
SHIMURABROS. | シムラブロス Movie Creator
「SEKILALA」で第13回文化庁メディア芸術祭アート部門で優秀賞を受賞したことも記憶に新しい映像ユニットSHIMURABROS.。「X-RAY TRAIN」などの諸作品に見られるように、自らのバックグラウンドである映画が持つ「不自由性」にあえて挑むかのように、空間や装置から創り出すというのが、彼らの大きな特徴だ。国内外で急速に注目度を高めているSHIMURABROS.のメンバーで、実の姉弟でもあるユカとケンタロウのふたりに、横浜のアトリエで話を聞いてきた。
Text:原田優輝
ユニットとして活動を始めたのはいつからですか?
ユカ:弟が生まれた時から、一応ユニットという形にはなっています(笑)。
ケンタロウ:本格的に作品を世に出すようになったのは十数年前からですが、作ること自体は小さい頃から一緒にやっていました。もうひとり一番上の姉がいるのですが、小学校に入る前くらいから、3人でコラージュや漫画やストーリーなどを雑誌のようなものにまとめるということを定期的にやっていて、そういうところから始まったのかなと思います。
映像に興味を持った理由は?
ユカ:小学生の頃、画家の祖父が描いた雪の富士山の絵が玄関に置いてあったのですが、それがある時、春になって小川に雪解け水が流れ出しているという絵に変わっていたんです。祖父は、同じ絵の上に何回も描き足したりするんです。普通、絵画は一度完成したら変化しないものですけど、そうやって日々変化をしていく様を見ていたので、「絵は動く」という感覚が、自然に刷り込まれていきました。自分たちが映画や映像に興味を持つようになったのは、その体験が大きいかもしれません。
ケンタロウ:実際に映像を撮り始めたのは、僕が大学に入る前くらいです。僕は大学では映画を専攻していたのですが、その前後からふたりで一緒に映像をやるようになりました。大学の時に長編映画の脚本で賞を頂いたりして、この道でやっていくということを真剣に考えるようになりました。
ユカ:私もイギリスの大学院で映画と舞台を学んでいました。ある時、私たちが作った映画が、ベルリン映画祭の「タレントキャンバス」という部門に通って、現地に行くことになったんです。そうしたら向こうで、ヴィム・ヴェンダースやリドリー・スコットなんかが公演をしていて。
ケンタロウ:そこで彼らは、「いかに遊んで創るか」というようなことを教えていて、それがスゴく面白くて。映画は、型がある程度決まっているものなんですが、面白い監督たちは、いかにそこから脱却するかを常に考えていて。「高い機材を使っても、壊すくらいのことをやっちゃえ」というようなことをしきりに話していたんです(笑)。そういう考えは、日本ではあまり聞かなかったことでしたね。それまで、僕たちは映画の撮影現場で働いたりもしていて、そこには良いところもたくさんあるのですが、純粋に表現ということを考えた時に不要だと感じる部分も多くて、疑問を持っていました。そういう古い部分をどうにか変えたいという思いは以前からあったんです。

「SEKILALA – 3screen installation」
映画祭での経験が、現在のような表現方法に向かう大きなきっかけになったようですね。
ケンタロウ:そうですね。映画祭では、建物自体を使ったインスタレーション映像など、知ってはいたけど実際に触れたことがなかったものも見ることができました。映画館ではみんな座って作品を見るので、どうしても受け身になるんですよね。でも、人が行き来しているようなところだと、みんな自分から映像に入ろうとしてくれる。そっちの方が自分たちの表現としては、向いているんじゃないかと考えるようになっていきました。
ユカ:その後、チェコで「SEKILALA」という作品を上映する機会があったんです。その時は、建物の天井付近の壁三面に映像を投影させました。そうしたら見ている人たちが動きまわりながら作品を理解しようとしてくれて、質問も色々投げかけてくれました。それまでの映画館で作品を流していた状態とは、かなり違う反応がもらえたんです。この作品では、始まりと終わりがある普通の映画とは違い、日常の世界で同時多発的に起こっていることや、それらの組み合わせによって生じる物事というものを表現したかったので、このように壁三面に同時投影するという手法を取りました。
ケンタロウ:自分たちが実際に体感している世界は、終わりに向かって収束していくわけではなく、物語の束が収束したり離れたりしながら連続していますよね。その様を作品に持ち込みたいと考えたんです。だから、「SEKILALA」は、無限に再生するというコンセプトでやっています。

「X-RAY TRAIN – LUMIÈRE BROS to SHIMURABROS.」
もうひとつの代表作である「X-RAY TRAIN」についてもお話を聞かせてください。モチーフになっている列車の映像は、リュミエール兄弟による世界最古の映画と言われているものですよね。
ケンタロウ:はい。リュミエール兄弟の映画を初めて見た人たちは、驚いて劇場から逃げ出したというくらい衝撃だったわけですよね。でも、今自分たちが見ている映像にはそこまでの力はない。映像というものに慣れてしまったんですよね。でも、もう少し違う技術を使えば、もっと面白いこともできるんじゃないかという思いがあって、メディア自体を作り変えるとどうなるかということを、自分たちでやってみました。
ユカ:たとえば、「X-RAY TRAIN」のような装置が、可能性を秘めていたり、力を持っていれば、それは自然と広がっていくと思っていて、そういうものは面白いですよね。リュミエール兄弟にしても、映画があんなに広がるとは自分たちでは思っていなかった。何か作らなくてはいけないものがあった時に、それを表現する手段がないのであれば、装置から作るのは自然なことだと思っています。だから私たちの作品は、いつも「発明」に近いようなものになっていくのかなと。
ケンタロウ:もともとは「技術」と「芸術」は同じ言葉だったんですよね。ギリシャ語で技術を意味する「テクネー」という言葉です。その後、技術と表現が離れていた時期がしばらく続きましたが、今は誰もがコンピュータ1台で何でもできる状況になっている。それによってまた両者が融合しやすくなりましたよね。

“CODED CULTURES -Exploring Creative Emergences Binational Festival Austria – Japan 2009″, EXHIBITION: FREIRAUM (Museums Quartier Vienna)
例えば、最近話題になっている3D映画などは、そうした技術と表現が融合することで生まれた新たな分野ですよね。
ケンタロウ:そうですね。ただ、僕らにとって一番印象的だった3D映像というのは、東京ディズニーランドで見た「キャプテンEO」なんです。あれは、ただ飛び出してくるだけではなく、スモークやフラッシュの仕掛けがあって、その現象自体が面白かった。「アバター」も見たのですが、あれはやっぱりスクリーンの中からは出られていないと感じました。3D映像というのは、人間の左右の目の視差を利用して撮影・処理しているわけですが、見る角度などによって立体に感じられなくなったりしますよね。立体感ということで言えば、逆に、カメラを円形に移動しながら対象を捉えていった方がはるかに効果的に感じられることだってありますよね。
ユカ:今証明されている視覚の原理だけにこだわるのではなく、その裏の見えない部分に隠されているものに、もっと色々な可能性があるんじゃないかと、私たちはいつも考えているんです。
ケンタロウ:「X-RAY TRAIN」の話に戻りますが、あの作品は奥から手前に映像が移動してくるので、子供とかが見ると、光の塊をつかもうとするんですよね。そういう映像の実体感というものにとても興味があります。実際に手でつかめるモノと同じくらいの存在感ある映像を作りたいんです。自分たちがやろうとしていることは、人形師が人形に魂を入れる作業に近いと感じることがあります。魂が入っている人形とそうじゃないものでは、その裏側にある実体感が違うんです。
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「EICON」GALERIE ÉOF, Paris
最近は、美術館での展示など、アートの文脈から評価されることも増えていますね。
ユカ:例えば、画家だったら、自分でキャンバスのサイズや素材を選べますが、映像の場合は、スクリーンの比率が決まっていたりして、そこには前から疑問を持っていました。単に白いスクリーンに映すよりも、美術館やギャラリーの空間で表現した方が良いことも多いので、必然的にそういうところでの展示が多くなっているんだと思います。例えば、「SEKILALA」にしても、ルールは3面のスクリーンに投影するということだけで、サイズなどは自由です。ある一定のルールはありますが、それ以外は自由に変えられるというのも、本当は映像の面白さだと思っています。
ケンタロウ:最近は、作る段階から空間も意識して考えることも多いです。「HIBERNATION」という横浜の赤レンガ倉庫前で展開した立体映像作品も、赤レンガ倉庫という広い空間に映像を展示するということの意味などを考えながら作っていきました。
ユカ:屋外の公共スペースでの展示の場合は、その土地性とコンセプトをどうつなげていくかというところが大きなポイントになってきます。例えば、以前に隅田川でパブリックアートを作るというプロジェクトに参加したのですが、160メートルも川幅があるのに物質として何かを置いても、どうしても小さく見えてしまうので、この時は拡散性のある光をモチーフにした作品を作りました。

「HIBERNATION」ART RINK, 横浜赤レンガ倉庫1号館
海外で作品を発表する機会も増えているようですが、そのような時に自分たちが日本人クリエイターであることを意識することはありますか?
ユカ:そんなに意識はしていないのですが、海外で上映すると、間の取り方や空間構成が日本っぽいと言われることはありますね。その一方で、「SEKILALA」はチェコで撮影していることもあり、日本で上映すると東欧っぽいと言われたりします(笑)。もともと、私たちは特定した空間や場所、時代性を意識させないように作っているんです。私たちが生きている世界自体も、現実だと認識されてはいるけれど、実際にそれが本当かどうかというのは誰にも分からないと思うんです。
ケンタロウ:できるだけシンプルなアプローチをしたいという思いもあります。だから、コンセプトに関係のない時代性や場所性という要素は削ぎ落とした方が良いかなと。ただ一方で、それぞれに地域でしか手に入らないものの貴重さというのは増しているとは感じます。例えば、「EICON」という作品では、漆の作家さんとコラボレーションをしているのですが、そういう作品なんかは、海外の人は特に驚きますね。
ユカ:あと、欧米の人たちと話していると、彼らは理論的に解釈できないものをなかなか受け入れられないんだと感じることがあります。例えば、「桃太郎」の話をしても、「なぜ桃から男の子が生まれてくるのか?」というところをしきりに聞いてくるんです(笑)。さっきの話ともつながりますが、原理だけでは説明がつかない見えない部分を捉える感覚が、日本人はとても優れていると思います。

「MMY – Mouse Made in YOKOHAMA」横浜市立野毛山動物園
今後の予定を教えてください。
ユカ:4月30日に、ドイツで開催される第56回オーバーハウゼン短編国際映画祭にて、ミアカビデオアーカイブのニューアクイジションとして『SEKILALA』を上映予定です。その他、欧州文化首都であるドイツ・ルール地方(エッセン)の「ISEA2010 RUHR」や、今秋のタカ・イシイギャラリー京都での個展なども控えています。
最後に将来の夢などがあればお願いします。
ユカ:長編映画を撮りたいと思っています。すでにシナリオはできているので、いつかそれを実現したいですね。

「文化庁メディア芸術祭 平成21年度[第13回] 受賞作品展」 国立新美術館(東京)
協力:タカ・イシイギャラリー











