
HIROKAZU KOREEDA | 是枝裕和 | Film Director
前作『歩いても 歩いても』で、田舎のある家族の一日を丹念に描いた秀逸なホームドラマを届けてくれた是枝裕和。そんな彼が手がけた最新作『空気人形』は、前作とは打って変わり、心を持ってしまった人形を主人公に据えた寓話的なラブストーリーだ。ペ・ドゥナ演じる空気人形が、ARATA演じる純一を始め、空虚感を抱えながら都市に生きる様々な登場人物たちと出会い、複雑な感情を抱えながら生きていくその過程に、「生と死」「エロスとタナトス」などの対比を交えながら描き切ったこの作品の裏には、どのような思いがあったのか? 映画公開を直前に控える監督に話を聞くことができた。
Text:原田優輝
今回の作品は、業田良家さんの短編マンガ『ゴーダ哲学堂 空気人形』が元になっているということですが、原作との出会いについて教えてください。
もともと、業田さんの『自虐の詩』というマンガが好きで、この『ゴーダ哲学堂 空気人形』も『ビッグコミックオリジナル』で連載されていた時からたまに読んでいたんです。この「空気人形」の回は、単行本になった時に初めて読んだのですが、人形が破れて空気が抜けて、それを自分が好きになった男に吹き込まれるというシーンのコマ割を見た時に、スゴく映画的だなと感じたんです。
それはどのようなページだったのですか?
息を吹き込んでいく男の表情と、吹き込まれていく人形の表情、だんだん膨らんでいく人形の身体だけが描かれていて、セリフは一切ないページでした。これまで、原作もので自分からやってみたいと思った作品はなかったのですが、このマンガのこのシーンには、スゴく映画的な表現を感じて、純粋に「これを映画にしたい」と思えたんです。空気の抜ける音と吹き込む音だけで、メタファーとしての官能的なセックス描写ができるんじゃないか、と。

これまでの監督の作品には見られなかったセックス描写に挑んだ特別な理由は何かあるのですか?
特別な理由というのはそんなにないのですが、もともとそういう表現もやりたいなと思っていたんです。今回はそれにピッタリの原作と出会えたということが大きかったですね。セックス描写って、なかなか面白く撮れる自信がなかったというのも正直なところなんですが、自分がやるならこういう形がいいかなと思ったし、こういうものの方が僕にはエロティックに感じられたんです。
原作は20ページ前後の短編ですが、脚本を書くにあたり、どのような部分を広げていこうと考えたのですか?
確かに、マンガをそのまま映像に置き換えても10分くらいの短編にしかならないので、原作の哲学は共有しつつ、映画自体はオリジナルで作らせてもらったという感じです。そこでまず考えていったことは、人形が心を持ち、動き始めた時に、世界に対して、自分に対して、どういう感情を持つのかということでした。そして、彼女が恋をする純一(ARATA)に息を吹き込まれたことで、何が変わって見えるのか? そして、その後どう生きて死んでいくのか? というところを考えていきました。彼女の感情に寄り添いながら、彼女がどう自分の人生と世界を経験するのかということを緻密に組み立てていきましたね。

『空気人形』より。
(c)2009業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会
彼女のまわりには、空気人形だった彼女の持ち主・秀雄(板尾創路)、過食症のOL・美樹(星野真里)、元国語教師の老人・敬一(高橋昌也)、ニュースで見た事件の犯人をすべて自分だと思い込む未亡人・千代子(富司純子)など、個性的な登場人物がたくさん登場しますね。
空っぽな彼女の人生を際立たせるための対比として登場人物を配置していこうと考えました。空気人形が、赤ん坊から老いていくまでの過程を短期間で辿っていくので、それぞれの世代のキャラクターが出てくると面白いかなと思ったんです。
登場人物たちは、それぞれ空虚感を感じながら日々の生活を送っていますが、その空虚感の種類は、世代/性別によって異なっていますね。
そうですね。例えば、秀雄の場合は、実際に人形と暮らしている人たちとお話をさせて頂いた上で、人間に対してどんな絶望を抱き、人形に辿り着いたのかということを想像しながら、その空虚感を描いていきました。人形の生みの親である人形師(オダギリジョー)にしても、実際に工場で働いている人の言葉を反映させています。男性に関しては、「疑似」や「倒錯」というキーワードを軸に、どこか屈折した人物像を描いていきました。純一なんかも、死に惹かれていくある種の倒錯した感じがありますしね。でも、それはそれである意味スゴく人間的な部分だとも思うんです。一方で女性に関しては、今「アンチエイジング」という言葉が流行っていたり、犬などのペットに癒しを求める人が多かったりすると思うのですが、人が本来持っているものから逃れようとする現代の女性たちのそうした傾向を、多少デフォルメしつつ、点描してみようかと思いました。

『空気人形』より。
(c)2009業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会
都市生活者の空虚感というものがひとつのテーマになっていますが、もともと監督自身も、そうしたものに共感できる部分があったのですか?
そうですね。ある意味仕方ないと思う部分はあります。特に東京で生活していると、人と関わらなくても生きていける状況がある。ネットとコンビニで意外と幸せ、みたいなね。それはある意味みんなが求めていたものでもあると思うのですが、本人たちの中には、そこで閉じていて大丈夫かなという不安もなくはないはずなんです。でも、そういう生き方を否定する気は全然ないし、かといって開き直ってそれを肯定するのも違うと思っていて。そうした思いを、そのまま描いてみようと思ったんです。
彼女のことを空気人形だと知った後、その事実を受け入れて、関係を続いていく純一の言動も、違和感を抱えつつもそれを受け入れて生きている現代の都市生活者を象徴しているような印象を受けました。
昭和30年代ブームというか、「昔は人と人がもっと濃密に繋がり合っていて良かった」という幻想がありますけど、そういうところとは切り離して、「現代をどう生きていくか?」ということを考えないと上手くいかないと思っていたんです。だから、ノスタルジーとは無縁の映画にしたつもりです。あと、「代用品」という言葉も結構使ったのですが、”取り替え可能”な生を生きているという実感をみんなが持っていて、それが満たされていかない原因のひとつだと思うんです。要は、そこをこれからどうしていくのか? ということを考えたかったんです。

『空気人形』より。
(c)2009業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会
「人間と人形」「生と死」「エロスとタナトス」など、随所に様々な対比が描かれていることも印象的でした。
象徴的に登場人物を対峙させながら、観念的にそういうことをやったところはありましたね。今回は、詩を書くつもりで映画を撮ろうと思っていたので、言葉の感覚や配置というところもだいぶ考えていました。前作の『歩いても 歩いても』が、割と散文を書くような感じで、日常の具体的な要素だけで作った作品だったんです。それはそれで映画のひとつの形だと思うのですが、今回はその真逆に振ってみようと思ったんです。具体から抽象/観念的な部分へ向かいたかった。だから、言葉や映像の使い方も、すべて前回とは対照的にしたかったんです。
リー・ピンビンさんのカメラワークもとても美しく、詩的な世界観を演出していましたね。
今回は、人形のラブストーリーを撮りたいという思いが最初からあって、彼女が見た世界や感情というものをエモーショナルに表現したかったんです。だから、リーさんにお願いできると面白いかなと。結果的にも、想像していた以上の世界観を作ってくれたので、本当に「ありがとうございました」って感じです(笑)。でもさすがに、あのように全編レールを敷いて(カメラが)動くとは思っていなかったんです。現場に入ってから、そうくるならこうしてみようかという感じで、役者の動きなどを考えていきました。
このような寓話的な表現は、これまでの作品にはあまり見られなかった要素ですよね。
そうですね。とても面白かったですし、自分自身刺激にもなりました。今回は、これまでと同じような日常と地続きの世界観で作ってしまうと、人形が動き出すという設定に説得力が出ないと思ったんですね。だから、光や色などでの額縁をある程度作って、日常と少し違う世界観を作ってあげた方が、彼女の存在がストレートに受け取ってもらえるだろう、と。
そのようなチャレンジに難しさは感じませんでしたか?
それは全然なかったですね。今回はそういう演出ができる新しいスタッフと組みましたし、みんなプロフェッショナルですからね。それぞれが共通の認識を持って、映画の世界観を作っていけたと思っています。なにより今回は、ペ・ドゥナさんが魅力的だったので、その1点に向かって現場でみんなが動いていました。それはやっぱり強いですよね。

『空気人形』より。
(c)2009業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会
Photo:瀧本幹也
ペ・ドゥナさんの演出は、どのようにされていったのですか?
カメラが常にレールを敷いて移動するので、動きに関してはカメラワークに会わせて細かく指示していきました。彼女は細かい動きもパーフェクトにできる女優さんなので、まったく問題はなかったです。感情面については、クランクインの前に5時間くらいかけてふたりでミーティングをして、シーンごとにこの人形が経験する感情や、自分がやろうとしていることなどを話し合いました。そこでお互いに納得した上で、クランクインすることができたので、現場ではお任せだったのですが、まったくズレがなく、完璧でしたね。シーンを順撮りしていったわけではなかったのですが、完全に人形の感情をつかまえて現場に入ってきていたので、全然心配なかったです。相当難しい役柄だったとは思うんですけどね。
ラストシーンは、見た人によって受け取り方が変わるような内容になっていますが、監督自身がこのシーンに込めた思いとは?
確かに、悲しい終わりだと取る人もいれば、開かれた肯定的な終わりだと受け取る人もいますよね。そこには見た人それぞれの人生観が反映されると思うので、受け取り方はお任せしますが、僕自身は肯定的に捉えています。この映画を彼女の人生をベースに見ていくと、悲しい終わりになるのかもしれませんが、息から始まったものが、また息に返って、別の誰かのところに運ばれていくわけじゃないですか。そう考えると、広がりのある終わりだと受け取れると思うし、それが「生」ということなんじゃないかなと思っています。
最後に、読者に向けて本作の見所をお願いします。
もうペ・ドゥナに尽きますね(笑)。もちろん、彼女をより魅力的に見せていくために、カメラも美術も衣裳も音楽も本当に素晴らしい仕事をしてくれたと思っていますが、やっぱりペ・ドゥナに尽きるな、と(笑)。監督としては、ここまでひとりの女優に入れ込んで映画を作るという体験はそう多くはないんです。そこをぜひ見てほしいですね。
Information
『空気人形』(配給:アスミック・エース)は、9/26より、シネマライズ、新宿バルト9ほか全国ロードショー。

『空気人形』より。
(c)2009業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会













