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EI WADA | 和田永 | Artist / Musician

第13回文化庁メディア芸術祭の受賞作品展会場で、並べられた旧式のブラウン管テレビを叩き、音楽を奏でるというパフォーマンスを披露し、来場者から多くの注目を集めた弱冠22歳のクリエイター、和田永。時代から姿を消しつつある機材やテクノロジーに目を向け、独自の解釈によって、新たな価値を創り出すことに強い関心を抱き、「Open Reel Ensemble」「Braun Tube Jazz Band」といった革新的なパフォーマンスを次々と展開する話題のクリエイターに話を聞いた。

Text:原田優輝

物づくりを始めるようになったきっかけを教えてください。

小学生の頃だったと思います。家にあったLPレコードに衝撃を受けたのを覚えてます。あの黒い円盤にあらゆる音が封じ込められていることが、魔法にように思えたんです。というのも、アナログのレコード盤は溝に沿って爪を立てると、自分の爪の先からかすかに音が聞こえる。そのことにびっくりしたんです。また、それがロックのレコードだったんですが、そこから流れてきた音楽にも心を奪われました。それ以降、音楽と同時に「音を記録する」といったことにも興味を持って、カセットテープに自分の声やバケツの音などを録音して遊ぶようになりました。そのうちに、勝手に空想した物語をラジオドラマ仕立てでテープに録音するようにもなったんです。同時期に楽器もいじるようになり、音楽をつくるようにもなりました。

楽器はどのように学んだのですか?

触りながら、ほとんど独学で覚えていきました。ギターはもらいものでした。知り合いがドラムセットを捨てるというのを聞いて駆けつけて譲ってもらい、中学時代にはバンドも始めました。その一方で、カセットテープレコーダーを2台使ったいわゆる「ピンポン録音」のやり方をたまたま見つけたんです。音を重ねていくことで、色んな役柄を演じるような感覚があって、それによってひとつの光景ができあがっていく面白さというのも知りました。僕は絵がそんなに得意じゃなかったので、音と言葉で風景を表現しようという思いがあったのだと思います。当時は金属の蟹の足の形をした塔というのが地球上のどこかにあり、そこで音楽の祭典が開かれているに違いない、という思い込みがあり、それをひたすら音で表現しようとしていました。鍵盤を弾いてみたり、日用品を叩いてみたり。当時のテープがまだ残っているのですが、聞き返すと、叫びながら金属バケツを叩いていたりして(笑)。それが原点になっています。

和田永

「Open Reel Ensemble」は、どのようにして生まれたのですか?

10代半ば頃に、放送関係の仕事をしていた知り合いから、使わなくなったオープンリールデッキをもらったのが、今思えばすべての始まりです。当時、カセットデッキで遊んでいた僕にとって、オープンリールは「親玉が来た!」みたいな感じで(笑)。使い方は全然わからなかったのですが、いじり始めると面白くて、モーターが故障していたこともあって「変な音が出る変な機械だな」と思っていたんです。その後、美大に入って、佐藤公俊をはじめとする大学の仲間とともに何か大きな作品を作りたくなってきた時に、そのゴツくて古い録音機を連ねて楽器として演奏している人々の光景が、パッと思い浮かんだんです。

演奏している人々の光景ですか?

はい。実は、美大に進む前は、違う大学で社会学を勉強していたんです。人々の意識や文化が、テクノロジーや社会の仕組みと関わってどのように変移してきのかということにも興味があって。それと僕は空想癖が激しく、例えば、「イタリア製のベスパと、ドイツ製の短波ラジオが、なぜかサハラ砂漠でエレクトロ・アフロ・ビートを奏でる楽器として演奏されている!」とか、勝手な空想を考えるのが好きだったんです。それらのことが結びついて、無用の長物であるこの巨大な機械が、時代遅れの機械ではなく、むしろファンタジックな楽器として使われている文化圏のイメージが浮かびました。それを音楽仲間の佐藤公俊(DJ)、吉田悠(Per)、難波卓己(Vn, Pf)、吉田匡(bass)と話しているうちに、イメージが膨らんで、「これはもう長い旅に出るしかない」となったんです。

楽器そのものよりも、その光景が浮かぶというのは面白いですね。

僕はリサイクルショップによく行くのですが、ホントにびっくりするくらい安くなっているものを目にします。例えば、ポケベルとかMDとか、現れては消えていくようなものがあって。それはつまり、社会や人々の意識によって価値が相対的に生まれているということですよね。じゃあ、自分から価値を見出することもできるはずだと思ったんです。例えば、世界にはテレビに対して特別な感情を抱いて、テレビを祭壇化して奉っているような風習を持つ民族がいるらしいのですが、それはとても面白いと思います。僕らの日常感覚にはない捉え方ですよね。直感的な捉え方なのかもしれません。そこらへんに落ちている石に特別な感情を抱いて集める、といったような子どもの遊びじゃないですけど、そういった目線でモノやテクノロジーを捉えてみることに興味があります。

和田永

和田さんがオープンリールの使い方を知らなかったからこそ、違う可能性を見出せたというところもありそうですね。

そう思います。自分が生まれた時からすでにあったものって、それにどういう歴史や経緯があったかということを知らないまま享受している場合が多いですよね。使い方も知らないまま、オープンリールをいじっていて、「音が出るならこれは楽器だろう」と誤読した(笑)。「Braun Tube Jazz Band」にしても、サウンド接続ケーブルを間違ってコンポジットビデオコネクターに挿してしまった時に、偶然現れた画像がきっかけになっています。何かとてつもない秘密を持った怪しい光であることは直感的に感じました。その時は、これがあのような作品につながるとは思っていなかったんですが。

「誤読」というのは、和田さんのクリエーションにおける重要なキーワードになっていそうですね。

そうですね。録音機器がこれほど小型化しているなかで、なんで(オープンリールは)あんなにでっかいんだろうか、と(笑)。上の世代の方は、コンパクトな機器が出ると驚くところがあると思うのですが、僕にはその逆が起こったんです。そして、『こんなに大きいなら、もっと色々できるはずだ』という誤読をする(笑)。そこから秘密の機能を見つけていくような感じです。それと、最近知ったのですが、ダンスミュージックというのは、オープンリールを切り貼りするところから始まったらしいんです。音のループを作るためには、録音したものをコピーする必要があった。その流れを知らないままやっていたことも面白いなと。僕らの場合は人力リアルタイム編集なのですが。「Braun Tube Jazz Band」の時は、もう少し意図的に、「こう使われたていたら面白いかもしれない」ということを考えながら作っていったのですが、何度か挫折しました。けれどもある時、打楽器とか映像シンセサイザーに見えてしまう瞬間が訪れるわけです。

和田永

一方でデジタルツールへの興味というのはあまりないのですか?

そんなことはありません。もともと自然科学の方に興味があったので、現実の物理現象と密接に関わっているアナログの機材にはスゴく興味がありますが、一方でコンピュータでプログラムを書いたりもしています。デジタルとアナログを組み合わせることでできることも多いんです。「Open Reel Ensemble」は特にそうなのですが、コンピュータを使わないとできないことも多いです。土台はアナログですが、コンピュータを取り入れることで、今までとは違うものが生まれる。それぞれにしかできないことがあるので、両者を上手くドッキングさせた方が面白いなと思っています。頭のなかに浮かんだ光景を実現する上で、デジタルツールは欠かせなかったりもしますからね。

和田さんの作品は、技術的にクリアしなくてはいけない部分も多そうですよね。

本当にそうなんです。そこはものスゴく頭をひねって考えて、機材をいじくり倒してという感じです。やはり、楽器として使えるかどうか、いかにバリエーション豊かに演奏できるか、音による高揚感を作れるか、というような部分はかなり重要視しています。「Braun Tube Jazz Band」も何度諦めかけたことか(笑)。でも、ある時に自分の身体自体を使うことを見つけることができた。その後もだいぶ苦労は重ねたのですが(笑)。オープンリールは今でも機材には苦労してます。そしてまだまだやりたいことが山ほどあって、仲間とともに制作の日々です。

和田永

楽器自体を作品とするのではなく、ライブパフォーマンスとして提示していることもポイントですよね。

インスタレーションでお客さんに触ってもらうというのもアリですが、いつも演奏が繰り広げられている光景が浮かぶので、それをカタチにするにはパフォーマンスになるんです。以前から自分がバンドをやっていたので、その延長として考えている部分もあります。「Open Reel Ensemble」には、今まで一緒にバンドをやっていた楽器隊が入っています。これからは、既存の楽器と自分の考えた楽器や演奏法が隔たりなく混ざり合った音楽ライブなんかもやりたいと思っています。

パフォーマンスにすることで、間口も広がりますよね。

仕組みがわからなくても楽しめるというのはあると思います。例えば、「Braun Tube Jazz Band」は、モニターに映し出されている光と身体を使った演奏方法、奏でられる音に明確な関連があるので、見る側も直感的に楽しめるし、そこにサイエンスを感じることもできる。そういう仕組みが、ブラックボックスの中で成立しているのではなく、みんなの目に見えるということも大きいと思っています。

和田永

和田さんのパフォーマンスは、世代によって受け止め方がだいぶ変わるような気がします。

やっぱり育った時代や文脈によって変わってきますよね。上の世代の方であれば、ノスタルジーを感じる人もいると思います。学術的に考えてくれる人や、仕組みに驚く人、純粋にパフォーマンスや楽しんでくれる人もいます。でも、社会の仕組みや捉え方によってモノの価値がまるっきり変わってしまう、そういう道具と価値の関係というテーマをなんとなく感じてもらえたらなと思っています。そして音楽としてもより楽しんで頂けるよう、今後とも精進致します。

最後に、今後の展開などについて教えてください。

「Open Reel Ensemble」と「Braun Tube Jazz Band」ともまだまだやりたいことが山ほどあり、頭の中は混沌としています。その他にも、それなりに気になっている道具や機材があるので、そこからまた何か浮かんできたら新しいプロジェクトも始めようと思っています。いつか色んな機材や楽器を使って、大きなステージでコンサートと舞台を合わせたようなものができたら面白いなと構想を練ってます!

和田永

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