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SHINYA TSUKAMOTO | 塚本晋也 | Film Director

サラリーマンの肉体が金属に浸食されていく『鉄男』で衝撃的なデビューを果たし、その後もボクシングを題材にした『東京フィスト』、「拳銃」に取り憑かれた中年男と若者たちの物語を描いた『バレット・バレエ』など、都市への愛憎と肉体感覚を題材にした作品で国際的な評価を確立してきた塚本晋也。だが、2000年以降に撮影された『六月の蛇』『ヴィタール』などからも分かるように、彼の興味は明らかに身体の”内側”、つまり「記憶」や「精神性」へと向かいつつある。昨年公開された『悪夢探偵』においても、松田龍平を主演に据えた「夢」を巡るスリラー作品を制作し、新たな境地を見せてくれた。そして、その続編にあたる『悪夢探偵2』が間もなく公開される。監督自身のパーソナルな記憶を起点とし、「恐怖」の謎に迫ろうとするこの作品には、どのような想いが込められているのだろうか? 公開を直前に控えた監督に話を聞くことができた。

Text:原田優輝


『悪夢探偵2』は、昨年公開された『悪夢探偵』の続編にあたるわけですが、「パート2」を撮影される作品としては、『鉄男』以来ということになりますね。

そうですね。ただ、「鉄男」の時は、「1」と「2」では登場人物もストーリーもまったく違うものでしたから、今回の方がまだ続いている感じはしますね(笑)。

「悪夢探偵」シリーズは、監督にとってどういう位置付けの作品ですか?

最初に「悪夢探偵」のアイデアを思いついたのは、実はもう15年くらい前なんですよ。いつかやろうと思って、大切に温めてきたんです。子供の頃、江戸川乱歩が大好きで、「明智小五郎」とか「少年探偵団」を読んでいたので、自分が映画監督になったら、そういう探偵モノを撮ってみたいという想いがあったんですね。江戸川乱歩への強い憧憬があって、自分の「探偵」を発明したかったんです。ここ数年ようやくそれを撮れる機会がきたということです。

文字通り「夢」「悪夢」がテーマになっている作品ですが、そもそもこのような題材に監督はどのような思いを持っていたのでしょうか?

子供の頃は、1日の半分近く寝ていたので、夢とか夜というものは自分にとってスゴく近いものだったんです。その頃は夜が怖くてたまらなかった。だから、ほとんど寝ていたんです。今振り返ってみると、夜の「闇」やその中に潜んでいそうな「魑魅魍魎」のイメージと、昼間友達と遊んでいた現実の記憶が同じくらいの比重を持っているんです。だから、「闇」や「魑魅魍魎」も自分にとってはスゴく大事で、見つめていたい部分でもあるんです。

 Tukamoto

夢は深層心理だと言われますが、フロイトの精神分析などに興味を持ったこともあるのですか?

いつも作品を撮る時は、関連する本などを買って勉強したりするんです。例えば『ヴィタール』の時も、解剖に関する本をたくさん読みました。それと同じように、夢にまつわる本も読んでみたのですが、3冊くらいでもう全然わからなくなってしまって、やめちゃったんです。それなら自分が子供の頃に感じていた部分を描けばいいや、と。夢というのは、現実の生活に比べて、あまり大切ではないものとして扱われがちですが、もしかしたらそっちの方にこそ大切なものがあるかもしれないとも思うし、どうしても期待のようなものも持ってしまうんですよね。作品を撮る時にも、画面の中に半分くらいは闇があるように撮ることが多いのですが、それもそういう部分が関係しています。

確かに「闇」には、未知であるがゆえの恐怖と期待が同在しているような気がします。

そもそも「闇」というのはそういうものだと思うんです。子供の頃、闇が怖いと言いつつも、お化けから逃げ惑っていることへの不思議な楽しさや甘い爽快感のようなものがありました。あと、当時おばあちゃんの家に行く時は、渋谷の今マークシティがある辺りのガード下をいつも通っていたのですが、そこが自分にとっての「闇」の場所でした。そこで傷痍軍人とかがアコーディオンを弾いたり、ガラクタを売ったりしていたんですけど、そこからスクランブル交差点の方を見ると異常に明るい感じがして、そのコントラストが印象的だったんです。闇の側にもニコッと笑っている不二家のペコちゃんがいたりして、「怖いんだけど楽しいもの」という印象がありました。今はその辺りも工事が進み、だいぶフラットになってしまい、闇の居場所がなくなってしまったことへのつまらなさというのを感じます。

 Tukamoto

今回の作品には、そうしたご自身の幼少期の体験や記憶など、よりパーソナルな部分が反映されていますよね。

そうですね。子供の頃の僕は本当に怖がりで、その時の記憶を映画にしたいとずっと思っていました。「何であんなに怖かったんだろう?」という謎に迫りたい気持ちと、自分の子供の頃の枕元に立って、子供時代の自分を救ってやりたいという気持ちが動機になっています。あと、自分の息子が5歳になって、夜を怖がるようになったことも関係しています。

この世に生を受け、生きていること自体を恐れる京一(悪夢探偵)の母親の存在や、恐れおののく女そのもののコワさなどを通して、何か「恐怖」の根源的な部分をえぐり出そうとする監督の意思を感じました。

自分にとって一番イヤなところを真っ向からやろうと思ったんです(笑)。通常のホラー映画であれば、幽霊等が出てきて怖がる主人公というのが、お客さんと一番近い位置にいるはずなんです。でも、本当に怖いのは、実は異常に怖がっている主人公の顔なんじゃないかと思ったんです。それを考えた時に、自分自身情緒が不安定になるくらい怖かった(笑)。それだけ怖いものを描くのはちょっとイヤでしたけど、そうすれば映画は怖いものになるだろうし、何か大事なところにいけるんじゃないかという気がしたんです。それこそ「探偵」気分で恐怖を探るというか。

今回の作品では、京一の母親やヒロイン・雪絵の悪夢に登場する「菊川さん」のように、怖がる対象は皆女性ですよね?

単純に、男性よりも女性が怖がっている画の方が怖いというイメージがあったんです。その代表的なものが『シャイニング』。ジャック・ニコルソンよりも、怖がって逃げている奥さんの方が怖い(笑)。

 Tukamoto

実際に作品を撮り終えてみて、「恐怖」の謎は解けましたか?

だいたい「謎」というのは、終わった直後にスッキリとは解けないので、今も結局分からないという結論なんですけど…。ただそこで苦心惨憺するのか、しないままで終わるのかでは違うんです。分からないながらも、苦心惨憺して探してみると結構いい。逆に、最初から結論がしっかりあって、それを強調するために物語を作ろうとすると、作品そのものが”構造的”になってしまって面白くないんです。ハリウッド的な勧善懲悪の輪郭がくっきりした映画ではなくて、試行錯誤しながら自分がグジグジしている過程が割と面白かったりするんです。そうすると、異常な矛盾を抱えたまま終わるかもしれないんですけどね。いつもギリギリです(笑)。

映像のトーンは、前作よりもだいぶ明るくなっている感じがしました。重要なシーンである体育館の場面などにもそれが顕著に現れています。

そうですね。特にあのシーンは、おどろおどろしい感じよりも、きれいな体育館に女の子がぽつんと立っていて、水をかけてきたら怖いなというのがあったんです。

画面を明るくすることで、日常感とそこに潜む恐怖のコントラストを表現しているように思いました。それはいわゆる「ジャパニーズホラー」の演出方法だと思うのですが。

それはあるかもしれません。最初は、それこそ女の子を主人公にした「ジャパニーズホラー」のパロディ的な気分で始めたところがありました。ただ、典型的なホラーにしようとしても、そんなに怖くなりそうにない感じがしたんです。その時に、例の「怖がる女」のことを考えたら、急にやる気マンマンになってきたんです。と同時に、怖すぎるから辞めたいとも思ったんですけど(笑)。

 Tukamoto

「雪絵」役の三浦由衣さんは、300人を越える公募者の中から選ばれたということですが、起用のポイントになったところを教えてください。

彼女はとてもピュアで何にも染まっていない感じの人なんですよね。どこかで教わった演技やメリハリが強いハッキリした演技はしないんです。だから、こちらが望むものにも柔軟に対応できるんです。こちらの要望に、岩清水のようなピュアさで応えてくれました。

京一役の松田龍平さんについてはどうでしたか?

松田さんこそ「自然」の代表格のような人ですよね。パート1の時は、ホントに悪夢に入っていってしまうんじゃないかというような雰囲気で来て頂いて、文句のつけようがなかったんですけど、今回はさらに窮地を生きようとする京一の前向きな感じが出ていましたね。

京一が母親のことを想うラストシーンもエモーショナルなものでしたね。

松田さんがスゴいのは、ああいうシーンを自然にできるところだと思います。僕も他の映画に役者として呼ばれたりするんですけど、例えばラストシーンに「○○が泣く」とか書かれていると、一気に興ざめして涙が出なくなってしまうんです。そこで「○○は母のことを想う」とか書かれていれば、どっちでもいいわけですから、自然に涙が出てきたりするんですけど。でも、今回は間違えて「さめざめと泣く」と書いてしまったんです(笑)。それにも関わらず、自然に涙が出るというのはスゴいな、と。

 Tukamoto

塚本監督は役者さんに毎回どの程度の指示を出すのでしょうか?

基本的には、シチュエーションや場所の説明くらいで、それ以外はなるべく指示したくないんです。まず撮ってみて、少し違うと思ったら指示します。「違う」というのは語弊がありますが、その映画に何が必要なのかはわかるので、それを基準に判断しています。俳優さんに演じてもらうことで気付かされることも多いです。

前作ではご自身も重要な役で出演されていましたが、今回は監督に専念されていますね。ご自身が出演する時としない時では、監督する上で何か違いはありますか?

結構違うかもしれません。それによって映画の質感やテーマが自然と変わってしまうことがあるんです。自分が出ない時は、頭を使って撮っている気がするんですけど、自分も出演する時は、身体を使って脚本を考えているところがあると思います。運動している時に浮かぶアイデアと、そうじゃない時に思いつくものは全然違うんです。『鉄男Ⅱ』を作った時も、運動しながらアイデアを考えていたら、スキンヘッドの人たちがウワーって出てくる映画になっちゃって…。一番極端な例ですけど(笑)。

最近は、そうした”肉体”系の作品よりも、記憶や夢など、興味の対象が内面に向かっていますよね。

ずっと都市という硬質な世界の中で圧迫感を感じながら生まれ育ったので、そういうものへの愛憎のようなものがあるんです。愛しているがゆえに壊してしまうというか。でっかいビルの中にいる自分たちの肉体というものに不思議なエロティシズムやフェティシズムを感じてきました。でも最近は、自分の肉体が老化してきていることもあって、都市に対してピンと反発するような感覚ではなく、地面に皮膚が垂れ下がってきた時に、その落ちる先が硬質なコンクリートだとなんとなく苦しいという感じがあるんです。もう少し土っぽいものに入る準備が、少しずつ自分の中で進んでいるような気はします。ただ、そうは言いながらも、素直にそっちにいけないところもあって、今撮っている作品は、都市に住む暴れん坊の映画なんです。そうやってあっちこっち行ったりしながら、少しずつ移動していく感じなんだと思います。

 Tukamoto

その撮影中の最新作『バレットマン(仮題))も気になるところです。撮影は順調に進んでいるのでしょうか?

撮影は7割程進んでいます。『鉄男Ⅲ』のような作品で、都市と肉体という従来のテーマに、今の自分ならではの感じが入ってくるような作品になると思います。

最後に、読者に向けて『悪夢探偵2』の見どころをお願いします。

入り口としては、遊園地のお化け屋敷に入るような楽しさで来てもらえたらと思っています。ただ、見終わった後には、ただ怖いものを見たというだけでは終わらないような作品になっているはずです。子供の時に大切にしていたのに忘れてしまったものとか、これから感じる大切なことへの予行演習的な映画として捉えてもらえればと期待しています。

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