loading...

PUBLIC-IMAGE.ORG

Creators Dictionary for Realtime Culture

  • PUBLIC-IMAGE.STORE
  • PUBLIC-IMAGE.3D

ARIKO | アリコ | Photographer

京都出身の写真家ARIKO。2008年に発表された自身初の写真集『SOL』は、5年を費やしてアイスランドを撮影した作品集で、カメラがアイスランドの自然を捉えていることに違いはないのだが、明らかに単なる風景写真とは一線を画した光景が、記憶と感性の奥深くに訴えかけてくる。幼い頃から絵の才能に恵まれた妹に触発され、得意と言えるものを探してさまざまな分野にチャレンジしたというARIKO。高校時代に留学したアメリカで写真と出合って確かな手応えを感じ、20歳から10年にわたってニューヨークを中心に活動してきたが、2006年からは東京に拠点を移している。そんな彼女に『SOL』出版までの経緯と、自身にとって写真とは何かを聞いた。

Text:笠原桐子


アイスランドで撮影することになったきっかけは?

私は9.11をニューヨークで体験して、全身の細胞という細胞に大きな影響を受けたように感じました。戦争は自分では体験しないものだと思っていたけど、あの恐怖を間近にしたことで、資本主義がたどり着いたところにある戦争というものや、権力争いで人が人を殺すということを、わかっていることだけど、実感したんです。それまで私は街が大好きなシティガールで(笑)、撮るものは人や自分の近くにあるものばかりでしたが、アイスランドに初めて行った時、必死になって風景の写真を撮っていました。それまでは風景写真にあまり興味がなかったのに。社会や世の中が変わると、自分自身や興味の対象、作品も変わっていくんだと思いました。

実際に訪れてみて、どんな印象でしたか?

アイスランドには木がなく、地層が見えていたりするので、すごく地球を感じたんです。カルチャーショックじゃなく“惑星ショック”みたいな(笑)。でもそういうのは初めてではなくて、京都の石庭や禅寺を見た時の感覚に似ていました。人工的に造られたものでも、そこには小宇宙があって、見る人それぞれが宇宙と繋がるような広大さを感じられるんですよね。他にも、初めてアイスランドに行った時は石をいっぱい拾ったんですが、子供の頃に、よく京都のお寺で石を拾って母に怒られたことを思い出したり、たくさん生えている苔の感触や、水がきれいなことも、自分が育った京都を感じさせましたね。

ariko

撮り終えるまで5年かかったそうですが、訪れるたびに新たな発見や変化がありましたか?

5年間で5回行ったのですが、10日間かける島内1周を2回して、さらに自分が繋がると感じた場所には何回も行きました。1回目では作品はできなくて、最初に撮ったのは「ロードトリップ」的な写真だったと思います。帰ってきてから、自分はどんなメッセージを得ようとしているのか考えました。2回目は、それまでに考えたことや読んだ本、社会の状況の変化によって自分の意識が変わり、フォーカスがどんどんクリアになって、撮るものが作品化されていきました。作家の意識がどこまでクリアであるかによって、作品の価値は変わるものですよね。私は「ここだ」と思ったからアイスランドに行き続け、その過程で、なんで今これが自分にとって大切なのかを考え、これまでとは違う価値を見つけて表現する。このプロセスが面白いんです。

アイスランドのどんなところに惹かれたのでしょうか?

きれいな自然を撮ろうというつもりはなくて。ただ、撮影したものを見ていたら、「水」を撮っていることに気づきました。考えてみると、水は目に見える姿にも見えない姿にもなる。「あるけどない、けど、ある」ということに強く惹かれました。水は空に行って雲になり、雨になって地上に降り、地球の底から湧き水になって戻ってくる。そんな水の見えないサイクルを感じることによって、地球にも宇宙にも同じようにサイクルがあるから、みんな生きてここにあるんだと思ったんです。でも人間だけがそのサイクルと違う流れで生きているから、殺し合いが起きたりするんだなと。アイスランドに行ったのは、そういうことを自分で感じ取らないといけない時だったからなんでしょうね。それを言葉にしたくて必死に撮り、やっと言葉にできるようになったので、その時の写真を世の中に出せたんです。

ariko

人や動物がポツンといる構図の作品が印象的ですね。

全然意識していませんでしたが、写真を撮ってる時は一人で、すごく広いところにいるから、きっとそれは自分自身の姿でもあるんだと思います。でも一人になることによって、一人じゃないって感じたんです。ここで地球と一体感を感じられるのは、家族や友達なんかがいるからだって。アイスランドは地球で一番若い島でもあり、地球の果てと言われることもある。そんな、始まりと終わりが一緒にあることも、“見えないサイクル”を感じることに繋がりましたね。

写っている一瞬の出来事は、永遠に続く風景にも見えます。

きっとこの作品に写っているのは、私たちがずっと見てきた地球の姿で、それが人間のDNAの中に刻まれた太古の記憶に触れるんじゃないかな。私も個人的な京都のイメージと繋がったという理由だけでなく、懐かしい気持ちで撮っていました。水のサイクルを見ていると、人間も死んだらそれでおしまいってことは絶対になくて、容れ物である身体から魂が抜けて、またこの場所に戻ってくるというサイクルでここにいるような感じがしたんです。私は無宗教だから、死者の魂について宗教的なことはわからないんですけどね。

ariko

作品ごとにカメラやフィルムを変えていますね。

ビジュアル的にどんな表現が一番いいのか、テーマごとに合う形をいろいろやってみて、自分らしいフォーマットが見つかったらいいなと思っています。ただ、デジタルは自分にとって写真じゃなかった。私にとっては、プリントするまでの過程とか、プリントしながら撮った瞬間やその時の気持ちと繋がろうとするプロセスこそが、写真なんです。

写真展の会場では、双子の姉妹を撮った8mm映像も上映されていました。

あの姉妹は前に写真を撮ったことがある二人です。双子は、離れていても相手の気持ちや痛さを感じたりする、ということを聞いて面白いなと思いました。双子でなくても、家族や好きな人となら同じようなことがあるだろうし、人生はきっと、想う力や念じる力でつくられている部分がすごく大きいと思う。この写真集を作りながら、双子によっても“見えない力”を撮りたかったということが自分の中でクリアになったので、映像を作ってみました。

ariko

ARIKOさんにとって写真の魅力とは?

「見えているけど見えないもの」が写っているところかな。写真は、見えないものを撮るものだと私は思っています。同じものを見ていても、人それぞれの意識で見え方は違いますよね。撮っている時は、感覚的で何も考えていないんだけど、撮った後のプリントのプロセスやプリントを見ながら、いくらでも撮る対象はあるのに、「なんで私はこれを撮っているんだろう?」って、自分に聞きます。同じ被写体や、ひとつのテーマを撮り続けることで、写真を通して自分の中に潜むもう一人の自分みたいなものを、一生懸命引っ張り出そうとするんですね。その潜んでいた部分は言葉にしたいし、吐き出さなきゃいけないもの。それが作品となるんです。

最終的には言語化したいという意識が強い?

強いですね。そうじゃないと、ただのきれいな写真で終わっちゃうから。もちろん言葉にできないから撮っているんだけど、むしろ言葉にしたいからこそ撮ってるんだと思う。ただ「これを撮りたい」という気持ちで撮り続けていくと、その過程で自分が何を求めているのか、どんな答えを探そうとしてるのか、わかってくるようなところがあります。だからひとつの作品に対して、長い時間をかけるんです。自分の中である程度言葉にできて、消化できて、世の中に伝えたいコンセプトがはっきりした時に、作品が世の中に出るんです。女性らしく感覚的な部分から始めますが、そうやって少し男性的な部分で終わりにしないと次に進めないんです。

ariko

今回の作品は、展覧会やトークショーなどにも広がっていますが、そのようなカタチで人と作品が接することについては、どのように感じられていますか?

他人と作品が触れ合うことで、コンセプトが自分の中でよりクリアーになってくるというプロセスを、今回展示会やトークショーをすることで体験できました。でも、決して自分の考えを他人に同じように感じてもらう必要はないし、反対に人から気づかさせてもらうことも多い。自分にとっての作品の意味は成長し続ける。写真集を出した今、その体験の真っただ中にいる感じがします。写真は、人と分かち合ってこそ、写真になるんだということをこれからもっと感じられればと思っています。結局ものを作っているのは、自分が何か学びたいからなんですよね。

今、興味があるのはどんなことですか?

「コミュニティ」というか、”村社会”みたいなのに興味を持っています。同じ意識を持った人たちが集まった小さいグループが、便利な都会生活から離れて、自分たちでものを作って助け合って生きている。自然との調和のなかで。世界中にいるそんな人たちの生き方に興味があります。20代の頃は街が大好きで、めちゃくちゃ遊びまくっていたのに、すごいシフトチェンジですよ(笑)。

arikoariko

DICTIONARY

RELATED