
Gaspar Noe | ギャスパー・ノエ | Film Director
『カルネ』『カノン』『アレックス』と、一作ごとに賛否両論を巻き起こす映像作家、ギャスパー・ノエが、去る3月に来日した。目的は、最新作『エンター・ザ・ボイド』を、フランス映画祭で上映するため。2007年から2009年にかけて何度も来日し、この作品を東京で撮影したノエ監督にとっては、待ちに待った日本での上映である。キャストやスタッフ、関係者と再会し、毎晩のように飲み歩いているノエを30分という短い時間ではあるが、キャッチすることに成功した。
Text:須永貴子
『エンター・ザ・ボイド』は、東京で不慮の死を遂げた青年オスカーの魂が、愛する妹リンダを心配し、夜の街を彷徨います。そしてラストには、オスカーはリンダの子供として生まれ変わる。私はこれを輪廻転生の物語だと解釈しましたが、監督の意図はそうではないらしいですね。そもそも、最後の出産シーンはリンダでもオスカーでもないとか。
これは輪廻転生の物語ではありません。『チベット死者の書』という輪廻転生に関する書物を読んだ青年が、死後、魂となって彷徨うスピリチュアルな心の旅を、物語として描きたかったのです。そのアイデアが浮かんだきっかけは、私自身が『チベット死者の書』や、アメリカの医学博士で心理学者のレイモンド・A・ムーディ・Jr.の『Life after Life』(日本では『かいま見た死後の世界』他いくつかのタイトルで発行)を読んだことに起因します。脚本は15年前に着手し、何度も描き直し続けました。
映画の舞台を東京にした理由は?
私が現在拠点を置くフランス、ひいてはヨーロッパは、キリスト教の影響が強く、精神的な世界や死後の世界、輪廻転生の観念をうまく受け入れ、消化する土壌がありません。この物語は、テクノロジーと娯楽が共存する、徹底的に人工的な街を舞台にしたかった。精神的な世界と、人工的なマテリアルを対比させたかったのです。そこで検討したのは、私が世界でもっとも美しいと思っている街、ニューヨーク、ラスベガス、そして東京でした。ニューヨークは30〜40年代に建てられた建物が多く、新しさという意味では魅力に欠ける。組合も強く、長時間労働ができないことも懸念事項でした。ラスベガスはマフィアの支配もあり、野外での夜間撮影は危険過ぎるため、断念せざるを得ませんでした。東京は、世界で最も発光する希有な都市。ピンボールマシンのように常に騒音に包まれ、光が瞬いていて、そのネオンに無数の小さい虫が引き寄せられていく。オスカーが辿る心の旅を受け入れることができる、精神性と最新性が共存している。そして、治安も良いですし、組合もなく、結果的に非常に撮影がしやすい街でもありました。

『エンター・ザ・ボイド』より。
その東京の中で、歌舞伎町を物語の舞台にしたことにも驚きました。危険はなかったですか?
電脳都市という意味で秋葉原という選択肢もあったのですが、歌舞伎町に良い感じのアパートが見つかりましたし、裏通りも「撮りたい」と思わせる場所が多かったので、歌舞伎町にしました。「何時にここで撮影する」ということさえ決めて、許可を取っておけば、危険なことはなかったです。守るべきルールさえ守れば大丈夫でした。
オスカーは死後、自分の人生を振り返ります。その際、彼の視点(カメラ)は、自分自身の後頭部を常に捉え続けています。
もしも自分がオスカーで、死後、過去を思い出すとしたらどうだろう? と考えました。すると、自分の背後に陰のように寄り添うイメージがありました。夢の中で過去を思い出すときの感覚にも近い。23歳の頃に観た『湖中の女』(ロバート・モンゴメリー監督)の影響もあります。この映画は常に主人公の視点から撮られていて、私はカメラ越しに観るフィリップ・マーロウの後頭部に夢中になりました。数年後、『ストレンジ・デイズ』(キャサリン・ビグロー監督)の冒頭シーンを観て、登場人物の目を通して映画を撮るというテクニックが、大変美しい撮影技法であることを再確認しました。そんなことから、この作品では、背中にカメラがついて回る撮影方法を採用しました。僕がカメラを持って、いつもオスカー役のナサニエル(・ブラウン)の後ろについて回っていました。ナサニエルはプロの俳優じゃなかったので、カメラを変に意識しないでいてくれたので、とても良かった。プロの俳優のようなナルシシズムが皆無でしたから。

『エンター・ザ・ボイド』より。
キャスティングについて教えてください。
東京で出会った人がほとんどです。経済的ですしね。ただし、オスカー役のナサニエルと、妹リンダ役のパス・デ・ラ・ウエルタはニューヨークから連れてきました。ナサニエルは、ブルックリンのアメリカン・アパレルでTシャツを売っていて、ミュージック・ビデオを監督することが夢という青年です。撮影の一週間前に出会って、「東京で映画を撮るんだけど、主役をやってみないか?」と誘ったら、OKして東京に来てくれた。その友人アレックスを演じたシリル(・ロイ)は、東京のバーで働いていて、『カノン』を観て以来僕のファンだと言ってきた。「じゃあ、ちょっと出てみる?」と言ってみたら、「とんでもない!」と断られたけれど、試しにカメラテストをしてみたらとても良かったから、出てもらいました。プロの俳優ではない人へのサプライズが、私は大好きなんです。
監督は、「アレックス」という名前に思い入れがあるんですか?
思い入れはないけれど、宗教色がなくて、無国籍な名前なので、使いやすいとは思っています。そして私の親友の名前でもあります。

『エンター・ザ・ボイド』より。
この映画は、アメリカ人の兄妹の物語を東京を舞台に描いています。監督の拠点であるフランスの要素がほとんど出て来ないのは何故ですか?
アンデルセンのおとぎ話のように、どこの国にも当てはまるようで、どこにも当てはまらない、そんな映画にしたかったからです。シナリオを書く段階でも、国は特定せずに書きました。だから自然と、フランス的な要素も排除されていっただけだと思います。
ドラッグによるトリップ感覚を描写した映像や、中絶のシーン、亀頭から精液が発射されるシーンなど、とても衝撃的な映像がスキャンダラスに取りざたされています。ご自身はそれをどう受け止めていますか?
ある批評家が私の作品を、「恐怖や暴力が描かれていたかと思えば、非常に感傷的な描写もあって、起伏が激しく、まるでローラーコースターのようだ」と表現していました。私としては、観客を楽しませるためにそういう要素を使っているのではなく、真面目に、自分の一部を表現しているのです。だからこの『エンター・ザ・ボイド』で精液を捉えるシーンを笑う観客を目にして、私としては人間の深層に触れる神話的なシーンのつもりで撮ったので、とまどってしまいました。確かに、私の映画にはショッキングなシーンがたくさん含まれています。『エンター・ザ・ボイド』だけでなく、すべての作品を思い返してみると、私には一貫したオブセッション(妄想)が取り憑いていて、それをそれぞれの映画において、表現していると思いますし、表現する必要があるのです。
Information
『エンター・ザ・ボイド』は、5月15日よりシネマスクエアとうきゅうほかにて公開。

『エンター・ザ・ボイド』より。














