loading...

PUBLIC-IMAGE.ORG

Creators Dictionary for Realtime Culture

  • PUBLIC-IMAGE.STORE
  • PUBLIC-IMAGE.3D

KEISUKE KANDA | 神田恵介 | Fashion Designer

少年の憧憬や夢の中に存在するような、儚く繊細でロマンチックな「女の子」像を描き出すファッションデザイナーの、神田恵介。自身のコレクションライン「keisuke kanda」の発表のみならず、秋葉原・ディアステージに所属するアイドルとコラボレートした「初恋てろりすと」や、リボン型プラモデルの「女子用プラモ りぼんの戦士」のプロデュースなど、その活動はいわゆるコレクションブランドの「ファッションデザイナー」としては一風変わった印象も受ける。「インタビューは苦手」という彼に、ファッションへの思いとこれまでの活動について話を聞いた。

Text:松井友里

そもそも神田さんがファッションに興味を持ったきっかけは何だったのですか?

僕、ファッションに目覚めるのが大学2年くらいと遅かったんですよ。それまではファッションに対してかなりコンプレックスがありまして。興味がないというよりは、おしゃれなイケてる彼女がいるような人たちに比べて、「俺はイケてない」っていう被害者意識がスゴく強くて、「おしゃれなやつが嫌いだ」みたいな気持ちを持つことで、自分を守っていたんですよね。だけど、大学に入って交友関係や世界がちょっと広くなって、服が好きなやつと人生で初めて友達になったんです。彼が、文学や映画やマンガを語るのと同じ文脈でファッションを語ってくれたことで、いままで遠ざけていたファッションとの距離がどんどん縮まっていって、気がついたらファッションを好きになっていたんです。ちょうどその頃、東京のモードにもスゴく元気があって、抜け出せなくなってしまったんですよ。

自分でも服を作ろうと思うようになったきっかけはあったのですか?

極めて個人的な理由ですけど、当時好きな女の子がいて。でも、告白する勇気もないから、その子のために洋服を作って渡すことで気持ちを伝えようと思い、初めてギンガムチェックのワンピースを作ったんです。だけど実際にその娘を前にしたら、頭が真っ白になって、情けないことに渡すことができなくて。その時胸にぽっかり空いた穴は、今もふさがっていなくて、その穴をふさぐために、僕は服を作っているのかもしれません。もしあの時に服を渡せていて、その娘と付き合えていたら、僕は今服を作っていないと思います。だから「日本のファッションを盛り上げる」みたいなことや、東コレやパリコレといったファッションの「真ん中」のようなところって、僕にとっては遠いところにある気がしていて。だって僕は、もともと好きな女の子のために服を作り始めたようなしょうもない人間なんです。大きな志なんて抱けるわけもないし、ファッションの真ん中を語る資格もないと思っています。


個人的な理由から出発したにも関わらず、今もブランドとして継続していますよね。そこには、何か別のモチベーションがあったりするのですか?

先ほどお話したように、好きな女の子に服を渡せなかったことによる心の穴はいまだにふさがっていませんし、そこが大きなモチベーションであることに変わりはありません。ただ、そんな不純な動機で服を作り始めたくせに、自分でもおかしいんですけど「僕みたいなマイノリティだからこそ、一番を取りにいかなきゃ」というようなことを思ったりもしているんです。「天下を取ってやるぜ」みたいなノリではないのですが、かと言って「勝ち負けじゃないよね」というユルさも嫌なんです。言葉ではうまく説明できませんが、自分にしか分からない独特の使命感みたいなものを感じて、突き動かされている部分はあると思います。

神田さんは自主制作のラジオ番組をされていたり、多くのファッションデザイナーと比べると、やや変わった活動をされているように思うのですが。

本人としてはいたって真面目で、別に変わったことをやって目立とうというつもりはないんです。ただ結果として、その活動が人からみたらズレていたり、変わった人だと思われているだけで。でも、そんなズレてるヤツを応援してくれる人が少なからずいるというのは、やっぱり嬉しいですね。


アトリエの名前が「スナックA.T.フィールド」というのも変わっていますよね。「A.T.フィールド」といえば『新世紀エヴァンゲリオン』ですが、なぜこの名前になったんですか?

エヴァンゲリオンはハタチの頃に深夜の再放送で見た世代で、大好きです。なので僕もお客さんも、誰もが皆持っている心の壁(A.T.フィールド)を中和できる場所があったらいいな…というのは、後付けの理由としてはあります(笑)。いつか本当に、スナックを経営したいと思ってるんです。スナックのお姉ちゃんにケイスケカンダの服を着せて、できたての服の発表をそこでやったり。でも、あくまでスナックのお姉ちゃんだから、普通にお客さんの隣に座って、お酒を呑みながらくだらない話しをしたりして。ランウェイ越しでは見ることのできない景色を、見せられるような場所にしたいんです。スナックだけど女の子も遊びに来られるような、男女を問わず僕らのやっていることを面白がってくれる人たちが集まれる場所にしたいなと思っています。


「女子用プラモ りぼんの戦士」が誕生したきっかけを教えてください。

手段は別に何でもよかったんですけど、固定概念として「これは女子が遊ぶもの」、「これは男子が遊ぶもの」みたいに分けられてるものを交錯させたかったんです。この作品では、僕らの世代の女の子はプラモで遊んでなかったけど、プラモに興味がないのではなく、遊びたいプラモがなかっただけなんじゃないかなという発想がきっかけになっています。2008年の春夏シーズンに、プラモの世界観を題材にしたコレクションを発表したんですけど、その時にマッドスネイルというデザインユニットの人たちが来てくれてて、「僕らだったら本当のプラモも作れますよ」って言うんですよ。それで、「出来るんならぜひやりたいよな」って作っちゃった。結局これも最初に話した好きな子にプレゼントしたいという感覚に繋がってくると思います。女の子を驚かせたいというか、思いもよらなかった物を作って喜んでもらいたいというか。

ディアステージとコラボレーションしている「初恋てろりすと」にも、そうした感覚は通じている気がします。

もともと僕には、アイドルの子をモデルにして服を作りたいという気持ちがあったんですよ。というのは、例えばパリコレに出るような180cmくらいあるスーパーモデルとかを見ていても、あまりトキめかないんですよね。全然かわいいと思えなくて。僕が作るなら、自分がトキめける女性に着てほしいなというのがあって。自分にとってその対象のひとつがアイドルやグラビアの女の子なんです。それで、昨年「ネオコス展」という展示に声をかけてもらった時に、「アイドルをテーマにしたレーベルを作りたい」ということになって、MIGを主催する田口まきさんにディアステージのもふくちゃんを紹介してもらったんです。初顔合わせの時、企画書も何もなかったんですけど、多くを語らなくても話が通じるというか。その場で「誰でいこうか?」みたいな話になって、「(夢眠)ねむちゃんがいいです」ともふくちゃんに伝えたら、「いいですよー」って(笑)。「なんでねむちゃんなの?」みたいなこともなく、とんとん進む感じがスゴく嬉しかったですね。


「人との繋がり」というのは神田さんの服作りにおいて大切なテーマとなっていますね。

「ケイスケカンダ」の服を着ている女の子を見たサエない男子が、「この服を着ている女の子なら、付き合えるかもしれない」とそっと背中を押されて勇気づけられるような服でありたい、と願っています。「服の可能性」という言葉が嘘くさく聞こえてしまう今だからこそ、僕は「服で人と人とを繋ぐ」ということを目指していきたいと思っています。

今後のケイスケカンダは、どのように活動していきたいと考えていますか?

僕は、服と女の子はやっぱり切り離せないと思っていて、女の子が可愛らしい服を着ているのを街や電車で見たりすると、それだけでその日がオッケーになるんです。そういう気持ちにさせる空間を自分でも作ってみたいですね。あと、地元では後ろ指さされたりするんだけど、分かる人には分かるっていうような服を作りたい。ケイスケカンダの服というのが共通項になって、町田から来た子と新小岩から来た子が原宿で出会った時に、共犯者のような関係を築ける服でいたいなって思います。






PUBLIC/IMAGE.STORE

DICTIONARY

RELATED