
YUSUKE ASAI | 淺井裕介 | Artist
マスキングテープを用いて絵を描き、展示終了後はそれらを丸めて「種」にしたり、「標本」としてスクラップブックに保存することができる作品「マスキングプラント」で、注目を集めたアーティスト淺井裕介。それ以後も泥や埃等のユニークな素材を用い、動物や植物などの生命力あふれるモチーフを生き生きと描き続けている彼の最新個展が、現在ARATANIURANOで開催中だ。絵を描くという行為に連なるすべての場所や時間を作品に落とし込もうとする淺井裕介の創作の源泉を探る。
Text:原田優輝
絵を描き始めたのはいつ頃からですか?
意識して描くようになったのは高校3年の頃からですが、小学生の時から遊びのひとつとして、教科書の端っこや机などに色々絵を描いていました。小学校の高学年くらいになると、自分の描いた絵を見せることを恥ずかしがったりする人も多くなるのですが、自分はそういうことは全然なくて、丸出しでしたね(笑)。ただ、特別絵がうまかったわけではなかったし、絵を描き続けていこうと意識していたわけでもなく、日常の中にある楽しい遊びのひとつという感覚でした。
本格的に絵を描くことを意識するようになったきっかけは?
高校2年生のときに、文化祭で壁画を描いてみないかという話が出たんです。最初は面倒くさくてイヤだったから断っていました。でも、その話をしてくれた先生に、壁画実行委員会というものがあるから、とりあえず一度顔を出してみなさいと言われ、渋々行ってみたんです。そしたら、そこにはその先生しかいなくて、見事に騙されたんです(笑)。それで、14枚もの大きなベニヤ板と大量のペンキを与えられて、壁画を描くことになったんです。当時ぼくは陶芸部というのに入っていて、壺とかを作っていたのですが、例えば大きな壺を作るとなると、焼く作業も入れてひとりではできない部分も結構多いんです。でも、絵を描き始めてみると、時間はかかりますが自分でコントロールできるし、すべてひとりでやれてしまうんですね。それがスゴく自由に感じられて、そこから真剣に絵を描くようになりました。
「泥絵・一本森(父の木)」(2009) Installation View at Fukuoka Art Triennale
その当時は、絵を描くことのほかに何か興味を持っていたことはありましたか?
音楽が好きだったので、コンビニなどのアルバイトで得たお金でCDを買ったりしていました。絵をやるようになってからは、バイト代の半分を画材、半分をCDなどに充てるという生活でしたね。ただ、音楽は自分で演奏することはなくて、聴くことで刺激を得るという感じでした。それを自分のなかで膨らませて絵を描くということもあったと思います。
本格的に絵を始めることで、淺井さんのなかで何か変化はありましたか?
それまでと大きく違ったのは、それを見る人のことを意識せざるを得ないということでした。文化祭のときの壁画は1ヶ月くらい時間をかけて描いたのですが、それを見てくれていた人たちが色々意見を言ってくれたりしたんです。それまでは日常の遊びの延長線上で絵を描いていたから、技術などにしてもそこまで考えたことがなかったのですが、その壁画以来、「絵ってなんだろう?」「いいものってなんだろう?」という根本的なことも考えるようになりました。自分のなかで、始まっちゃったなという感覚がありましたね。
「Masking Plant」(2007) Installation View at “標本展”
淺井さんの代表作のひとつである「マスキングプラント」はどのようにして生まれたのですか?
高校卒業後、別に大学に行かなくても絵は描けると思っていたので、進学はせずに自分で絵を続けようと思っていたんです。ただ、僕の家はそんなに大きくないし、絵を描く場所がなくて。それで、高校で絵を描けばいいんだと思い、卒業した次の日にまた学校に行ったんです(笑)。それ以来、高校で絵を描くようになったのですが、やっているうちにどんどん作品がたまってしまって、置き場がなくなってしまいました。それで、「(この場所だけでなく)他にもたくさんの人たちが、たくさんの物を作っているんだ。そしてこれからも物は作られ続けていくんだ」というようなことを考えるようになって、何か怖さのようなものを感じるようになりました。その頃には、美術の授業の助手のようなこともするようになっていたのですが、そういう仕事も含めて、絵を描くことがあまり楽しめなくなってきてしまったんです。結局、在学時も合わせると7年間も高校にいたのですが、いよいよもう出ないといけないというときに生まれたのが「マスキングプラント」だったんです。これならどこでゲリラ的に絵を描くことができるし、マスキングテープをはがせば、描いたものをまとめて持ち帰ったり、標本にしたりもできました。その時には目的が描く事そのものになっていたので、はがして捨てるという選択肢もあったのですが、始めから捨てることはなく、すべて何らかの形になってとってあります。
この「マスキングプラント」のほかにも、さまざまなアプローチの作品がありますが、それらの多くは、場所や環境との密接な関係性から生まれていますよね。
そうですね。以前、ヤノベケンジさんがディレクターをされた「取手アートプロジェクト2006」に参加したのですが、そのときに自分に与えられた展示場所は、汚水処理場の跡地だったんですね。最初はそこでも「マスキングプラント」をやりたいと思っていたのですが、実際に現場に行ってみると、壁にいっぱい土埃がついていて、それをひっかいてみたら絵が描けたんです。それがとてもキレイだったので、埃を削って絵を描くという作品を作りました。このときに、「その場所で自分ができること、やるべきことを探す」というやり方を確立することができたように思います。また、ここでは「マスキングプラント」も展示したのですが、「どこでもできて、そこに残らない表現の強度」というものも確認することもできました。
「Fu-ka Drawing」(2006) Installation View at “Toride Art Project 2008″
自分の作品を保存したいという欲求はあまりないのですか?
自分にとって、「絵を描くこと」と「残すこと」のどっちが大切かと考えると、どう考えても「描くこと」なんです。率先して自分の作品を捨てたいとか消したいとは思っていませんが、より描くことに真剣に向き合いたいんです。そして、それを見る人にも伝えられたらなと思っています。
たしかに、作品という”モノ”を残すことよりも、絵を描くという行為のなかに含まれる時間性や場所性を表現することへの欲求が、淺井さんの作品からは強く感じられます。
そういうものが結果として作品に出るといいなと思ってやっています。一言に絵を描くと言っても、時間や場所は毎秒変化していて、そういうものを真剣に感じながら描いていきたいんです。たとえば、今こうしてインタビューを受けているときにしか描けない絵もあるんじゃないかと思うんです。ご飯を食べながらとか、映画を見ながらとか、人と話しながらとか、色んな時に描いてないともったいない気がしてしまうんです。ちょっと病気みたいですけど(笑)。
「人 No.2~4」(2009) at “まいにち、アート!! 展” Photo:柳場 大
そうした日常の中で描かれる絵と、作品として展覧会などで発表するために描く絵では、意識は変わるものですか?
基本的には同じです。自分が移動した場所はすべてアトリエになる可能性があると思っているし、すべてが一直線上にないといけないと思うんです。アトリエにいるときだけ変に集中しすぎても、長続きしなかったりしますしね。ただ、自分のなかで目指しているものと、実際にできたものの落差にビックリすることは多いです。こうして絵を続けているうちに、少しずつ自由になってきて、色々な人にも見てもらえるようになってきたのですが、それでも自分が手に入れている自由はまだほんの少しなんだという気はします。例えば、今回のARATANIURANOでの個展の作品を作っているときも、頭で考えていることと、手を動かして描くという作業に、ズレが出てきてしまうときがあるんです。それは例えば、水中の深いところに自分がつかみたいものがあるのに、呼吸が乱れて一度水上に出てしまうような感覚に近いかもしれません。本当はそういう瞬間を作らずに一息で描きたいのですが……。
手を止めて考える時間を作りたくないということですか?
いえ、手を止めて考えることはとても大事だし、描いていないときは絵のことをたくさん考えていたいんですが、同じように手を動かしているときは考えを止めていないと、生まれてこないものがあるという話です。たとえ行き詰まったとしても、描き始めることで自分のイメージはどんどん裏切られていくし、頭の中で勝手に設定していた壁や限界を突破するには、結局描くことしかないと思ってやっています。
「泥絵・誰のためのお客さん、さて君は?」(2008) Installation View at “KITA!! Japanese Artists Meet Indonesia”
作品のモチーフには、動物や植物など生命力あふれるものが多いですね。
自分でも不思議なところはあるのですが、単純に描いていて気持ち良いのが動物や植物なんですよね。例えば、「マスキングプラント」をやっているときは、最初に木を10本くらい描くと、そこが森みたいになってくるので、そこに鳥を飛ばしたり、狼や人を登場させたくなるんです。そういう風に、人間も動物も植物も一本の線の延長で広がっていきます。今のところ、その延長線上に機械やビルなどが入っていないだけで、もしかすると今後は同じ軸のなかにそういうものも混ざってくるかもしれません。でも今は、動物や植物などの最低限のモチーフだけでも、無限に広げることができるんです。
最後に、今回のARATANIURANOでの個展について教えてください。
これまでに色々な場所に行って、滞在制作で壁画などを制作してきたのですが、その一方で、実はドローイングも大量に描いていたんです。今まではそれをしっかりした形で発表していなかったので、今回は滞在制作ではできないようなしっかりと時間をかけた平面作品を出します。その上で現地制作でしかできない空間構成を混ぜ合わせられないかと思っています。あと、アトリエをシェアしているメンバーの斉藤祐平さんとのユニット「聞き耳」名義で映像作品も作りました。ギャラリー内の小部屋を「聞き耳」の個展のような感じにして展示します。今年は、この「聞き耳」の方もがんばっていきたいなと思っています。

「植物と宴」(2010)Installation View at ARATANIURANO
Photo:木奥惠三
courtesy of the artist and ARATANIURANO
Information
淺井裕介氏の最新個展『植物と宴』は、ARATANIURANOで、9月4日まで開催中。











