
TIGARAH | ティガラ | Musician
自らの”ラッキー・アニマル”である「トラ」からインスパイアされて名付けたアーティスト名を掲げるフィメールラッパー/MC・ティガラは、ブラジル産ダンス・ミュージック、バイレ・ファンキから受けた初期衝動で単身ブラジルへ乗り込み、音楽活動をスタートした。まさにタイガーのように強く、高いポテンシャルで世界をステージに戦い続けてきた彼女が、ミニ・アルバム『TIGARAH!』を引っさげ、遂に日本デビューを果たした。ワールドワイドな活動で培った誰にも媚びない潔さとポジティブなメッセージは、大きなパワーとなってリスナーにも響くことだろう。フェイクではないその実力を秘めたパワフル・ガール、ティガラとは?
Text:前谷理恵
バイレ・ファンキという音楽に惹かれた理由は?
超踊りたくなるの! チープな音なのに衝撃度が高くて、今まで聴いたことのない、音とダンスしたくなるそのフロウに惹かれたんですね。実は、大学では政治学を勉強していて、外務省で働くつもりだったけど、実際はすごく不誠実な場だってことを知るにつれて、他のことをしたいと思うようになって。何か表現する方法を模索していた頃に、ブラジル人の友達のハウスパーティに行ったら、バイレ・ファンキが流れてきてかなりの衝撃を受けたんです。それですぐ自分でやってみようと思い、ラップトップで曲を作り始めました。でも、その02年〜03年頃は、バイレ・ファンキ自体が日本でもアメリカでもあまり知られていなくて。私の周りも誰も興味がなかったから、『とりあえずブラジル行ってデビューするか!』って思って。
思って?
ポルトガル語を1ヶ月くらい日本で勉強して、すぐに行ったんです。日本でもしばらくしたら、『バイレ・ファンキ、ヤバい!』って言う人が絶対出てくるっていう確信があったから、最初から日本で頑張ることを考えないで、『まず自分の音楽を受け入れてくれるところから始めよう』と思ったんですね。だけど、当時のブラジルでもバイレ・ファンキって本当に一部の人しか聴かないようなゲットーな音楽で、『あんな下品な音楽なんてやらない方がいいよ』って言われたりもして(笑)。まだマーケットも小さくて『ここでスタートするのは辞めよう』と思っていた頃に、LAからブラジルに来ていたDJに会ったんです。唯一その彼がバイレ・ファンキやダンスミュージックの話題で意気投合できた。その後、LAと東京を行き来して一緒に曲を作り始めて、それをMySpace等で発表するようになったら、アメリカやヨーロッパにも活動が広がっていったんです。
ルーツミュージックが色々ある中で、バイレ・ファンキに興味を持つって面白いですね。
そうだよね(笑)。何か新しいものを見付けたっていう衝撃が大きかったのかもしれない。それまではラップが乗っている音楽といえば、普通のアメリカン・ヒップホップくらいしか知らなかったから、バイレ・ファンキは私にとってすごく新しいラップだった。その後に、マイアミ・ベースやボルティモア・ブレイクス、ゲットー・テックも聴いて、同じように『ヤバい!』って思ったから、私はきっと変わったラップが乗った音がストライクゾーンなんですね。
本場のバイレ・ファンキのリリックはどんな内容なのですか?
バイレ・ファンキはゲットーで生まれた音楽だから、色んな苦悩や社会的風刺をメッセージにする傾向があって。だからといって私はそれをリリックにするわけじゃないですけどね。でも、ブラジル自体が治安の悪い国だから、私の友達のブラジル人がアメリカに行く時に、彼女の親が「アメリカは安全な国だから大丈夫よ」と言って送り出したっていうエピソードがあるくらい(笑)。銃社会は全然感覚が違うんですよね。バイオレンスに脅えなくてもいい平和な暮らしができていることが貴重なんだっていうのは、日本にだけにいたら気付かなかったかもしれない。だからブラジルに行ってとても勉強になりました。
海外に行ったことで表現への意識も変わったんですね。
そうですね。でも、もともとアンチ・エスタブリッシュメント的な、日本語で言うと反階級社会みたいな考え方が私の中にあって、私の強いメッセージはそういうところからもきていますね。権力=権利があるっていうことは、責任もあるわけじゃないですか。なのに、ステータスやお金のことばかり考えて、自分の利益のためだけに動いている社会の縮図みたいなものを、大学にいる時でさえ感じることがあって。それがものスゴく嫌だった。貧富の差が激しいブラジルに行ったことで、その気持ちはさらに強くなりましたね。でも20代そこそこの女の子にそんな真剣にアグレッシブなメッセージを言われても…っていうのもあるので、説教っぽくならない程度に、素直に伝えたいメッセージを込めています。

『TIGARAH!』(2009 / FILE RECORDS)
確かにティガラのリリックは強い主張と攻撃性がありながら、ポジティブさもグっと伝わってきました。
ありがとう。ポジティブでいることは私のスゴく重要なテーマ。人生の中で、「楽しい」とか「嬉しい」とか、そういう感情が多いほどいいと思うな。
特に最近の日本では、分かりやすいラブソングがスゴく多くて、そのメッセージが薄っぺらく感じることもあるんですね。だから逆に、ティガラの強さのあるリリックに生っぽさを感じました。
スゴくうれしいな。最近はそういう「愛」を語るポピュラーな音楽が多いよね。それもいいけど、私がやりたいのは「カッコ良い音楽」であって「ポピュラー」じゃない。ちゃんとしたメッセージも伝えたいし、恋愛よりも『私、やりたいことがあるの。他に大切なものがあるんです!』って言いたいの。だから癒し系の曲は多分、私には作れないな(笑)。
今の世情で逆に癒されても仕方ないでしょ? みたいなね(笑)。
そうそう。今、頑張らなきゃいけないのに(笑)。『I miss you』じゃなくて『戦いは終わらないんだよ!』ってね。海外で私が受け入れられたのも、そこが大きいと思うんだよね。日本人の女の子は清楚で自分をあまり主張しないイメージがあるみたいで。
未だにそうなんですか?
そう。なのに、ティガラは「超言いたいこと言ってるんだけど」みたいな(笑)。私はあまり緊張しないんですね。だから無名なくせに、ライブをやると有名人だと勘違いされるくらい自信があるように見えるみたいなんです。このふてぶてしい態度が多分気に入ってもらえたのかな (笑)。自信があるアーティストって、向こうではスゴく共感されてサポートしてもらえるんです。特に私の姿勢ーーすごくmeanな感じ……『私は誰がなんと思っても気にしない』みたいな、そういう堂々とした態度が「新しいことをやっている日本人」という風に好意的に受け止めてもらえて、興味を持ってくれたんですよね。私は海外でも自分の曲は日本語でもやるし、私の確固たるスタイルが良かったんだと思うな。
海外でのライブも精力的にやっているそうですね。
ブラジルとアメリカが中心で、あとスウェーデンでもやりました。
海外と日本では、活動や表現の仕方を意識的に変えたりしていますか?
今は、インターネットのおかげで日本でもJポップだけじゃなく、リアルタイムで海外の色んな音楽が受け入れられる環境にあると思う。だから、『こういう活動もできるんだよ』ってみんなに分かってもらいたいというのがあるので、あえて意識的に変えるようなことはしないかな。
活動をする上で、一番忘れたくない部分は?
音楽を聴いて『ヤバい!』と感じる時って、顔がニヤけてくる感じになるの。私が最初にそういう感覚になったのがバイレ・ファンキだった。だから自分もそれを原点にして、聴いた瞬間に『何これ? ヤバいんだけど』ってニヤけちゃうような感覚になってもらえるダンスミュージックを作っていきたいんです。











