
YUKI ONODERA | オノデラユキ | Photographer
ときには、謎めいている表現こそが物事の本質を突いてくることがある。いずれもミステリアスなプロセスから生まれるオノデラユキの写真作品は、「まだ見ぬ写真性」へと続く道を密やかに切り拓いてきた。東京の美術館とギャラリーで個展を同時開催するにあたり、活動拠点のパリから一時帰国した作家に話を聞いた。
Text:内田伸一
はじめに、子ども時代のことを教えてもらえますか?
写真のことで覚えているのは、父が趣味で撮っていたものを眺めていたのが最初でしょうね。整理されたアルバムよりも、そこに加えられなかった写真を詰め込んだお菓子箱に興味を抱くような子どもでした。家族写真や、誰が撮ったのかもわからないものなど、雑多で断片化されたあれこれが収められていた。それをときどき覗いて楽しんでいたのが、小学校のころの思い出です。家には写真機はもちろん、8mmのカメラや映写機、オープンリールのテープデッキなどもあって、表現や鑑賞のための機械に囲まれた暮らしだったとも思います。
ご自身が写真を撮り始めた経緯はどんなものだったのでしょう。
デザイナーとしてアパレルメーカーに一度勤めたのですが、自分にとっての表現手段はファッションではないと感じ始めました。それで、独学で写真を撮り始めて。最初はモノクロフィルムで街の風景などをストレートに撮っていましたが、やがて自分で抽象的なオブジェを作ってカラーフィルムで撮影したりと、だんだん抽象的な方向に興味が移っていきました。すると「だったら絵画でやればよいのでは?」と悩んだり、今度は具象的なものの撮影を試してみたり……。そういった紆余曲折がありましたね。
「第1回写真新世紀」(1991)優秀賞の『君が走っているのだ、僕はダンボの耳で君を待つ』は、そんな経緯の後に、独特のミステリアスな抽象性が結実したシリーズと言えるでしょうか。受賞後まもなく、現在も拠点とするフランスへと渡りますね。
移り住んですぐ、カルチャーショックを受けました。アーティストが生活する環境としては、例えばアトリエ、制作、展覧会実現のための数々の支援が充実していて、作家活動のためのインフラが整っていました。また、社会的な支援の面でも驚くほど豊かです。ただ、言葉はもちろん税務申告など実際的なことも全然異なるし、そこから来る考え方の違いも大きかった。徹底的な個人主義の国ですし、それに良くも悪くもルーズなところがあったり(笑)。日本とは大きく違います。そんな環境に自分を慣らす作業がまず必要でした。ただ、長く暮らしてわかったのは、そこに住んだからといって日本人の私が突然フランス人になるわけではないということ。さらに言えば、もう「日本で暮らす日本人」でもなくなった。その辺は前向きにとらえて、双方の「いいとこどり」ができればと思い、それを実践しています。


(左)「古着のポートレート No.2」(1994)、(右)「古着のポートレート No.8」(1994)
環境の変化は作品にもすぐ反映されましたか? 例えば『古着のポートレート』(1994-97)は、現地の代表的アーティストであるクリスチャン・ボルタンスキーの個展で使われた衣服をモチーフにし、ただし彼の作品とは異なる表現となっています。
そうですね。そのボルタンスキー展『Dispersion(離散)』(1993)では、無数の古着をうず高く積み上げたインスタレーションを展示していました。作品の背景には、大量死、歴史などのかなり重たいテーマがあります。一方で、私はそこで使われた古着を個々の存在として、一つひとつ再生することを試みたくなりました。展示に使われた衣服は観衆が手軽に購入することもできたので、いくつか手に入れて撮影したのが『古着のポートレート』です。ポートレートといっても人の姿はなく、「人間の第2の皮膚」としての衣服でしょうか。ハンガーに吊るされた物質ではなく、自律した人間的な存在として撮ろう、と。当時住んでいたモンマルトルの丘の上のアパートでは窓一面に空が見えたので、その空をバックに1着ずつ撮影しています。身体の不在がかえって身体性を強調することになれば、とも考えました。
以降も、謎めいた制作プロセスと作品イメージを持つシリーズを次々と発表していますね。カメラの内部にビー玉を入れて群衆を撮影した『真珠の作り方』(2000-01)や、同じ地名の2つの街をステレオカメラの左右のレンズで撮り分けた『Roma-Roma』(2004)など……。
ほとんどの場合、思い付いただけではすぐにやる気にならないんです。その後に時間を置くことがけっこう大事ですね。アイデアも、最初はかなり曖昧なときがあります。画家ならそのモヤモヤをまず画布に描いたりするかもしれませんが、私の場合は先に言葉が出てくる。『Roma-Roma』のときは「移動」が重要なキーワードでした。制作に入った後もそうして色々と書き綴って、それらのメモはどれも捨てずにとってあります。たまに見返すと、「あのシリーズの原型がすでにここにあったんだ」といった気付きに出会うこともあって面白いですね。

「Roma-Roma No.1」(2004)


(左)「真珠のつくり方 No.23」(2000)、(右)「真珠のつくり方 No.32」(2000)
各作品を、その独特な制作方法やコンセプトも知った上で観てほしいと思いますか?
その方が面白く感じてもらえそうですが、やはり視覚芸術ですから作品それ自身でも成立させるべきでしょう。そういう思いで制作しています。例えば『オルフェウスの下方へ』(2006)というシリーズでは、パッと観ただけでも写真下の黒い部分に数字があることに気付きます。人によっては、それが緯度・経度だと理解してもらえるかもしれない。そういった、作品の背景もいろいろな入り口から想像できるような要素を作品自体に組み込む工夫をしています。
このシリーズはあるホテルでの宿泊客の失踪事件と、その位置からちょうど地球の裏側の街に出現した——ただし18世紀の昔に——と言われる予言者の逸話、2つの舞台に実際に赴いて撮影されたものですね。
もちろん「工夫」がただの説明になってしまうのは意図するところではありません。実際には作品は一度私の手を離れたら、その後はどういう状況で人の目に触れるのかわからないことも多い。その点でも、作品自体に強度というものがなければならないのです。


(左)「オルフェウスの下方へ Ⅰ.失踪者の跡を追って No.02」(2006)、(右) 「オルフェウスの下方へ Ⅱ.不思議な距離 No.02」(2006)
いわゆる「写真性」なるものをあえて回避する、またはそこから距離をとる作品も少なくないですね。何かの不在によってそれを顕在化させたり、制約を与えることで接近を試みたりしているのでしょうか?
やっぱりその「写真性」に興味があるんです。その興味をカタチにしようとすると、ある距離感が必要になる気がしていて。だから写真家が通常やることをあえて排除してみたり……。例えば、300枚撮ったらその中から30枚を選ぶとか、そういう選ぶ行為こそが写真家の作業ですが、『Roma-Roma』ではそれをせずに、撮影した108枚ぜんぶを作品化しています。
それらによって、逆に写真というものが浮き上がってくるかもしれない?
私は根っからの天の邪鬼なのかもしれませんね。一般的に写真は「何が映っているのか」が重要視されますが、それだけではない、被写体に依存しない写真があってもいいと思うのです。もちろん「写真性」を全否定するのではなく、一般的に信じられているもの、思い込み、その前提を疑ってみるところから始めるというか、時にはその思い込みそのものを利用してみたり。


(左)「Transvest-Judie」(2005)、(右) 「Transvest-Robert」(2002)
『Transvest』シリーズ(2002-)には、そんな意志がポートレートの形をとって現れていますね。シルエット風の様々な現代人の肖像は、実は雑誌の人物写真の切り抜きを撮影し、そこに様々なイメージをちりばめてできているのだとか。
まだ写真がないころ、自分の姿は鏡や絵画でしか見られないものだったはずですよね。やがて写真が生まれ、最近では携帯電話にも自分の分身のように顔写真が入っている。時代の変化の中で、人間の身体性も変わっていくでしょう。このことひとつとっても、写真が私たちに与える影響というのは圧倒的なものだと思います。私はその中でまだ隠れている「写真性」を露出させたいがために、ときにはある部分を削り落としているとも言えそうです。
一方『12 speed』シリーズ(2008)では、これまでほとんど使わなかった鮮やかなカラープリントを、モノクロと対置させる形になっていますね。
これは一見すると室内の静物画風ですが、実際は森の中で、モノクロとカラーフィルムを入れ替えながら12枚ずつ撮影しています。中央の鏡にその森が映り込んでいる。1枚撮るごとに鏡の角度を変えたので、そこに映る木立の風景もすべて異なります。撮ったものを並べてみてわかったのですが、鏡以外にもオブジェ群への映り込み、たとえば木漏れ日などがまるで天体のように変化していく。ちなみにカラーの方の12枚目には、鏡に虫がとまっていることに後で気付きました(笑)。
当初は、時間性を作品にあからさまに残すつもりはなかったんです。つまり「一見すると同じに見える繰り返し」というのは極めて写真的な要素ですが、一点一点の違いを時間性に依存させたくなかった。シークエンスなのですが、単なる定点観測ではない何かを撮りたかったのです。それが、この作品の核になる鏡に写り込んだ風景だったのです。


(上)「12 Speed-CO No.8」(2008)、(下)「12 Speed-CO No.12」(2008)
今回の東京都写真美術館での個展では、従来の代表作が俯瞰的に観られる一方、そうしたカラー写真、また版画など近年の新たな試みも強く印象に残りました。
『Annular Eclipse』(2007)は、上海での展覧会のために、現地の版画工房で作り上げたものです。版画は写真の登場後に廃れていった技術とも言えますが、一方で写真も銀塩からデジタルへの過渡期にある。この時期に写真以前の時代の技法を使ってみることで、何が得られるだろうかという実験的な気持ちもありました。イメージは『Transvest』から発展した作品ですが、これはシルクスクリーンで38の版を重ねるという手作業からなります。現地の職人さんたちが実現してくれました。私は通常は自分でプリントも行なっていて、ディテールまでかなりコントロールします。対して、刷り師のセンスでいかようにも変化し得る版画の世界はまた違う魅力があり、何より中国人とのコラボレーションはダイナミックでとても楽しく刺激的でした。
今後、挑戦していきたいことはありますか?
造形的で、アトリエでの作業が多い作品制作が続くと、今度は移動を伴うような身体的要素の強いものにトライしたくなるとか、私はそのあたり、違うタイプのものを交互にやりたくなる傾向があるようです。先ほど話したカラー写真や版画作品も続けて行きたいし、まだ一度も試したことのない技術や表現にも挑戦していきたい。そういった「欲求」には、いつも素直に従うようにしていますね。
Infromation
『オノデラユキ 写真の迷宮(ラビリンス)へ』展は、7月27日〜9月26日まで、東京都写真美術館にて開催。また、『オノデラユキ 写真の迷宮へ Part2. —プライベートルーム—』展も、7月30日〜9月11日まで、ツァイト・フォト・サロンにて開催されている。さらに、9月11日〜12月4日までは、ソウル写真美術館でも個展を予定している。


(左)「Annular Eclipse-Bear」(2007)、(右)「Annular Eclipse-Cock」(2007)












