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HIRAKU SUZUKI | 鈴木ヒラク|Artist

路上に転がるありふれた素材を用いて、独自のドローイング作品を制作してきた鈴木ヒラク。彼は、日常にある異次元への扉を、様々なアプローチでこじ開け、そこにある「未来的な何か」を発掘するためにアクションを続けているアーティストだ。先日、1000点に及ぶドローイングを収めた文庫本サイズの作品集『GENGA』をリリースし、さらに現在森美術館で開催されている「六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?」でも新作を展示中の彼に話を聞いた。

Text:原田優輝

物づくりを始めたきっかけを教えてください。

もともと3,4歳くらいの頃から、絵を描くのは好きでした。親父が建築の設計をやっていたので、家に図面の裏紙がいっぱいあったんですよ。真っ白い画用紙より、裏側に建築の設計図が少し透けて見えるような紙に描くのが楽しかったんです。そういえば、昨年、金沢21世紀美術館で展示をする前に、実家の屋根裏を色々掘り返す機会があって。その時に小学校6年の自由研究なんかも出てきたんですが、これが「世界の謎」っていうタイトルで、紙を貼り合わせて作った大きな紙の上に、マヤ文明とかモアイのこととかをスゴい勢いで調べて、挿絵を描いて、びっしり埋めていました。ナスカの地上絵を模写したり。最後に、「謎は解き明かしてしまったら謎ではなくなってしまう。僕たちも、好奇心にあふれた子孫のために、何かを残せるように努力したいと思う」って書いてありましたね(笑)。

謎を解き明かすのではなく、「残す」というのは、小学生にしては変わった考え方ですね(笑)。

(笑)。あと、低学年の頃は、家が多摩丘陵にあったこともあり、周りに縄文土器の発掘スポットが結構あって、学校の帰り道に空き地で土器を拾ったり、コインとか色々わけがわからないモノを発見してウットリしていました。本気で考古学者になりたいと思っていたし。でもそのうち自分が空き地に木の彫り物とかを埋めて、ちょっと目印を付けて、地図を描き、それをみんながロールプレイングゲームのように発掘しに行くという宝探しゲームのようなことも始めて、それはけっこう好評でした(笑)。

鈴木ヒラク

そうした遊びはどんなところが楽しかったのですか?

今思えばですけど、単に土器とか古いモノに限らず、何かしらの違和感があるモノを通して、日常に隠れている別のレイヤーを見つける瞬間の、なんというか謎に触れているような、静かな興奮があったと思うんですよね。別の時空に想像がバーッと広がっていく快感というか。だから最初は古いモノから入って、少しずつ自分で小さな謎を作るという遊びも試していったという感じですね。

そのような遊びと、絵を描いたり、何かを作るということは、当時からつながっていたのですか?

いろんなことに区別がなかったと思います。でも、そもそも考古学って画家の仕事だったんですよね。19世紀に入るまでは、何か骨が出てきたら、それをもとに博物館から依頼されたアーティストが、想像で恐竜のカタチを作ったりしていた。それは絶対に面白かったと思いますよ。いまでは、古生物学も年代を特定する科学技術も発達してはいますが、それもやっぱり化石が出てきた地層に左右されるし、確実というわけではないんです。人類史も含めて、遠い過去に想像力を介入させる余地は、いまだに無限に広がっているんですよね。

そのあたりがヒラクさんの創作活動のルーツになっていそうですね。

ルーツのひとつだと思いますね。その後、中学生から、高校の途中で本格的に音楽をやり出すまでは、陸上部でずっと横浜の公園を走っていました。僕が好きだったのはクロスカントリーというトレーニング方法で、林の中とかを走るんです。木の根っこをまたいだり、坂道を勝手に走っていくと、その場所の地形をダイレクトに感じることができる。例えば、石器時代から地形が変わっていないような坂とかを走っていると、その時代に生きていた人達の目線と重なれるというか、風景の細部が目に入ってくるのが気持ちよかったんです。他にも、東京の地質調査のバイトをやっていて、「スウェーデン式」という専門の機械で東京中に10mの穴を掘りまくっていた時期もありました。江東区の土は柔らかいとか、山側は硬いとか、ここの地下水の水位はだいたい何メートルか、とかだんだん分かってきて面白かったですね(笑)。今考えてみると、昔から追い求めていることがほとんど変わっていなくて、笑っちゃうんですよ。

鈴木ヒラク

ヒラクさんの作品には、土を使ったライブペインティングや、マンホールや葉脈をモチーフにしたものなど、さまざまなシリーズがありますね。

油絵具とキャンバスは使っていないし、自分では、すべてドローイングだと捉えてやっています。ドローイングって一言で言うと、「刻む」ことだと思うんですよ。どんどん時間と空間にレイヤーを塗り重ねていくのがペインティングだとしたら、その逆で、そこに痕跡を刻んでいく作業というか。ドローイングの起源を掘り下げると、文字とか記号の発生と重なってくるところがあるんです。例えば、その辺に転がっているような石に月の満ち欠けの周期を刻んだ29本の線が文字の始まりだという説が好きで。その線は、カタチの変化を記号として記録して、それがさらにループを繰り返す未来の時間も指し示している。こういう原始の記号をドローイングと捉えると、その範囲が、既存の言語の枠を突き抜けて、一気に広がるんです。例えば、星座も、レコードの溝も、道路の白線も、けもの道だってドローイングだと言える。それらは時間と空間に刻まれたシグナルであって、文字のように何かを指し示しているってことなんです。そういう意味では、僕はドローイングのど真ん中で、その辺に転がっているようなモノや身の回りのモノを使って、ただ描くっていう行為に集中できればいいと思っています。

それは、先日リリースしたドローイング集『GENGA』にもつながっているんですよね。

そうですね。2004年から、A4のコピー用紙を半分に折って、中心に折り目をつけてからマーカーでドローイングをした記号のような絵を描きためていました。世界中どこに行っても紙とマーカーは手に入るし、ずっとただ描いていましたね。それが600枚を超えたくらいの時に、紙の束がスゴい厚さになっていることに気づいて。それで、「言語と銀河のあいだ」という意味で『GENGA』(原画)と名付けました。言葉遊びというか、ラップのようなタイトルなんですが。そして、ふとこれは文庫本にしたいと思ったんです。今まで見たことがない辞書のような本になるんじゃないか、と。結局、河出書房の文庫本として、アニエス・ベーさんの協力の下で出版することができたのですが、自分の想像をギリギリ超えたところで「これでしか有り得なかった」というカタチの本になったと思うし、これはもう作品集というより、作品そのものですね。

鈴木ヒラク

1000点に及ぶ膨大なドローイングが収録されていますね。

描いた順番ではなく、スキャンした順番に収録していきました。そのスキャンした順番が作品名で、本のページ数にもなっています。スキャンする瞬間は興奮します。ピグミー族の音楽をかけたりして、全裸で踊りながらスキャンしていた時期もありますね(笑)。グレースケールでスキャンすると、マーカーや紙や汚れなんかの物質がパキっとデータ化されて、データ容量とか番号がポンッて表示されるじゃないですか。その時点で、作品にサイズ感がなくなるんですよ。文字や記号というのもサイズがない、0と1の世界ですよね。だから、別の世界の言語を作ってしまったような、新しい回路を開通させてしまったような感覚があるんです。

鈴木ヒラク

それはある意味、創造主になったような感覚なんでしょうか?

それとはちょっと違うんですよね。キング・タビーになったような感覚はあるかもしれないですが。例えば、電車に乗っていて、遠くに変な給水塔が一瞬見えたとか、写真では撮れないくらいの瞬間の残像をもとに描いていったりすると、描いているうちに、もとの給水塔とは別のものになっていって、そこに新しい発見や驚きを感じられたりもするんです。その「ズレ」が、ダブだなぁって思うんですよ。記憶のダブであり、視覚のダブ。もともとそこにあったものはすでになくなっていて、暗示だけが残るというか。アーサー・ラッセルの『ワールド・オブ・エコー』というアルバムがあるんですが、そういう、エコーだけでつくられたもうひとつ別の世界というのが、あまりにも見慣れた日常の空間のすぐ隣りに現れるから、面白いんだと思います。

ヒラクさんの作品から感じられる「どこかで見たことがあるようで、どこにもない」という感覚は、そういうところから生まれているのかもしれないですね。

そう言っていただけると、なんというか素直にうれしいです(笑)。特に『GENGA』では、数学の本に載っていた読めない数式とか、夢に出てきたカタチ、街中で目にしたゴミや、海辺の風景、ネット上の画像などを区別しないでイメージソースにしていました。あと、視覚だけではなくて、触覚や聴覚のイメージも入っています。とにかく、もとのイメージを「区別しない」ということ、それで結果的に描かれた痕跡の方に「これでしかない」という感覚が得られるかどうかが基準でした。『GENGA』で一番重要なのは、描かれた図像1000枚それぞれが全部違っていて、まったく似ていないということです。

このようなドローイング作品は、記号性がかなり高いものだと思いますが、ご自身の感情が作品に反映されることはあまりないのですか?

それは分からないですね。制作中は、自分の内と外との境界線上に何かのカタチを見つけていく作業なので、感情も含め、こちら側の内面を表そうとはしていないです。ただ、それをやるモチベーションの部分にはあらゆる感情が関係していると思います。

鈴木ヒラク

森美術館で開催中の「六本木クロッシング2010」展で展示している作品についても教えてください。

よく道端で目にするリフレクター(反射板)を使って描いた壁画です。様々なサイズのリフレクターを集めて、触って、並べたりしながら、新しいカタチが現れてくる瞬間を立体的に確かめながらドローイングを進めていきました。使っているものがマーカーなのか、リフレクターなのか、アスファルトなのかという違いだけで、やっていることはいつもと同じです。でも、今回は床に傾斜をつけたり、体験する空間ということは意識しました。静止しているんだけど、じっと見ていると高速で移動しているような知覚体験ができないかと。本当は南米の山奥とかにこれがあったら一番ビックリするだろうと思うんですけどね(笑)。

リフレクターを使うことにした理由は?

ひとつのきっかけになったのは、メキシコの田舎町で、深夜にタクシーで空港に向かっていた時なんです。街灯がない真っ暗な道路を、ガードレールに付いているリフレクターの反射光だけを信号として、スゴいスピードで走っていて、まるでディズニーランドのスペースマウンテンに乗っているような気分になったんですよ(笑)。北海道の知床なんかでも同じような体験をしましたね。光のダブというか、リフレクターが闇に光る目のように見えて、自分の眼球の奥にある反射板と光をエコーし合っているような状態です。目の残像が連続して残っていくというか。そのときは道路にたくさんの目があって、未知の生命体が無数に蠢いているように感じられたんです。だから、この作品にも、生物の骨のような形があったり、実は色々なディテールがあります。

鈴木ヒラク

アスファルトやマンホールなど、道路にある素材が作品に使われることが多いですね。

もともと道路が好きで、移動中に気にとまった断片的な事象をもとに制作することが多いので、必然的にそうなっているんだと思います。ただ、それはあくまでもきっかけにすぎなくて、実際に素材を触りながら、どんどん触発されて奥に進んでいくというところが一番面白いんです。それはどの作品にも共通しています。自分と素材のスリリングな関係をちゃんと結んで、そこから新しい線とカタチが生まれたときに、自分でもこれは何なんだろうと見入ってしまうんです。

そうして生まれた作品を通して、見る人とコミュニケーションを図るという意識はどの程度あるのですか?

例えば『GENGA』をブラジル人が見て、「このカタチは聴診器にも見えるけど、イスラム教の女の人にも見えるね!」とか言ってくれたりするんです。そういう風に、自分の作品を何かに見立てて、遊んでくれるのもうれしいですね。同時に色んなことを思い起こさせられたらいいと思うし、どんな文化圏の人が作品を見るかを想定して何かを提示しているわけではないので、それぞれ好きに楽しんでもらえるのが一番いいと思います。自分としては、とにかく作りながらどんどん堀り進んでいくだけですね。

鈴木ヒラク

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