりがポンポン出てきて、曲ができないことが多かったのですが、去年は逆に歌詞がなかなか書けなくなってしまって…。そういうことは初めてだったのですが、ライブをやりながら、毎回少しずつ歌詞を変えたりしていったりもしましたね。昔に比べて、歌った時の気持ち良さを重視したり、メロディに合わせて言葉を探ることが多くなってきているのかもしれません。
今回は、ドノバンの『Voyage of the Moon(恋は月をめざして))をカバーされていますね。カバー曲をやることも多いと思うのですが、何かこだわりがあるのですか?
カバー曲をやると発見がたくさんあるんです。自分には思いつかないメロディや歌詞を歌うことで勉強になることも多い。英語のカバー曲をアルバムに入れたのは今回が初めてで、これまでは自分の言語ではない歌詞を歌うことには躊躇する部分もあったのですが、英語圏でレコーディングするということで今回はチャンスだったんです。


(左)『雪のワルツ』(2007 / EMI MUSIC JAPAN) 、(右)『紫陽花の庭』(2006 / EMI MUSIC JAPAN)
カバー曲を選ぶ基準はありますか?
自分には作れないような曲ですね。三木鶏郎さんの『雪のワルツ』をカバーした時も、実際に演奏してみると、ジグソーパズルのようにメジャーとマイナーが隣り合ったコード展開だったりして、とても難しかったのですが、そういう曲をやることで、自分の曲作りにも影響を受けることは多いですね。
今回のアルバムには、Polarisのオオヤユウスケさんや元L⇔Rの黒沢健一さんが参加していますが、他のミュージシャンにアルバムに参加してもらう時も、やはり自分にはないものを求めていることが多いのですか?
もちろん音楽性という部分もありますが、やっぱりまずはその方の人柄だと思います。こないだ「究極のミュージシャンとは、音を出さない人だ」という話を聞いたんです。実際に演奏しているような空気を出してはいるけど、実は何も弾いてなかったみたいな(笑)。でも、その人がいることでまわりの空気が良くなって、素晴らしいテイクになるというような。KUMAさんなんかもホントにそうした空気を作ることが上手な人で、今回のアルバムにも本当に大きな影響を与えてくれていると思います。
「灰色とわたし」というアルバムタイトルはどの段階で決まったのですか?
日本に帰ってきて、マスタリングが終わった後です。「○○と私」というタイトルにしたいというのはずっとあったのですが、タイトルが一番悩みました。今の世の中にも自分自身にも、「先行きの見えないモヤモヤ感みたいなものがあるなぁ」と感じているなかで、今回はあえてその場所に自分を置いてみようと思って生まれた作品で、それがどんよりとしたイギリスの灰色の空の下と重なりました。その結果として突き抜けたもの、光の見えるものが作れたので、とても嬉しかったんです。それでこういうタイトルにしました。


(左)『灰色とわたし』(2008 / EMI MUSIC JAPAN) 、(右)『湯川潮音』(2006 / EMI MUSIC JAPAN)
ちなみに、アルバムのアートワークもご自身で手掛けられたそうですね。
はい。初めて油絵で描いたのですが、結構大きなキャンバスだったので、思ったより大変でした(笑)。鏡を見ながら、一番似ていると思ったところでやめたのですが、周りからは「あまり似てない」と言われることも結構あって…(笑)。自分が思う自分と、人が思う自分って色々なんでしょうね。他にも何枚か描いていて、それがジャケットの裏面やCDの盤面にも使われています。せっかくなので、ライブの時にも展示したいなと思っているところです。
レコ発ツアーは予定されているのですか?
9月にやる予定です。リラックスした雰囲気のアルバムなので、普通のライブハウスではなく、少し変わった会場でお客さんも参加できるようなものにしたいと考えているところです。
最後に、これからアルバムを聴くリスナーにメッセージをお願いします。
『灰色とわたし』というタイトルですが、夏に発売されるアルバムだし、天気の良い空が抜けたような日に聴いてもらっても気持ち良いと思いますし、気持ちが「灰色」の時に聴いてもらってもいいかなと思っています。ぜひ楽しんでください。







