
Suzuki Takayuki | スズキタカユキ | Fashion Designer
毎シーズン喧しいトレンド戦線からは一線を画すクリエイションを続けるスズキタカユキ。草木染めや天然素材の使用、エクリュを基調としたカラーパレットなど、一見すると”森ガール”的ブランドと誤ったカテゴライズをされてしまいそうだが、クリエイションの源泉は社会に対するアンチテーゼにある。ブランド設立当初のアーティスティックなアプローチから、人が着るという洋服の基本的な存在意義を強く意識したクリエイションへの変遷、そして、一巡して原点回帰とも呼べる今シーズン(10-11年秋冬)のコレクションに至った経緯を聞いた。
Text:小柳美佳
スズキさんは美大出身ですが、もともと何を学んでいたのですか?
グラフィックデザインですが、あまりそこにこだわりはなかったんです。ただ、もの作りは大好きで、学校の課題ではなく、単純に自分からの発信として、何かものを作れないかなと思った時にあったのが洋服だったんです。誰にやれと言われたわけでもなく、自然でしたね。当時は、仲が良かった友人と一軒家をアトリエとして借りていて、彼が靴をやるという話になったので、じゃあ僕が服を作って一緒に展示会をやったらいいんじゃないか、という話もしていました。
服作りの経験はあったのですか?
まったくありません。遊びの延長で、持っている服をリメイクしたりはしていましたが、ミシンは使えなかったので、かなり適当な感じでした。


(左)06 S/S Collection、(右)08 S/S Collection
当時は、どのような服を作っていたのですか?
今の服とテイストはあまり変わっていませんが、もう少しコンセプチュアルでしたね。生地が固まっていたり、燃えていたりとか。当時は洋服業界全体にパワーがあった時代で、結構アバンギャルドな服があったんですけど、あくまでもまず既製の服ありきでそれをどうアレンジするか、というファッションの枠の中での派手な服しかありませんでした。だけど、僕はそうではなく、ものを作るというところから発想していたので、見え方として何か面白い発見はないかなと考えていたんです。それで、汚いものが綺麗に見える瞬間ってすごく面白いんじゃないかなと思ったんです。廃棄処分的なものに美しい瞬間を見出すというか。
そうした考え方は今も変わらないものなのですか?
今でもそういう考えはありますが、人が着るということをもっと視野に入れているので、当時とはコンセプトの出所は多少違います。今考えているのは、もともと人が持っている魅力やパワーを、僕の服を着ることでもっと引き出すことができないか、ということ。だから、より有機的なものを作って、人にぶつけて、相乗効果でぐっと引き立てるように見える瞬間を味わいたい。人の身体と衣服との関係性というか、空間の中で人と服がどういう風に関係していったら面白いんだろうかということを、もっと実験的に考えていきたい。だから初期の頃と比べると、軸は少しずつ変動してきています。
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10-11 A/W Collection
それは服を作り続ける上で生じた自然な変化なのでしょうか?
そうですね。当時は今ほど生成りの服や、素材をそのまま使った服がなかったので、自分の作品をそこに持っていったというのはあります。仕上がりは柔らかいけれど、出所はパンクというか、アンチテーゼというか。変化したのは、舞台衣装を手掛けたりしているうちに、興味の対象が「側」から「中身」に移っていったというところが大きいかもしれません。「人の身体って何だろう?」「人と洋服の関係性って何だろう?」と。それまでの洋服は、パワーはあっても実際には着られないような服もあったのですが、今は着て何か感じるものがあるような洋服を作っていきたいと考えています。ファッションって、良い意味でも悪い意味でも社会との対話という部分が大きいと思うんです。だから今は、一瞬のパワーを表現することよりも、ひとつのコンセプトに向かって色んなアプローチをすることで、トータルで何を伝えるかというところに興味が移ってきています。
ダンスカンパニーやミュージシャンのステージ衣装、女優の映画衣装など、さまざまなジャンルの方々との仕事は今も多いですね。
そうですね。先日は建築家の方と一緒に壁を作るという新しい試みも行いました。こういう違うジャンルの方々との仕事は、コラボレーションとしての制約と目標があるので、自分が何をすべきか整理がつくんです。「何でも好きにやりなさい」と言われると、逆に難しいところがありますからね。ただそれとは別ですが、僕は常に「いくら予算をかけてもいいから、好きなことをやりなさい」と言われた時に、すぐできるようにしておきたいなと思っています。クライアントありきで仕事をするだけではなく、自分からも発信したいですし、提案者になっていかなくてはいけないと思っています。それが僕がブランドをやっている意味でもあるのですが、こうしたまったく違う他ジャンルの方と話をしたりすることも大きな刺激になっています。

異ジャンルのクリエイターとのもの作りは、鈴木さんのクリエイションに幅を与えているようですね。
もともとひとりで作品を作っていたので、自分だけで作ることはいつでもできるという思いがあるし、そこはすでに完結した感があるんです。いまは、もっと振り幅を大きく、こうゆうこともアリとか、こういう人もいる、ということを伝えていきたい。そうやって全体を揺らしていければ、文化の層も厚くなっていくはず。日本のファッションというのは、すでに成熟されていると思うんです。ただ、巧くはなっているけど、それが良いのかというとまた話は別で。もう少し根源的な部分で勝負できるといいかなと思っています。そこに僕が服を作っていく意味があるのかなと。なぜ自分は服を作るのかと考えた時に、それはもちろん楽しいからでもあるんですが、もっと深いところで考えていきたいというか。服という道を通して世の中全体をわかるといいし、着る人にとっても、僕の洋服が新しい考え方を見つけるきっかけになってくれたらと思っています。
ギャラリーでのインスタレーション形式や、音と光を合わせた斬新なアプローチなど、シーズン毎に異なる発表方法を選んできましたが、それはなぜですか?
例えば、服の柔らかさを伝えたいとか、服も含めた世界観を提示したいとか、シーズン毎に伝えたいことは違うので、それに合った発表方法ということをいつも考えています。あまりショー形式ということにはとらわれないようにしています。例えば今シーズンは、大きなことをドカンとやるよりも、実験旅行みたいなことをして、それを冊子にしてみなさんにお配りするということをしてみたかった。自分が高校生くらいの時は、カタログやフライヤーをもらって来て、それをすごく大事に取ったりしていたんです。そういうこともあって、今回は何か自分が思い入れのあるものを、みなさんにお配りできたら面白いかなと。


10-11 A/W Collection
今シーズン作られた写真集は、着る人の内面にフォーカスされているように感じました。
みんなリアルじゃないものを身に着けているんですけど、さもこんな人がいるんじゃないかと思わせてしまうというか、リアルじゃないものをぶつけて、リアリティを出すという行為が面白いと思ったんです。今シーズンは「旅する人」というテーマだったんですが、実際にどういう人に着てほしいのか、ということを改めて見直すところからスタートしたんです。僕は基本的に強い女の人が好きで、それはパワーがあるということではなく、意志がある人という意味ですが、色んなことに対して向き合っている人が好きなんです。それは外見ではなく、精神的な部分なので伝えづらいことではあるんですが、そういう人たちのイメージを膨らませていくなかで、色んなところを旅して異なるテリトリーに身を置いている人たちや、逆に土着的な力を強く持った人々に辿り着きました。根源的な人としての存在感、自分という存在に対しての強い信頼感を持った人々です。そんなプリミティブなパワーを持った人たちと対峙してみたいと思い、民族的にも近い台湾へ行って撮影をしました。
今後は発表方法なども含め、さらに進化していきそうですね。
例えば映画的な手法で発表するのも面白いかなと思っています。映像は服を伝える手段としては、”生”じゃないのは厳しい部分でもありますが、映画は切り取られた日常をちゃんと伝えることができる。ショーというスペシャルな空間ではなく、もっと長い時間軸の中で洋服を見せることでリアリティも出せると思うので、非常に面白いと思います。良いリアリティと良い隙が同居しているのが理想です。洋服もそうですが、ガッチガチにおしゃれすぎず、もっと人間的な部分が出るといい。そのバランスは難しいですけど……。今は情報があふれているので、逆に面白いことを見つけるのはすごく難しいと思うのですが、それはずっと模索していきたいと思っています。
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10-11 A/W Collection











