
SOHEI NISHINO | 西野壮平 | Photographer
慣れ親しんだ大阪の街を、ビルの屋上や橋の上などの高台から撮影し、その膨大なモノクロームのベタ焼きを、一枚一枚手作業でコラージュした作品「Diorama Map」をきっかけに、にわかに注目を集めつつある西野壮平。自らの身体を最大限に使い、パーソナルな記憶の断片を再構築した”もうひとつの世界”を通して、「生」の痕跡を伝えようとする彼の手法は、どのようにして生まれたのだろうか? 新進アーティスト西野壮平に話を聞いた。
Text:原田優輝
まず始めに、写真を始めるようになったきっかけを教えてください。
高校進学時に、サッカーの強豪校を選んで入学したのですが、実際の練習を見学して、あまりのハードさについていけないと感じ、入部初日で挫折してしまったんです。それ以降やることがなくなってしまい、毎日街で遊んでいたのですが、そこで音楽をやっている人やギャラリーで絵を描いている人に巡り合い、自分も何か表現できないかと考えるようになりました。それで、祖父がアマチュア画家で、鉛筆などが家に山ほどあったこともあり、美大受験を目指し画塾に通うようになったんです。それはそれで面白かったのですが、机に座って描くという作業がしっくりこないところもありました。ちょうどその頃、知り合いに聞いた「お遍路さん」の話に感動し、その3日後くらいにカメラとテントと寝袋を持って「お遍路さん」に行くことにしたんです。持っていったカメラで、歩いている自分の足ばかりを撮っていたのですが、その作業がしっくりきて、何か拓けたような感覚を味わいました。
写真のどんなところに魅力を感じたのですか?
写真の良いところは、自分の目では見落としがちな部分を、カメラが冷静に捉えてくれるところです。その時「どういうものを見たのか?」「どういう気持ちだったのか?」という言わば本質の部分を、後から写真で見ることがたまらなく気持ち良いんです。
一連の「Diorama Map」シリーズも、西野さん自身の「記憶の再構築」というテーマがありますよね。
記憶の再構築を意識しているのは、記憶の曖昧さというものを、自分の作品に見出せたからです。歩きながら撮った記憶の断片を、地図に則してコラージュし、イメージを創ることで、人間がある都市をイメージする時の、正確ではないが何となくこういう風に見える、という認識の曖昧さを表現したかったんです。
Diorama Map Osaka
この作品のように、コンタクトシートを切り取り、コラージュするという現在の手法はどのようにして生まれたのですか?
大学1年の時に、カリキュラムの一貫でモノクロの現像、プリントに重点的に取り組んでいたんです。ある授業で、フィルム10本分の写真を撮り、その中で気に入った3カットをプリントし、コンタクトシートとともに発表するという課題があったのですが、みんなの発表を見ていると、プリントよりもコンタクトシートの方に釘付けになってしまったんです。選ばれた3枚の写真よりも、選ばれなかった他のカットにその人の生身の姿が映されていて、コンタクトシートがそれぞれの人の視線や色に染められているように感じたんです。それをきっかけに、自分の痕跡を見せる表現として、コンタクトシートで何かを作ってみようと思うようになりました。
「Diorama Map」もそうした想いが元になっているのですね。
そうですね。学生時代は、授業をサボることも多くて、カメラを持って大阪を歩くことくらいしかしていませんでした。高い所から見る風景が好きだったので、色々な高台を探しては、ボーッとしながら写真を撮っていました。当然、都市には何千何万という人たちが生活しているのですが、高台から見る都市の風景には、人間の気配が感じられず、どこかヴァーチャルな感じがあって、それが妙に心地良かったんです。ある時、そこで撮影した色々な風景を地図のようにコラージュし、ひとつの街を作ってみたら面白いんじゃないかと思ったんです。それを“記憶としての僕の街”として発表したら、良い評価を得ることができ、その後、東京、京都、広島、上海、ニューヨーク、パリと作り続けていきました。
Diorama Map i-LAND(Detail)
モノクロへのこだわりは強いのですか?
写真の入り口がモノクロだったというだけで、特に強いこだわりはありません。ただ、「Diorama Map」に関しては、モノクロ以外では表現できなかったと思います。なぜなら、記憶を再構築する上で、もしカラーが混入してしまうと、情報が先に入ってしまい、ディテールにばかり目がいってしまうことになるからです。この作品でやりたかったことは、見る人の視線を一点に集約させることではなく、あくまでも「こういう雰囲気」という全体的なイメージを伝えることなんです。
撮影をする時と、それらをもとに作品を制作する時では、それぞれ重要なポイントは違いますか?
撮影する時は、次に繋げられる場所を切り取ることを重要視しています。ある程度流れを意識したり、規則性を持たせないと、都市のイメージとして成立しなくなってしまうので、風景の中にラインやカーブを探したりします(笑)。でも、それらを貼り合わせる時に、どうしても隣のピースを見つけられないこともあるんです。最初の頃はそれがイヤで、ベタ焼きの裏に場所の名前や日付を細かく書いたりしていたのですが、最近では、5枚で構成されるビルのピースの中に、1枚だけ全く違ったものを入れても全然良いし、むしろその方が面白いと思うようになりました。まったく関係のない所にお地蔵さんがいたりとか(笑)。あと、余談になりますが、撮影、現像、プリント、切り取り、貼付け、複写のどの行程の作業をする時でも、伊能忠敬の写真を手元に置いています。これだけ正確な地図を、あの時代に作ったのはすごいと思っているのですが、自分が同じことをやったらダメだと肝に命じながら取り組んでいます(笑)。

「手作業」という部分については、どのような意識を持っていますか?
色々な人に、パソコン上でコラージュした方が作業がはかどるんじゃないかと言われるので、一度やってみたことがあるんです。でもやっぱりダメでした…。空間が全然つかめなくて、自分がイメージしたものが作れないし、自分の作品を作っている感じがしない(笑)。やっぱりどこか「生」の部分がないと気持ち良くないんです。カラーで撮る時はデジカメを使っているのですが、もしすべての行程がデータで処理されてしまうと、やはり架空のものとしてしか受け取れなくて、どうも納得できないんです。机の上で絵を描くよりも、歩いて写真を撮ることが合っていたということにも通じると思うのですが、やっぱり身体を動かすことが好きなんです。「Diorama Map」は、ひとつの作品に3ヶ月から半年を費やしているのですが、まずはカメラを持たずに、歩くことから始まります。アナログ的な要素が含まれていることが人を動かすことにつながるんじゃないか、とどこかで思っているんです。制作過程で飛行機なんかを使うようになったら、もう終わりだなと感じます。
確かに、そうした制作過程がにじみ出ているからこそ、作品に厚みが感じられるように思います。
制作において、ひとつひとつの行程を大事にするということは重要なポイントです。どんなジャンルでも同じですが、作っている人間の過程が作品から見えてくるものにインスピレーションを受けるんです。岡本太郎は、キャンバスをひたすらにらみ続けて、数時間後にようやく筆を持つという逸話を聞いたのですが、普通に考えたら「ちょっとクサいんじゃない?」と思うようなことが実は大切で、作品を作る過程で自分に戦いを挑んでいるような表現を見ると勇気がわいてきますね。特に岡本太郎なんかは、作家の存在すべてが生っぽいんですよね。
Diorama Map Installation View
岡本太郎のほかに影響を受けた作家やカルチャーがあれば教えてください。
ジャンルは違いますが、高校時代は音楽をやっている友達から勧められた『WILD STYLE』という映画に衝撃を受けました。それ以降、オールドスクールにハマって、レコードを集めていたんですけど、もうホントにレコードジャケットがダサくて(笑)。でも、それが自分にとっては魅力的に感じられて、とにかくダサカッコ良いものを作りたいとずっと思っていましたね。他に影響を受けたのは、フランク・ステラですね。2003年に名古屋市美術館で行われた展覧会『圧倒される快感』を見に行ったのですが、ストライプを変化/増殖させ、そこに様々な廃材を使った立体作品が組み合わされた展示を見て、ただただ圧倒されました。その時に、自分が強い魅力を感じるものは、視覚的にインパクトのあるものと、不規則な造形の集積だということに気付きました。また、最近だと、画家の池田学さんの地道に制作するスタンスや、制作における気持ち良さの部分に強いシンパシーを感じています。
「NIGHT(仮題)」サンプル
最後に、今後の予定などについて教えてください。
今取りかかっているのは、高い所から撮った夜の風景の作品『NIGHT(仮題)』です。「Diorama Map」シリーズをまとめた昨年の個展の時に、新たに作り下ろしたカラー作品『i-LAND』をきっかけに、都市をカラーで張り合わせることで未来都市のようになることや、時間の流れを明確に表現できることに面白さを感じたんです。夕方から夜にかけての闇へと変わっていく時間の流れや、様々な色のネオンだけで構成される街の輪郭が、「いずれこうなるんじゃないか?」という都市の未来形や、それに対するワクワク感や恐怖感を想起させるんです。また、まだ撮影には至っていないのですが、先進国と発展途上国を融合させた『FLOWER(仮題)』という作品もいずれできればと思っています。「9.11」の時にちょうどニューヨークにいたのですが、その何年か後にもう一度ニューヨークに行って、WTCを撮影した時に、この風景をイラクの街の中に入れ込んだ『Diorama Map Iraq』を作ってみたいと思ったことがきっかけです。社会的に表裏の関係にある先進国と発展途上国、または戦争で対立する国同士を、一つの街の中に収めることによって、フラットな視点で都市のイメージを印象付けることができるんじゃないかと思っています。










