
writtenafterwards | リトゥンアフターワーズ | Fashion Desinger
英セントラル・セント・マーティンズを卒業後、帰国した山縣良和と玉井健太郎によって、2007年に立ち上げられたファッションレーベル、リトゥンアフターワーズ。その後、玉井が抜け、現在は山縣ひとりのプロジェクトとなったが、衣服としてだけではない「ファッション」本来の意味や可能性を最大限に肯定し、あらゆるアプローチでコミュニケーションを図ろうとする彼らの活動には、現在のファッション業界が忘れつつあるものをもう一度見つめ直させる力がある。近年、ファッションデザイン教室「ここのがっこう」を立ち上げるなど、精力的な活動を続ける若きデザイナー、山縣良和に話を聞いた。
Text:原田優輝
ファッションに興味を持ち始めたのはいつ頃からですか?
高校生の頃から興味を持ち始め、将来は何かファッションに関わる仕事をしたいと思うようになりました。高校卒業後、大阪の専門学校のファッションビジネス科に進みました。でも、自分がデザイン科ではなく、ファッションビジネス科を選んだことなどが、自信の無さからくる妥協だったということに気付き、色々悩んだ末、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズに行くことにしました。そこでは、モチベーションの高い学生に囲まれ、満足できる環境で勉強することができ、卒業前にはジョン・ガリアーノの下で研修する機会にも恵まれました。
卒業コレクションでも大きな注目を集めましたよね。
その当時、アンデルセンの生誕200周年だったこともあり、「見えない服」をテーマに、「はだかの王様」の続きの話をファッションで表現しました。それを面白がって取り上げてくれるメディアもあれば、ファッションとして認めてくれないジャーナリストなどもいて、賛否両論の反応がありましたね。
その後、リトゥンアフターワーズを立ち上げるまでの経緯は?
セント・マーチンズを卒業後、2005年に帰国したのですが、もともと日本のファッションに関しては、「売れる」「売れない」の価値基準が他の国より強いという印象があったんですね。例えば、雑誌もカタログっぽいものが主流で、ヴィジュアル的にプレゼンテーションするという概念があまりないですよね。だから、周りからも僕のような作風だと日本では難しいと言われていたのですが、運良くその頃紹介してもらった方たちが、ヴィジュアルにもこだわりを持っている人が多かった。そこで知り合った人たちから仕事のお話をもらったりしながら1年くらいやっていたのですが、その頃にセント・マーチンズ時代からの友人だった玉井と話をして、一緒にブランドをやってみようということになったんです。それで、2007年にリトゥンアフターワーズを立ち上げました。
ブランド立ち上げ当初は、どのようなコンセプトを描いていたのですか?
ファッションを「衣服」だけで捉えるのではなく、幅広く、社会的な視野を持って、環境や教育など色々なものに落とし込めるような活動をしていきたいと考えていました。それは今もまったくブレていなくて、常に色々な可能性を探っていきたいと思っています。ただ、ブランドを立ち上げてからの1、2シーズンは、あえて方向性を絞り込んでいきました。視野を広げて考えるというのが自分のスタイルではあるのですが、その当時はもう少しアパレルブランドらしくテキスタイルや洋服をしっかり見せていこうという意識があった。でも、それがどうしても狭く感じられてしまうところがあって、今はまたどんどん広がっていってしまってます(笑)。
どのようなところが「狭い」と感じられたのですか?
例えば、他のファッションブランドの場合、デザイナーさんが自分のスタイルを確立して、それを継続、発展させることで顧客を獲得していくという流れがあるじゃないですか。ただ、ひとつのスタイルを続けていくと、その感覚を共有できる人はずっと着てくれると思うのですが、そうじゃない人たちとのコミュニケーションが取れなくなってしまいますよね。それがスゴくイヤだったというか、物足りなくなってきてしまったんです。もちろん、特定の顧客に洋服を売っていくというのは、ファッションを考える上で大切だと思うのですが、あくまでもひとつのチャンネルでしかない。もともと僕がファッションから受けてきた感動というのはそういう部分に限らず、もっと色んなことを感じてきたという思いが強いので、自分が素直に感動できるようなことを表現したいという意思が第一にあるんです。


(上)writtenafterwards collection #01、(下) writtenafterwards collection #02
これまでに感銘を受けたファッションデザイナーがいれば教えてください。
10代の頃にスゴいと感じたのは、コムデギャルソンの川久保玲さんやマルタン マルジェラ。彼らがやってきた仕事というのは、ファッションの広がりをスゴく感じさせてくれたと思うんです。あの頃は、建築やグラフィックデザインなど他の分野と比べても、ファッションというものがスゴく光っていた時代で、他の業界に対しても、もの作りの価値観や思想の部分でとても影響を与えていましたよね。そういうところから学んだことはたくさんあります。ギャルソンやマルジェラは、服作りの部分だけではなく、ビジネスの仕方やショップの空間構成、広告展開まですべてが革命的だった。本来ファッションというのは、そうあるべきなんだという思いは今でもありますね。
そのようなクリエーションが光っていた90年代に比べ、ファストファッションが台頭している現在は、大きく様相が変わってきていますよね。
そうですね。00年代は90年代の反発だったと思うんです。ファッションにおいて、コンセプチュアルな表現が大きな意味を持っていたのが90年代で、それを締めくくったのがマルジェラだったのではと思います。当時は、マルジェラを着ていることがインテリジェンスの証明にもなっていたし、思想やステートメントなど自分のアイデンティティを洋服に依存させる部分が大きかったと思うんです。でも、2000年以降は、その反発で、もっと単純に「キレイになりたい」という欲求が先行するようになって、思想ではなく、軽く表面的な部分に向かっていった。それと同時に、ファッションデザインという仕事も、「着やすい服」「売りやすい服」を作るという側面ばかりが強くなって、気付いたらどこも違いがなくなってきているというのが現状だと思います。

writtenafterwards collection #03
確かに、世の中がファッションに求める価値が大きく変わってきているように感じます。
だからこそ、もう一度「ファッションデザイナーの役割は何なんだ?」というところに立ち返る重要性が出てきていると思います。本来ファッションというのは、ただのプロダクトではないし、20世紀の偉大なデザイナーたちがやってきたことは「スタイル」そのもの、言い換えれば人の生き方そのものに参加、提案していくことだったと思うんです。でも、今はファストファッションの流れが強くて、実際に僕も仕事をしたことがあるんですが、まず価格の安さにビックリするんですよね。ロットが2、3桁違うので、驚くような金額でスゴい加工ができる。そうなった今、「クオリティ」という概念は崩壊しつつある。これまでクオリティを売りにしてきたはずのブランドも、これから先は、自分たちにしかできないことを真剣に考えていかないといけないと思っています。
ファストファッションの勢いが、ある意味「聖域」とされていたラグジュアリー系、デザイナーズ系ブランドの牙城をも崩しつつあるようですね。
例えば、基本的に年に2回新作を発表するプレタポルテに比べ、ファストファッションは回転がとても早いですし、消費者もそっちに傾いています。そうなった時に、そのブランドにしかできない価値観を提示していけなければ、生き残っていくことは難しい。それが過去のオートクチュール的な発想になるのか、もしくはお客さんとデザイナーが一緒に何かを作っていく形なのかは分からないですが、そういう部分を強めていく必要があると思います。どちらにしろ、これからはますます二極化が進んでいくんじゃないかと感じています。



writtenafterwards collection #04
そんな時代のなかで、山縣さんが考えている今後の方向性を教えてください。
今年の3月に発表した09-10年秋冬コレクション(writtenafterwards collection #04)がひとつのヒントになりました。その時は、服飾専門学校や美大等の卒業制作時に出た廃材や布などをもらってきて、それだけで洋服を作ったんです。このシーズンに自分たちがやったことは、パリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨーク、東京の主要コレクションの中で、最も極端な試みだったと思うんです。でも、そういうポジションが作れたからこそ、インターネットを通じて、国内外から色々な反応があったんですね。例えば、オランダのアーネム・モード・ビエンナーレの主催の方から連絡があって、オープニングのファッションショーをやらせてもらうこともできました。「ぼくは0点」という絵本を今回のコレクションのために制作したのですが、その中で、「0点くん」が紙ひこうきになって最後空を飛んでいくのですが、実際に0点のコレクションが飛行機に乗ってオランダに行くことができ、物語通りになったので、うれしかったです。2000年以降、ブランドのアイデンティティは表現しづらくなっていますが、インターネットやブログが確立されていなかった90年代に比べると、徐々に世界レベルで価値観を共有していくことが可能になっている。それによってまた「個」を重用視する環境が整ってきていると感じるので、ビジネス展開なども含め、そういうところを意識しながらやっていきたいと思っています。
それぞれが持っているファッションに対する価値観が揺さぶられるようなコレクションだったと思います。それこそがまさしくファッションが本来持っているひとつの大きな魅力でもあるわけですよね。
そう思います。この時は、「これはファッションなのか?」という賛否両論がスゴくあったみたいです。でも、コレクションを見終わった後に、色々なところでそういう話になっているということにひとつの意味があったと思うんです。それをきっかけに、お互いが何をファッションとして認識しているのかということを考え直す機会になりますからね。ある意味、批判覚悟、捨て身でやったコレクションでしたね(笑)。



writtenafterwards collection #05
先日開催された10年春夏コレクション(writtenafterwards collection #05)についてもお話を聞かせてください。
今回は、「神々のファッションショー」というテーマでコレクションを発表しました。ファッション史の原点、クリエーションの原点というものを突き詰めていった結果、創造主(=神)というイメージが出てきたんです。ファッションショーでは、神々が現代の様々な布をまとっているというイメージで、モデル1人につき1ロールの布を身体に巻き付けています。また、生地が巻いてあったロール芯も「杖」に変形させ、ファッションの神様、ファブリックの神様を創造しました。制作工程においては、ファストファッションよりもさらにファストな服作りに挑戦しつつ、ショーが終わった後は、神々が身にまとっていた様々な素材の布を切り分け、スカーフ等のスペシャルなプロダクトとして販売していきます。
08年にスタートした「ここのがっこう」についても教えてください。
自分は日本の専門学校に通って挫折した経験もあるので、本来のファッション教育とはどうあるべきなのかを自分なりに考え、スタートしたプロジェクトです。基本的には、受講生それぞれのアイデンティティややるべきことを一緒に考えていくということを目的にしています。コンセプト立てからリサーチ、デザイン出しまで一通りの工程を経て、一冊のポートフォリオを作るというのが課題で、そのなかにファッションにとって大事な視点を僕なりに伝えつつ、受講生の価値観を尊重しながらやっています。技術よりももっと大切な本質的な部分を伝えていくことが、ファッション教育には必要なんじゃないかと思うんです。それを学べる環境作りをしながら、そこで自分も一緒に学ぶことができたらなと。これからもライフワークとして続けていきたいと思っています。こうしたエデュケーションなどもそうですし、それこそファストファッションなんかへの振り幅を持たせつつ、ファッションを最大限に広く捉えて表現していくというのが、最終的な僕の目標なんです。


(左)「ここのがっこう」授業風景、(右)受講生の作品 (C)Masatoshi Kudo












