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YAN IK-JUN | ヤン・イクチュン | Film Director

殴る側と殴られる側。強い者と弱い者。奪う者と奪われる者。韓国映画『息もできない』は、社会に厳然と存在するこの力関係を、わずか1分弱で表現しきる衝撃的なシーンで幕を開ける。「家族」の呪縛に囚われたチンピラ男サンフンと、やはり「家族」に日々苦しめられている女子高生ヨニが社会の底辺で出会い、魂を寄り添わせるこのパワフルな物語は、世界中の映画祭で激賞を浴び、2009年東京フィルメックスでもグランプリと観客賞のW受賞という圧倒的な支持をもって受け入れられた。製作、監督、脚本、編集、そしてサンフン役で主演という一人5役を務めるのは、俳優としてキャリアを積んできたヤン・イクチュン。自身も両親との関係に悩まされ、そのせいで自己否定すらしていたという彼は、すべてを吐き出し、私財もすべて注ぎ込み、この初長編作品を完成させた。

Text:須永貴子


この映画を撮ろうと思った理由を教えてください。

自分はいつも、父と母に対して、怒りや恐怖、不安や悩みを持って生きてきました。「なんてダメな親父なんだ」「なんて情けない母親なんだ」。そう思いながら、その両親に影響され続けている自分は一体何なんだ、と。ずーっともやもやとしたものを抱えていて、このままではこれから先を生きていくことはできない、一度すべてを吐き出そうと思い、2006年5月から8月にかけて、脚本を書きました。

手元の資料によると、製作会社を探してもまったく見つからず、助成金の支給も撮影後だったため、友人や両親に借金をし、家も売り払ったそうですね。つまり、この映画はほぼ自主製作といえる長編映画です。その経験から、韓国映画界の問題点は見えましたか?

この映画を作るために、私は自分のすべてを捧げましたし、それはものスゴく困難な経験でした。でも、それと同時に、自分の表現したいものを表現する自由を手にいれることができた。利益を得るための手段として映画を作るのではなく、自分の表現のための映画を作ることができたのです。とはいえ、韓国の映画システムに不満はたくさんあります。それは日本でも同じじゃないでしょうか? 韓国は映画に限らず、文化をお金に換算する風潮が強くなっている気がしますが、文化は文化として意味や価値があるもの。人間一人ひとりが文化を文化として捉える視線を持つことが必要ですし、もっと言えば、文化は人間そのものだと思います。

YAN IK-JUN

『息もできない』は、監督のパーソナルな感情を吐露した作品なのに、普遍的な作品となっています。絶対に妥協したくなかった点や、観客のために気をつけた点は?

妥協はまったくしていません。お金も自分で集めましたし、自分が信頼する人をスタッフにして必死に撮った作品ですから。ただ、必然的な変化はありました。当初、サンフンは最後の最後まで、徹底的な悪人として描こうと思っていたんです。更正する気なんてさらさらない男。なぜなら、サンフンが抱く家族への憎しみを、私が持っていたからです。もしも私が20代でこの映画を撮っていたら、きっとサンフンは最後まで悪人だったと思います。ところが撮影当時32歳だった私は、2年を費やして映画を作るうちに徐々に純化されてきて、それがサンフンのキャラクターに反映されてしまいました。非常に皮肉なことですが、映画としては20代で撮るべきだったかもしれません。でも、それだけ正直に自分を吐き出した作品なのです。気をつけた点としては、サンフンとヨニの周りで起こることは、観客だけにわかっていてほしいということです。例えば、ヨニの母親を殺したのはサンフンの兄貴分のマンシクですが、ヨニとサンフンはそれを知らずに親しくなります。さらに言えば、マンシクとヨニもそれを知らずに疑似家族のようになっていく。当事者たちが知らないことを観客だけが知っているという関係性はあえて作りたかった構図です。

世の中はそういう「知らない方が幸せなこと」で成り立っているのかもしれないと考えると恐ろしくなります。そして、観客がその視点を獲得すると、たとえキャラクターに感情移入ができなくても、映画の中に入り込めるという効果がある。また、暴力描写も心を掴みます。

愛らしい表現をしていては、自分のなかに積もり積もった鬱屈を吐き出すことはできないからこういう映画になりました。家族間の暴力を描くことは、フィクションとはいえ、とてもつらい作業でした。一般的には映画のなかで行使される暴力を見て恐怖を感じると思いますが、皮肉なことに、暴力を行使する人やそれを受ける人を見て、慰められる場合もあると思うんです。それは、自分がつらいときに部屋を暗くして哀しい歌を聴く行為に似ているかもしれません。映画の中の暴力描写はあくまでもフィクションなので、私は共演者を殴ってはいませんよ(笑)。よく見ると、実際にヒットしている場面はほとんどなくて、カメラワークの工夫、殴られた後の表情、効果音などで表現しています。それをリアルに見せるために必要なものは、感情のテンションを最大限にすることです。ですから、演出面では「ファーストテイクで最大限の感情とテンションでやってくれ」と言い、瞬間瞬間の感情を極大化させることに力を入れました。足りないものを上げていくのは難しいけれど、多すぎるものを削っていくのは簡単ですからね。

YAN IK-JUN

編集も素晴らしかったです。終盤で、あるふたつのシーンが倒置されたことで、登場人物の哀しみに胸をえぐられました。なぜこの構造にしたのですか?

シナリオの時点でそうでした。理由はわかりません。普通は全体の構造を考えて、導入部分、前置き、本筋、結末と展開していくんでしょうけど、私はシナリオのルールも学んでいませんし、自分で感じるままに書くだけなんです。だから、他の人から見たら時間軸が入れ変わっているように見えるみたいなんですけど、自分的には感情の流れに沿っているんです。私が俳優だからそうなるのかもしれません。俳優は演技をする時に、頭で考えて演じるよりも、直感で、その時に感じることを大事にして演じる人が多いんですね。だから、シナリオも感情の流れを念頭に置いて書き進めました。これは私の生理ですし、言葉では表現できない部分ですね。

韓国のある家族の問題から生まれた映画が、世界中の映画祭で賞を獲っていることについての率直な感想は?

ロッテルダム映画祭で、ある中年の観客に「家族の問題というテーマは世界共通だから、我々も共感できる」と言われました。どの国にもいろいろな問題がありますが、それらはすべて家族から始まっているのではないでしょうか。社会が家族に困難を与え、家族を構成する父、母をがんじがらめにしている。そこが、見てくれた人それぞれが抱えている問題と重なり合ったのではないかと思います。

監督自身、この映画を撮ったことで変化はありますか?

まず、「自分は周囲から愛情を受けてもいい人間なんだ」という、とても単純なことに思い至りました。自分の内部に生きづらさや不満を抱え込んでしまうと、その傷は膿んで体全体を腐らせてしまいます。その膿を裂いて出してしまえば、薬を塗ることもできます。私は自分が抱え込んでいた膿を、映画という回路を使って外に出しました。そうするまでは、自分を恥ずかしい存在だと思ってきたけれど、一度膿を出してみると、恥じる必要はないんだと思えるようになったんです。父母の世代、50代以上の人たちは、この映画を不愉快だと思ってもおかしくはないのに、共感してくれる人が多かったんです。私の父はなんと、この映画ができあがってから、髪を伸ばし始めたんです。父の世代は若者が髪を伸ばしていると「切りなさい」と言って当然の世代なのに。それ自体はつまらない変化かもしれないけれど、国のために家族は二の次で仕事しかしてこなかった父は、この映画を契機に、自分が望む外見をしたり、自分の幸せを追求していいと感じてくれるようになったように見えます。

YAN IK-JUN

パーソナルな映画ですので、監督のパーソナルなことを質問します。この映画を撮る前はおそらく、監督は結婚や子供を持つことが怖かったんではないかと思うんです。今現在、ご自分の家族を持つことについてはどう思っていますか?

家族は人によってとらえ方がまったく違いますよね。何も気を遣わなくていい気楽な存在という人もいれば、なくてはならない大好きな存在という人もいれば、問題の種であり暴力をふるう存在という人もいる。そういう過去の記憶が、家庭を持つか持たないかを左右するものです。私の場合、自分の家族を持ちたいかを聞かれたら、そうでもないかもしれません。私は家族の間にいろいろな問題を抱えて育った方に属すると思うのですが、心理学的に分析すると、家族から精神に受けた影響が、いろいろな作用を及ぼすらしいです。私が最初に作った短編というのが、好きな女性に告白できない男性の話なんですね。それはそのまま私自身の姿に置き換えられる。おそらく、家族の問題を抱えてきたせいで、家族に言いたいことが言えないし、愛する人にも告白ができないんだろうなと自己分析したことがあります。実際、異性と付き合った経験も多い方ではないし、結婚について考えたこともほとんどありません。もしかすると、どこかで責任を感じたくないと思っているかもしれない。この問題は、今後もっと悩むべきだと思いますが、親から続くこの血が、僕の代で絶えてしまってもいいという気持ちもあります。ただ、非常に難しい問題なので、結論を出すのはまだ早い。こんなことを言いつつ、来年には結婚して子供がいるかもしれませんしね(笑)。

では最後に、今後の予定を教えてください。ご自分のことを職業監督だとは捉えていないと思うので、役者業や監督業をどうしていくかが気になります。

お金がなくなりそうになったら仕事をすると思います(笑)。やりたいことはいろいろあるけれど、特にああしようこうしようとは決めていません。自由に楽しく、お酒を飲んだり、恋愛をしたり(笑)、当分はゆっくりしたいと思っています。正直、この映画に全精力を使い果たしてしまったので、今現在、自分のなかに映画への欲求がないんです。それに、決して熟練の映画職人にはなれないと思うので、高みを目指そうとは思えないんです。自分の感情を表現できるものがあれば、映画以外のもの……例えば小説とかも書いてみたいなと思っています。ただし、今の自分にとっては映画という媒体が、なめらかに、自分の感情を表現できるものであることは間違いない。人生まだまだ長いですから、いろいろ試してみようと思っています。

と言いつつ、今着ているTシャツの文字は「映画監督だ!」と宣言してます(笑)。

これは、どこかの映画祭でもらったやつを寝間着にしてただけ。その上に2枚服を着ていたんだけど、エアコンが暑いから脱いだらこの文字が出てきた。狙ってないですよ(笑)。たまたまです、たまたま!



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