
ARAKAJIME KIMERARETA KOIBITOTACHI E | あらかじめ決められた恋人たちへ | Musician
ひとり宅録スタイルだった大阪時代から、東京に進出しバンド編成となって活動を続けている「あらかじめ決められた恋人たちへ」。重く地鳴りのように響くダブ処理されたボトムに、きれいな旋律が流れるように乗る。ときにヘヴィに、ときにダンサブルに。日本特有の四季を感じさせる美しいサウンドは、どこか懐かしく叙情的だ。マッドチェスターのごとき儚さに何を見るか? すべてのトラックを手がけ、鍵盤ハーモニカ奏者である池永正二に話を聞いた。
Text:大草朋宏
4枚目のアルバムリリースとなる今作で、初めてバンド編成でレコーディングしたということですが、どのように打ち込みと生音を使い分けましたか?
特にドラムに関しては、ドラムをサンプルとして組み直して打ち込みにするのでもなく、逆に生ドラムのみでバンドになりすぎるのでもなく、両者の良いところをうまく活かし合うポイントを探しました。だから、打ち込みのキックに生音のスネアやハイハットを混ぜたり、Aメロのキックは打ち込みだけどサビになったら生音のキックに入れ替えたり。ややこしかったですね。
固定されたバンド編成でライヴを重ねてきた結果は、この『CALLING』につながっていますか?
もちろんつながっていますね。でもライヴの音をそのままアルバムにしてもしようがない。それなら絶対ライヴを見た方がいいんですよ。ライヴってカウントが入るでしょ。ドラムが振りかぶってパスッと叩くまでの距離って、音が見えていると思うんですよ。思いっきり振りかぶって叩いたら、実際鳴ってる音以上に「ガンッ」と鳴るけど、それをCDで聴いたら、突然鳴るただの「パスン」でしかない(笑)。だから、アレンジや曲の構成で「振りかぶり」の距離感を感じさせないといけない。それが家で聴いたりヘッドフォンで聴いたりするための、ライヴ感のあるアレンジだと思います。
なるほど。ライヴ感といっても、いわゆる“バンド一発録り”みたいなものとは違いますね。では、バンドでのライヴ活動の結果見えてきたもの、バンドが培ってきたものは、どんなものですか?
バンドって、みんなで音を出すものじゃないですか。実は僕、そういう音を信用してなかったんです。でも続けていったら、バンドっぽくなってきた。グルーヴ感がでてきました。
バンドの音を信用してなかった?
大阪でやっていたときは、毎回バンドのメンバーが違ったんですよ。それでもトラックがあって、演奏する。それが面白いかなと思っていたんです。打ち込みでも生音でも、打ち込み的に符割にしちゃえば同じ、波形にしてしまえば変わらへんやろって思ってました。でも、変わってきましたね。たとえ同じ符割でも、やはりもともと人が出したものなので、そこには念みたいなグルーヴが入り込むものだと今回実感として学びました。

Photo:タイコウ クニヨシ
今作『CALLING』というアルバムを作ろうと思ったきっかけは何ですか?
個人的なことなんですけど、1年半前に、子供が産まれたんです。ただ、予定日から2ヶ月くらい遅れて産まれたんですね。その間の「早く産まれてこいよ」と呼びかける安産祈願の気持ち。それが10曲目の「CALLING」という曲です。もともとその曲から始まっていますね。
子供と一緒に成長していく記念碑的なアルバムですね。今の話を聞いたからというわけではありませんが、「CALLING」はスゴくいい曲で、好きです。この曲を含めて、ゆったりした曲の比率が今までより増えていますよね。
当初はもっと激しいアルバムにしようと思ってたんですけど、作っていくうちに変わってきましたね。かなりやさしい目線になっていると思います。やさしさの後ろにはノイズがあふれているけど、落とし所としてはやさしい。打ち込みでも、その音を鳴らしてみて、録音して全体で再生した時に初めて、「こういう風に鳴るんだ」ってわかるんです。セッションみたいなところがありますね。そんな感じで録音しまくって、寄り道して、逸れて、また戻って、近道でだったつもりが単なる遠回りだったりして。根本的に何を考えて作っているか、自分でもわからないです。
曲作りが日常だからじゃないでしょうか? 日常生活に明確なコンセプトがあるわけじゃないですよね。“飯を食う”のにコンセプトは必要ない。
確かに日常ですね。特に家で打ち込み作業だと、風呂上がりにやったりするわけですから。確実に日常が音楽に入り込んできます。日常にもテーマやコンセプトはあるんだろうけど、それもひと言では言い表せないですよね。
ということは、アウトプットされるものに、わかりやすさはなくとも、自然に個性が表れているということですね。
そうですね。結局は個性が表出するはず。打ち込みなのに人間的なのは、曲作りが日常生活だからかもしれません。

Photo:タイコウ クニヨシ
池永さんは、映画好きで知られていて、映画音楽も手がけています。そして曲も映画的と評されることが多いですよね。映画的な作り方というものを意識していますか?
以前に映画のMA作業に立ち合わせてもらうことがあって。いろんな環境音が加えられることによって映像がどんどん広がっていくんです。それがとても刺激的で。僕も音楽でそういったあらゆる音の抜き差しやDUB処理など、バランスを加える作業によって、そこで鳴る音のイメージをグッと広げたい。そうすることによって音楽に物語が産まれてくると思っています。
もし、このアルバムが映画だとしたら、どんな映画ですか?
この前に観たポン・ジュノ監督の「母なる証明」とかスゴい良かったです。観終わった後の尾の引き方がスゴい。観客にイメージさせるというか。ラストは夕日をバックに踊るという美しいカットで終わるのですが、これ、後で物語だけなぞると絶望的なラストなんです。絶望的だからこそ夕日のダンスがとてつもなく美しいというか。映像や音楽の特性は、たとえ物語が絶望でも、その瞬間は美しくも描けるということなんです。後でその美しさがゆえになんとも言えない気分になったりする。イヤな気分にさせたいわけじゃなくって、聴いてくれた人の想像が膨らむような、そんなアルバムにしたかった。そういう意味でも、ノイズの上にメロディとか入れてるんだと思います。

Photo:タイコウ クニヨシ
ところで、なぜご自身は鍵盤ハーモニカを選んだんですか?
たとえ「アナーキー・イン・ザ・UK」を鍵盤ハーモニカで吹いても、それだけで何か哀愁が生まれるんですよ。倍音の含みが哀愁を感じさせるんですかね。ノイズがガーッと鳴っている上でも、鍵盤ハーモニカを吹くと、爆音が違うサウンドに聴こえてきます。
鍵盤ハーモニカは、ヴォーカル代わりの意識はあるんですか? なんだか歌っているように聴こえます。
少しはあります。インストなのに、サビがドンとあるのも珍しいでしょ。ただ、意識しすぎないようにはしています。それだったらヴォーカルを入れればいいんだから。鍵盤ハーモニカなりに、メロディの立ち方はあります。
爆音にきれいな音が乗るという一見相反する音楽性の、どこに面白みを感じたんですか?
間違えているものが好きなんですよ(笑)。組み合わせてみてアカンこともあるけど、始めから正解を求めすぎても面白くない。間違いを正解に向けて地ならししていけばいいんです。
インストバンドだと、曲名をつけるのが難しいと思いますが、あら恋ではどのようにしていますか?
作っている曲をセーブするときに、まず否応なしに曲名をつけないといけませんよね。何かパッと浮かんでくるんですよね。そのまま本タイトルになるときもあれば、変わっていくときもある。ただ、なるべく単語ひとつにしています。意味を限定して欲しくないんです。今回「Back」という曲がありますが、“to the future”をつけちゃうと、ドクとかデロリアンがイメージされてしまう(笑)。でも、「Back」だけなら、逆再生とか、過去とか、後ろめたさとか、いろいろ出てくる。そういういろいろな余白を聴く側に投げかけて、イメージをかき立てたいんです。「ラセン」というカタカナの曲もありますね。これも漢字で“螺旋”と書くと画数が多いし、結構えげつない意味の言葉。でも、カタカナにすることで、ポップだし、イメージが広がります。
そもそも、“螺旋”なんて漢字で書けないですよね。
そうそう。書けない曲なんて作りたくないでしょ。そういやこの曲、カタカナっぽい曲ですわ(笑)。
Infromation
あらかじめ決められた恋人たちへによるニューアルバム『calling』は5月25日リリース。

Photo:タイコウ クニヨシ














