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YU IRIE | 入江悠 | Film Director

5月23日、入江悠のブログにアップされた「なぜか東京を去る理由」と題した日記。そこに綴られていたのは、自主映画『SRサイタマノラッパー』が予想以上に評価され、シリーズ第2作『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』の公開を間近に控えるタイミングで、経済的理由により実家に戻ることになった経緯の自己分析。その今まで誰も語らなかった内容は、Twitterでアッという間に拡散し、大きな反響を呼んだ。そこで、『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』のプロモーションのために実家のある埼玉県深谷市と東京を行き来する入江監督をキャッチ。日記について、『SR』シリーズについて、創作への姿勢について、話を聞いた。

Text:須永貴子


「なぜか東京を去る理由」と題した日記を書いたときの心境を教えてください。日記には「備忘録」とありますが、かなりの波紋を呼びましたね。

1日100人くらいしか読まないブログだったので、こんなに反響があるとは……。『SRサイタマノラッパー』(以降『SR』)と『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』(『SR2』)が、自主映画としてある種の成功事例のように受け取られてしまったけれど、その「見え方」が僕自身の「内情」とあまりにかけ離れてきたので、「実際はそれなりに厳しいよ」と言っておくべきだと思ったんです。僕の状況を理想と勘違いするのは、自主映画の作り手にとっては危険なことですから。

入江さんはもともと日大芸術学部出身で、数々の自主映画を撮ってきました。「もうこれが最後かもしれない」という気持ちで撮った『SR』が「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で評価され、その助成金で『SR2』を撮りました。それは決して「成功事例」ではないということですね。

助成金と製作委員会のおかげで製作費とスタッフが『SR』よりは増えたけれど、『SR2』での待遇面はそれほど飛躍的には向上していません。ほとんどの自主映画の製作費が安く済むのは人件費を払っていないからなんですが、『SR2』もまだ十分に払えていません。映画が作れるのはありがたいですが、単純な「成功事例」ではないですよね。

日記では、「この“狂った”日本の映画状況を変えたいと思っています」とありますが、その方法については模索中という印象を受けました。入江さんにとって、監督として映画を作るうえで、どんな状況が理想的ですか?

海外だと一本撮って、それがそれなりにヒットすると2、3年は撮らなくても大丈夫だったりしますよね。でも、日本ではそんな監督に会ったことない。少なくとも僕の周りでは、監督に限らず、経済的にはほとんど誰も幸せな顔をしてないんです。

入江悠

押井守監督は自著『勝つために戦え』で「撮り続けることが勝利だ」と発言していますがどう思いますか?

僕もその本は読みましたし、たしかにそれはひとつの成功かもしれないですね。ただ、撮り続けることができても、「それ、本当に撮りたかったの?」という作品はできる限りない方が幸せですよね。「これを撮りたい!」というわき出るものがない状態で次を撮ると、どうしても薄いものになりますから。ジェームズ・キャメロンほどスパンを空けないにしても、自分が撮りたいものを、ちゃんと練って、準備してから撮り続けられたら一番良いんですけど……。

ヤン・イクチュン監督(『息もできない』)は、「しばらく休みたい。恋がしたい」と言ってました(笑)。

アハハ(笑)。あの人はそれでいいと思います。自分の存在を賭けて撮っている人だから。日本でも、それで生活できたらいいんですけどね。

それができている日本人監督は?

どうですかねぇ。山田洋次監督とか、制作のスパン的にはある意味理想かもしれないです。三池(崇史)監督みたいにあれだけの本数を撮り続けられるのもスゴイと思いますけど、最近『ゼブラーマン2』を観て「大変だな……」と(笑)。

SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム

入江さんは『サイタマノラッパー』を「寅さん」のようなシリーズにしたい、と発言していますよね。冗談半分かと思っていましたが、あながち冗談だけじゃない。

撮れたらいいなと思いますけど、現状、完全に夢物語です。『SR』から『SR2』で製作の体制が変わった段階で、予算が倍になってはいるけれど、経済的にかなりしんどいことが増えてるんです。だから東京を離れたわけで。多分、何かを変えないといけないんですけど……。寅さんの『男はつらいよ』シリーズは、松竹という大きな柱が立っているからできるわけで。『SR』シリーズも続けたいなら、ある程度は商業映画という大きな枠のなかでやらないと、もたないでしょうね。

『SR』シリーズは、入江監督が自分自身を吐き出した「負け犬映画」であることが、ラップ/ヒップホップという音楽のフォーマットと合致して、多くの共感を呼びました。もしも入江さんが監督として潤って「勝者」になった場合、負け犬映画を撮るスピリットを失ってしまう怖れはないですか?

アハハハハ(笑)。勝者になることはないですよ。たまたま昨日、ある先輩監督とメシを食ったんです。2009年に公開された監督デビュー作がものスゴくヒットした人なんですけど、まったく裕福になっていなかった。一本撮っただけじゃ状況は変わらないんですよね。だからといって、三池監督みたいに多忙になっても相当ストレスが溜まると思うんです。だから幸か不幸か、そういうスピリットはいずれにせよなくならないと思います。

SR サイタマノラッパー

私の周りだけですが、男性は『SR1』が、女性は『SR2』が好き、というハッキリとした反応があります。男性監督が女性ラッパーを主人公にして、女性の共感を呼べるのってスゴイことですよね。

それはうれしいことですね。『SR2』の脚本はものスゴく悩みました。男兄弟で男子校出身なので、中途半端に女の子のことをわかった気になって書かないようにしようと思ったので、女性ファッション誌や「an・an」的な雑誌を買ってリサーチしました(笑)。でも最終的には、そういう表面的なことじゃなくて、人間としての僕の悩みや問題を彼女たちに託しているので、男だから、女だからという線引きはナシにしました。ラップの詞に関しても、ラップ監修の上鈴木兄弟と「そうは言わないよね」みたいなやりとりは、撮影直前まで粘ってやっていました。観ていただいて「女の子はそんなこと悩まないよ」「そんな言い方しないよ」と言われたら、「すいません」と言うしかないんですけど。

いや、スゴく鋭かったです。男子ラッパーIKKUが女子ラッパーに向けて言い放つ「男が変わると音楽の趣味が変わる」という詞は、女の私が女に対して常々思っていたことが代弁されて溜飲が下がりました。

アハハハハ(笑)。身近に女の子がいない分、遠くから見ていた“女の子観”が出ているのかもしれない。まあでも、そういうことって、勘づく人はうすうす勘づいてますよね。そこをあえて言っていこうという姿勢で脚本は書きました。

脚本を書くことへのこだわりは?

今までは脚本を書いてくれる人がいなかったから自分で書いてきただけなので、監督専業でやっても全然いいと思います。ただ、脚本を書く作業は、自分にとって重要ではあります。さっきの話で言えば「女の子ってなんだろう」ということについても書くことで掘り下げられるし、発見がある。もしかしたら、ただ「撮る」だけよりも重要かもしれません。

SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム

そもそも、入江さんが映画監督を目指した経緯を教えてください。

たしか高2か高3の頃、進路を考えたときに、「サラリーマンになりたくないな」と思ったんですね。モノを作るのがわりと好きだったので、文章を書いたり絵を描いたりできたらいいなって。映画も好きでずっと観ていて、いつしか映画監督という職業があるということを知り、四年制大学を卒業したら映画監督を目指そうかなと考えました。それが浪人することになっちゃって、引きこもって映画ばかり観ていた時期に日芸の存在を知って、翌年進学したんです。

どういう映画が好きでした?

もともとは、スピルバーグやキャメロンといったハリウッド映画で育って、高校時代や浪人時代は、深作欣二岡本喜八、寅さんといった日本の古い映画を観てました。

日芸では、どんなことを学びましたか?

1、2年の頃は、ほとんど授業に出ませんでした。青春を謳歌してるあの感じに馴染めなくて(笑)。でも、3、4年生になると映画を作る授業が増えるので、それだけは出席してました。フィルムで撮れたことも、なかなか貴重な体験でしたね。卒業してからも脚本を書いたり、仲間内で撮ったり。どれも秀作みたいなものでしたけど、そうすることでどんどん絞り込めてきたんです。映画監督になろうと思い始めた頃は、スゴく夢が広がって、やれることが無限にある気がしていた。それが、自主映画を撮ることで、やれることとやりたいことがかみ合ってきたんだと思います。

SR サイタマノラッパー

それが『SR』だったわけですね。入江監督の作品は「自分自身」を投げ入れているのに、「オレがオレが」感がない。だから多くの人に間口が開かれた、エンターテインメントになっている。そのバランスが面白いなと思います。

僕は裏方志向なので、作品だけがそこにあってくれればいいんです。最近特に、作品の裏に作者が透けて見えたりするけれど、それは僕の理想ではない。「誰が作ってるかわからないけれど面白そうだから観てみよう」「誰が作ってるか知らないけど、面白かった」と、自分から作品が切り離されて一人歩きしてくれるのが理想。僕に対する評価ではなくて、作品に対する評価さえしてもらえれば、僕はそれを遠くから眺めて満足できるんです。海外の映画祭では、僕のバックグラウンドなんて知らなくてもお客さんが楽しんでくれました。モントリオールの場合は、トロントやアメリカへの距離に置き換えて観てくれたし、単純に日本の田舎で真剣にラップする人たちを面白がってくれた。作品を純粋に観てくれたことが嬉しかったですね。

職人志向なんですかね。エゴはありませんか?

自分個人のエゴはないけれど、作品にはありますよ。

有名監督になりたい欲求とか。

ないですねぇ。名前を変えて撮ってもいいと思うし。できれば、僕が取材を受けずに済んだらいいと思うくらい(笑)。たとえば韓国映画はタレントのネームバリューで宣伝しなくても、無名監督の作品が出来の良さで広まったりする。そういう風に、作品の力だけで広まる方法はないかなぁと考えてはいるんですけど……。

SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム

その点、『SR』は作品を良いと思った人たちによってヒットした、幸せな作品だと思います。『SR』がヒットしたのはなぜだと思いますか?

関わった人たちが作品に愛情をもって、献身的に頑張ったからだと思いますよ。とにかく観てもらわないと始まらないので、最初の上映のときはみんなでチケットを手売りしましたし。そして、観てくれた人がブログに書いてくれて、伝播したというのはあります。いま『SR2』でもキャスト・スタッフ一同でチケットを手売りしてますよ。

ライムスターの宇多丸さんが「ザ・シネマハスラー」で取り上げてくれたことも大きかったですか?

あれは大きかったですね。特に地方にこの映画が届いたのは、宇多丸さんのラジオの影響だと思います。いまだに地方はどこに行ってもアウェイです。東京に情報が偏ってるんだなと観じます。別の映画のプロデューサーが「1億円規模の映画でも地方には届かない」と言うくらい、地方はきついです。思ったよりもヒップホップがバカにされてるな、と感じたのも地方ですね。その悔しさは新作を作るバネになっています。

職人監督であるために、磨きたい技術はありますか?

もっとスタッフが多い現場で監督したいですね。今は、僕がプロデューサーや制作部を兼ねてもいるので、すべてを把握できてしまうんです。自分で発注しているので、その日のお弁当の中身まで(笑)。そうではない、プロフェッショナルな人たちが映画を作るために集まってきてくれるような、大きな規模で映画を撮ってみたいですね。と言いつつ、映画として最小規模の『SR』に立ち返れば、いつだって何でもできると思っています。

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