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ECD | イー・シー・ディー|Musician

一聴して、異質感。ECDから届けられたアルバム『天国よりマシなパンの耳』は、またもジャンル分けのし難い作品で、不思議な感覚を覚えさせられる。ヒップホップからフリーキーな音楽へ。本サイトでの連載『WE ARE ECD +1』も話題になるなど、音楽以外の活動も常に注目を集めるECDの音楽、歌詞世界、そこから導き出されるリアルな哲学に迫った。彼が発するステートメントは、とても刺激的だ!

Text:大草朋宏


今作『天国よりマシなパンの耳』は、なんとも形容のしがたい作品で、前作『FUN CLUB』からの路線を引き継ぎつつも、よりフリーキーな印象を受けました。どのようなコンセプトで、制作にあたったのですか?

『FUN CLUB』を制作している後半で、8ビートなロックンロールのテイストを持った曲をやりたいと思って、少しそういう曲を入れたんです。でも、まだやりきれていない部分があったので、今作はそこからスタートしていますね。

8ビートなロックンロールというと、50年代辺りのイメージですか?

そうですね。ロカビリーとか、ロックンロールが生まれた頃の雰囲気です。音数は少ないのですが、ダンスミュージックの原点というか。ドン・タン・ド・タンッだけで踊れるくらいのシンプルな音楽です。

音作りでこだわった部分はありますか?

今まではドラムブレイクから取りかかることが多かったのですが、今作はベースラインから作り始めました。ドラムに関しては、ドン・チャ・ドン・チャだけでいけるくらいシンプルにしたかったんです。そうすると、曲の表情を出せるのはやはりベースしかないと。それで、基本に立ち返ってみようと思って、ベースの教則本を買ったんですよ。前作『FUN CLUB』に『L.A.M.F.』っていう曲があって、そのベースラインも実はTB-303のマニュアルに載っている、お試し用ベースラインをそのまま使ったんです(笑)。それが割と良かったので、似たようなことをやってみようとベース教則本の基本的なベースラインをTB-303で打ち込んで、いじったりしたのが制作の最初の頃ですね。結局、あまりいいベースラインはなかったですけど、そういうロックンロールっぽいベースラインを、エレクトロな楽器でやるという質感を目指しました。

ECD

今作では、サンプリングはどのくらいの割合ですか? やはり打ち込みが増えてきているのですか?

半々くらいですね。だいたいサンプルする音源って、その制作期間中に買ったレコードが多いんです。前々から用意しておくというよりは、その時に「お、いいじゃん」と思ったものをリアルタイムに反映させるというのが、やっていてスゴく楽しい作業。ただ、以前はほとんどサンプリングだったことを考えると、打ち込みの割合は増えていますよね。それこそ教則本のベースラインを、一音一音自分で出していくこと自体が、それまでやってこなかったことなので、単純に面白いですね。

ECDさんは、様々な媒体で文筆活動をされていることもあり、独特な歌詞世界を持っていると思いますが、今回はどのような内容を歌いたかったのですか?

ここ4、5年、不況で閉塞感が漂っているし、「出口がない」とか言われていますよね。でも、その出口を求めようとすること自体がもう違うんじゃないかな。上にあがれないことを肯定して受け入れないと。この状態をどう楽しんで生きていけるか考えないとダメだと思っています。今、上に這い上がろうとすると、イス取りゲームにしかならない。誰かを蹴落として上がるしかない。それはやめたいという思いは強くありましたね。

『天国よりましなパンの耳』(2009 / P-VINE)『FUN CLUB』(2009 / P-VINE)

ECDさんのなかで、いま戦うべき相手というのはいないのですか?

「戦う」っていうことは、敵がいて、そいつを排除したいっていうことでしょ。でも、どんなに嫌いな相手でも、「排除」という考え方はしたくないですね。例えば、僕は右翼が好きじゃないですけど、右翼がいない世の中が理想かといったら、そういうことでもない。仲良くしたいとは思わないけど、排除しようとすると、結局「右」とか「左」とか関係なく、同じことにしかならないと思うんです。自分がやろうとしていることを邪魔しようとするヤツがいればもちろん抵抗するけど、その程度でしかないですね。

そういった「邪魔」は、日常にあふれているものですか?

そうですね。例えば、今回のアルバムにも収録されていますが(M4『職質やめて!』)、「職質」がイヤですね。ただし、イヤというだけではなく、それをまったく不思議と思わない、邪魔なものと思わずスグにカバンの中身を見せてしまう人へのメッセージでもあります。本当は拒否できることなんだけど、それがおかしなことだと思っていないこと自体も問題提起したいんです。

『CRYSTAL VOYAGER』(2006 / P-VINE)『FINAL JUNKEY』『失点 in the park』(2004 / P-VINE)

今回は40代最後のアルバムになりますよね。結婚し、子供も生まれたりと、環境が大きく変わったと思いますが、それが制作に影響を与えた部分はありましたか?

結婚や出産があって、「ECDが守りに入るんじゃないか?」っていう声への反発はありました。自分のなかでも、守りに入りたくなかったんです。ただ実際、結婚・出産が守りかというと、まったく逆ですけどね。

Public/imageでの連載『WE ARE ECD+1』で、まさにそれらの過程が公開されていたわけですよね。音楽ではなく、わかりやすく文章化してしまうことに、抵抗はなかったのですか?

他人から見たら恥ずかしいことなのかもしれないけど、自分として本当に恥ずかしい部分は出してないのかもしれない。だから「恥ずかしいこととは何か?」ということも問いかけているつもりです。

『WE ARE ECD + 1』より

ライフスタイルが変化したことで、音楽に対する意識やスタンスは変わってきましたか?

今は、昼間はお金のために普通の仕事をしています。でも、音楽活動で得る収入もあって、そっちは楽しくやっています。つまり、今の収入バランスから考えると、半分は嫌々、半分は楽しい生活なんです。このバランスが結構絶妙なんですよ。音楽に生活の全部を預けちゃうと、やはり音楽が悲鳴をあげてしまう。昔メジャーからリリースしていた時期は、音楽だけでメシを食っていたのですが、それでも音楽がだんだんイヤになってしまったんです。生活を支えるものは、嫌々でもいいから、別のものに任せておいた方が、自分の場合は良いみたいです。

何かを発表するたびに、とにかくアーティストとして「異質」な感じを受けます。音源もそうですし、書籍、MySpaceでの残高公開、もちろんPublic/image.での連載も。人と違うことをやるというのは、アーティストとしての本分でもあると思うんです。ECDさんはいつもサラリと終わらせてくれない。何か引っかかるんです。

僕が今までに見たり、聞いたり、読んだりしてきたものが、大体そうだったんですよね。自分のことを肯定してくれるようなものばかりじゃなくて、否定されるようなものを「良いな」と思ってきましたから。引っかかりのあるものを作りたいという意識はありますね。



『天国よりましなパンの耳』(2009 / P-VINE)

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