
TETSUYA MARIKO | 真利子哲也 | Film Director
本屋の店員が、その年のベスト作品を選ぶ「本屋大賞」のように、映画館スタッフが選ぶ初めての映画賞が「映画館大賞」だ。それを主催している独立系映画館主のネットワーク「シネマ・シンジケート」によって選出される、今後の活躍が最も期待される新人監督作品が「New Director/New Cinema」。2010年は真利子哲也監督の『イエローキッド』が選ばれ、全国の「映画館大賞」加盟館で順次公開されていく。東京藝術大学大学院映像研究科(「監督領域」)の修了制作として制作された『イエローキッド』が初の本格長編であり、一般的にはまだ無名の真利子監督。作品や手元にある作品資料に掲載されたインタビュー記事から漂うクレバーさやシネフィルの匂いに多少警戒していたが、なんのことはない、自分が撮りたいものにどうやったら近づけるかを模索している、真摯でシャイな好青年だった。
Text:須永貴子
『イエローキッド』、拝見しました。長編第一作とは思えないほど完成度が高いと感じました。どうしてこんなものが撮れたのか、ご自分ではその理由をどう分析していますか?
この作品は、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作として撮ったんですけど、芸大の機材環境は、商業映画を撮れるくらい充実しているんです。そもそも、07年にこのコースに入学した目的は、200万円の製作費が支給されて、大学の機材を自由に使える修了制作のため。その環境がまず大きかったと思います。
大学院に入るまでは自主映画を撮っていたんですよね? そして、商業映画にメイキング監督としても入っていた。
はい。短編映画を何本か撮りました。自分や家族を自分で撮って、自分で編集していたので、基本的に自己完結してました(笑)。最初は、お金がないけどとりあえずやってみよう、と思って撮ってみたんです。それを「ドキュメンタリー」と言われたことが納得いかなくて、次の作品を、よりフィクションを混じえて撮ってみて、「フェイクドキュメンタリー」と言われて、また納得いかないから次を撮って……と続けてきました。僕は最初からフィクションを撮りたかったし、そのつもりで撮ってきたので、今回ようやく「自分はこういうものが撮りたいんです」ということが表明できたと思います。
「こういうもの」を言葉にすると?
いろいろな映画祭に出品するたびに、自主映画や個人映画をたくさん観てきたんですけど、多くの人に向けた娯楽の類の映画は自主映画ではなかなか作られず、作家性みたいなところでの勝負になるものが多いと思うんです。そうじゃないところ、つまり自主映画でありながら娯楽性で勝負できるもの、ですね。あと、劇場の大きなスクリーンで上映されるということは意識しました。具体的には、映画の中に登場するアメコミの色使いや、主人公をボクサーにすることで生まれるアクションなどです。

『イエローキッド』より。
この映画には、100年ほど前に実在したアメコミ「イエローキッド」のキャラクターを使って新しい作品を描く漫画家の服部と、その作品のヒーローに自分を同一視し始めてしまうボクサー志望の田村という、二人の主人公が存在します。何よりも強烈だったのが、服部が元カノから言われる「私があなたと別れたのは、あなたの描く漫画がどうしても好きになれなかったから」という台詞です。この言葉はどこからヒントを得たんですか?
劇中の漫画を描いてくれた人の、漫画に対する熱がものスゴかったんです。下絵を描いてもらって、この映画的にダメな場合、監督だからやり直しをさせるんですけど、その時の落ち込みようが半端なかった。こういう、自分の作るものに対しての熱がものスゴイ人が最も言われたくないことはなんだろうなと考えて、あの台詞が出てきたんです。フィクションとはいえ、言われたら本当にイヤだなって自分でも思います。
あの台詞には、作品=作家の人格、という前提があるように思えたんです。真利子監督も、それを受け止めた上で、物作りをしていく覚悟があるのかなと。
そうですね。映画の出発点は、自分の中から切実に考えて出していくものだと思うし、それは無視してはいけないと思っていて。それが結果的に、娯楽性の高いものであれ、作家性の高いものであれ、出発点は自分だと思うし、それは変わらないと思います。
服部が、漫画「イエローキッド」の主役のモデルを田村にしたことで、二人とも現実と虚構の世界の境界線が曖昧になってしまいます。このテーマと真利子監督の距離感は?
若くて、情報があまり入ってこない環境に暮らしていた場合、自分が心底惚れ込んでいる漫画や映画、ゲームがあれば、そういうフィクションの世界と自分の現実が交錯してしまうと思ったんです。自分も小さい頃は『ドラゴンボール』の必殺技を自分でも使えるんじゃないかと勘違いすることがありましたし(笑)。田村に関しては、痴呆のお婆ちゃんと二人暮らしで、生活するのに精一杯で、友人も少なく、そうなってもおかしくない状況で最初から最後まで描いています。服部は、自分の作り上げた世界の中で田村をヒーローに仕立て上げて、現実で自分が憎しみを抱いている相手(元カノの恋人)に漫画の中でやり返す。そういう人間として描いています。

『イエローキッド』より。
服部は田村を自分の創作に利用しているわけですよね。物を作る人間はそれぐらい傲慢で冷淡じゃないといけないのかもしれない。いちいち身を削ってもいられないし。真利子監督は、自分の作品のために他人を利用することについてどう思いますか?
ドキュメンタリー作品で親を撮ったときに思ったのは、映っている人のイメージをこっちはいくらでも操作できるので、ものスゴく危険だなって。だから、ドキュメンタリーを撮っている人は性格が歪んでないとできないと思います(笑)。ぼくにもその素質だけはあるのかもしれないですが(笑)、とにかくその分とても神経を使う作業なので、フィクションであると提示した上で撮影したいと思いました。でも、人と関わって作品を撮る限り、人の人生を乱してしまう可能性はゼロじゃない。フィクションでも、子役で有名になってしまうと、その後道を踏み外してしまうというのはスゴくよく分かります。
『イエローキッド』は、ともすると、観客を置いてけぼりにする可能性があると思います。それについてはどう思っていますか?
特に結末ですよね? それは意図的です。わかりやすい形では提示したくなかったので。なぜなら、終わった後に見た人同士でああだこうだと話したくなるものにしたかったからです。だからこそ最初から後半入口ぐらいまでは大切に作ったつもりです。たしかにラストはいろいろな見方ができると思いますし、どう解釈されても構いません。ただ、考えてもらいたいんです。
なんとなくですが、北野武監督の『キッズリターン』を思い出しました。
……初めて言われました! 実は、服部の漫画ができあがったカットも撮ったんです。タイトルは、『キッズリターン』を意識して、『イエローキッド・リターンズ』(笑)。それが服部のその後のエピソードであり、田村のその後も撮って、エンディングにつけていたんですでも、試写で観た何人かに「起きたことはすべて夢だったの?」と言われたので、ばっさりカットしました。映画をどう解釈されても構わないけれど、夢オチと取られるのだけはイヤだったんです。

『イエローキッド』より。
監督領域では教授の黒沢清監督に師事していたそうですが、監督として映画を撮っていくために必要なこと、大切なことで学んだことはありますか?
正直、「師事した」というほどではないんです。「トウキョウソナタ」の撮影や海外映画祭で忙しい時期でしたので、ゼミとして酒やご飯を食べたくらい。ちなみに特別教授の北野武監督の講義は年3回なので6回会いました(笑)。自分が結果的にやっているのは、たとえば黒沢さんの作品や作家性に触れてみて、それを真似しても到底及ばないんだから、自分はそれは絶対にやらないということなんです。短期間とはいえ日常的にお話しさせていただいて、その中で自分が感じ取れるものが大事なのではないかと思います。それは、メイキング監督として現場に入っていろいろな監督の仕事を見ても思うこと。北野さんや黒沢さん、塩田(明彦)さん接して、作品に触れていくなかで、「これは真似しても及ばない」と思って、自分から引き算して取り払っていくことで、だんだん自分のやるべきものが見えてきたところです。ようやくなんですけど(笑)。
現在28歳ですが、焦りはありますか?
一時期あったんですけど、最近はもうないです。29歳で監督デビューしている人が多いって聞いて、「今年やってやるぞ」という気持ちは強いですけど。ただ、正月に親戚に会うと、焦りというか……申し訳ないです(笑)。

『イエローキッド』より。
(笑)。次回作の予定はありますか?
(小声で)決まってないです。決まる気配すらないです(笑)。アイデアは貯まってきているので、ようやく正月から「やらなきゃな」と思って脚本を書き始めました。『イエローキッド』が公開されるんで、そろそろ次の作品を準備しておかないとなって。でも、誰の脚本でも、監督できたらいいです。ただ、今までいろいろな現場を観た経験から、「これ、別に自分が監督じゃなくてもいいんじゃないか?」と思ってしまう作品だと本当につらいので、全力で首をつっこんで作っていけるものという選択は最低限しなきゃいけないなと思っています。
では最後に、『イエローキッド』の見どころをお願いします。
『イエローキッド』は多分、単品ではDVDが出ないんです。国から授業の一環として製作費が支給されている修了制作なので。となると、劇場でしか観られない。僕は今後、映画館でしか上映されない映画は作らないと思うけれど、映画館でしか観られない作品って幸せものだなとも思うんです。「観たよ」という人はすべて劇場で観てくれた人なわけだから。この映画は僕自身が自主映画をいろいろ観てきた中で、今までになかった領域を攻めた映画になっていると思います。スクリーンも意識しました。だからぜひ、劇場で観てもらえたらなと思います。
Information
『イエローキッド』は、1月30日より、ユーロスペースほか全国順次公開予定。














