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KENSHU SHINTSUBO | 新津保建秀 | Photographer

今年3月、複雑系科学研究者の池上高志氏とともにFOIL GALLERYで開催した展覧会「Rugged Timescape」で、誰も目にしたことのない新たな風景写真の概念を提示し、注目を集めた写真家・新津保建秀。ジャンルやメディアを自由に行き来し、被写体の背後にある変化や時の流れを、独自のフレーミングによって表出させ、新たなビジョンを見せてくれる彼に、話を聞いた。

Text:原田優輝

物づくりに興味を持つようになったきっかけを教えてください。

小学校1年生の終わりに、都心からかなり離れた東京の片田舎の五日市町(現あきる野市)に引っ越しました。そこには6年生のはじめまでいたのですが、往復1時間半をかけて歩いた登下校の時に目にした四季の移り変わりの中の光と木々の音の変化がとても強く心に残っていて、10代の終わりくらいから自然の音を録ったりするようになったんです。

映像もやられていたそうですね。

始めの頃はメディアを限定せず、実験的にいろいろと試していました。8mmカメラと写真機を手にしたとき、言いたいことがかなり自在に伝えられる実感があったので、さまざまな習作を作ることを始めました。

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写真を始めるようになったきっかけは?

写真を本格的に撮り始めたのは26歳の時です。きっかけは、ひとりのフランス人作家の友人と出会ったことです。この友人は、絵画史を踏まえた上で、インターネットが普及する前から様々なリサーチをネット上でやっていて、ロシア科学者とコンタクトを取ってディスカッションして作品にしたり、インターネットで様々なフリーウェアのプログラムを入手したりしていました。こうした非常にコアなことに精通している友人と過ごしながら、自分の取り組んでいた作業を再検証することができたのは大きかった気がします。

そこでの環境は、日本にいるときとはだいぶ違うものだったのですか?

この作家の個展に招待されてパリに長期滞在したとき、彼から表現とメディアの関係性、コラボレーションの有効性などについてスゴく影響を受けました。その友人が通っていたグルノーブルの大学での恩師の恋人がファッションエディターだったので、 滞在中は現代美術とモード誌の2つの異なる領域の人たちと会う機会に恵まれました。その友人や周辺の作家達は、自分が設定した主題を個々の専門領域での先行成果にいかに接続していくかということと、選択するメディアに対する意識が高かった気がします。写真は独学でしたが、その起点に際して、この友人から紹介された美術家やジャーナリスト、批評家との出会いと、東京から持っていったポートフォリオを介した対話の機会を得たことはとてもありがたかったです。

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これまでに影響を受けたものなどはありますか?

一概には言えませんが、様々なものから影響を受けています。その意味では、節目節目における友人との出会いには非常に恵まれていたと思います。何かを強いて挙げるとすると、高校生のときに祖父が大正期にライカで撮影した膨大な写真が詰まった箱が出てきたのですが、そのとき目にした光と時間の断片が定着されたかのような小さな紙片への驚きと、子供の時に見た日光写真に像が立ち上がって来るときの驚きが、今の関心事に繋がっているような気もします。また、ウィリアム・ギブスンの小説に、未来の地球でAI によって作られたコーネルのような作品があるのですが、ここで描かれる時間軸のスケールは好きですね。自分の場合は、一から何かを削り出していくのではなく、様々な断片を再構成していくという方法が合っているんだと思います。

新津保さんの場合は、それを写真を通してやっているということですか?

写真という視覚を起点にした表現フォームを用いながら矛盾しているのですが、自分はそこからもれてしまうものを紡いでいくことに興味があります。最初にやっていた作業では、光と音の断片を用いてそれらをすくいとろうしていたのかもしれません。

その辺りが新津保さんの写真の肝になっていそうですね。

写真を撮るということは、具体的な対象を撮っていても、実際はかなり抽象性の高い作業です。私たちの周囲に遍在しているけど気づかないものになんらかのフレームを設定することで、個人や社会が無意識に見ているものを立ち上げる、あるいは消去していくことで何かを暗示する、ということが写真を撮るという作業なのかなと思います。

先日FOIL GALLERYで展示された「Rugged Timescape」について教えてください。

今の話ともつながるのですが、概念的なことにしろ、技術的なことにしろ、あるフレームを設定することでこれまで見過ごしていたことや、忘れていたものが パッと立ち上がる瞬間があります。この作品では写真においていわゆる「何が映っているか」ということに留まらない抽象性が主題になっています。
昨年の春から池上高志さんと写真や映像のことでよく話をしていたことがあって、ここでのディスカッションがスゴく良い形で結実したと思います。このきっかけとしてあったのは、音楽家の渋谷慶一郎さんが主宰するATAKレーベルです。ここのデザインはセミトラの田中さんがやっているのですが、僕は2007年ごろからこのレーベルの写真を手掛ける機会が増え、そのような交流のなかで池上さんとよく話をするようになりました。昨年末に始まった相対性理論と渋谷さんによる『アワーミュージック』のプロジェクトで池上さんと一緒に行った作業が、今回の作品につながりました。今回の展示においては渋谷さんとevalaさんによるサウンドインスタレーションも発表されたのですが、僕も含めここでのチームは、同時期に発表された池上さんの山口情報芸術センター(YCAM)での新作インスタレーション『MTM [Mind Time Machine] 』での共同作業につながっています。

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この展示では、新津保さんが撮影した写真を複雑系のプログラミングに通しているそうですが、それによってどのような変化が起こるのですか?

写真が自動変換され、同一のイメージから膨大な画像のヴァリエーションが再帰的に生まれるのですが、その再帰性が破れたときに非常に美しいパターンが見られるのです。僕らはこの作品で、今回FOILより出版された作品集におけるテキストで池上さんが的確に書いてくれたように、『一枚の写真が持ちうる時間関係、 因果 関係、並列性、可能世界、そうしたものを明示的にすることで光学的無意識そのものに言及すること』を試みています。これはPhotoshopで写真を加工していくプロセスとは根本的に異なります。

プログラミングを用いた作品は以前にも制作していますよね。

2009年に制作した「Binaural-Scape 1.03」という作品では、ネットワーク上の膨大な情報での流動をある種の自然環境と捉え、それらを支持体に風景写真とサウンドスケープを立ち上げる試みを行っています。ここでは、基幹となるプログラムをイメージソース清水幹太さんに、音響と映像のジェネレートをサウンドアーティストのevalaさんにお願いしました。この時の試みは、今回池上さんと作業するにあたって、非常に有効に作用しました。

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これらの作品は、写真家にとってメインのアクションだと思われるシャッターを切るという行為がそれほど重要視されていないようにすら感じます。

先ほどお話したように、写真の最大の特性とは、ある構造、つまりフレームを介することで私たちの世界に遍在しながらもそれまで見えていなかったものを顕現させるというところにあると思います。写真家にとってシャッターを切るという行為は、フレームをどのように設定して、私たちの生活世界を取り囲む世界の中から何を選ぶかということだと思うんです。そのフレームの概念をなるべく広げて考えたいし、そうしたときに見えてくるものがあるんじゃないかなと。狭義の「カメラ」や、「私」という主体性に依拠しないでイメージを立ち上げることができればと考え、作品を制作しています。

いま新津保さんが興味を持っているものや、今後やってみたいことなどがあれば教えてください。

ここ数年取り組んでいる風景に関するいくつかの作品があるのですが、これは個人としてのものと、今回のように共同プロジェクトとしての形でまとめられることになります。

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