
YOI KAWAKUBO | 川久保ジョイ | Photographer
この世ではないどこか異次元の世界に迷いこんでしまったかのような錯覚を観る者に与える川久保ジョイの写真。彼は、人間と宗教の関係性、生命の神秘、形而上学的な主題といった深遠なテーマやモチーフを、ドラマチックなライティングで切り取り、静寂に包まれた独自の世界観を提示する注目の若手写真家だ。6月1日から17日にかけて開催されていた個展「Still Life」の展示会場で、作家にインタビューを行った。
Text:原田優輝
まずは、川久保さんのバックグラウンドから教えてください。
もともと父親が絵描きをやっていて、スペインのトレドで、エル・グレコの勉強などをしていたんですね。父はいまも向こうに住んでいるのですが、僕は高校までスペインにいました。その後、日本の大学で心理学を専攻したのですが、あまり勉強はせずに、趣味でバンドや写真をやったりしていて、在学中に1年間休学をして、世界一周旅行にも出かけました。よくありがちな自分探し系の(笑)。もともと写真を始めた大きな理由というのはなかったのですが、やっていくうちに面白さを感じるようになってきて、世界一周に出る頃には藤原新也さんのような旅の写真を撮ってみたいなと思うようになっていました。旅先でもマグナムに関わっているカメラマンにあったりして、色々刺激を受けましたね。
帰国後はすぐに写真家として活動をするようになったのですか?
いえ、大学院で脳科学の勉強をしていました。バンドや写真は続けていたのですが、ある時ケビン・ウェステンバーグという色々なミュージシャンの写真を撮っているフォトグラファーの存在を知り、ミュージシャンやコマーシャル写真を撮るのもいいなと思い、彼のWebサイトにアシスタントを必要としていないかとメールをしたんです。そうしたら、なんと3分後くらいに、「今度仕事で日本に行くから、コーディネーターに連絡をしておいてくれ」と返事が来て(笑)。それがきっかけで、彼が日本に仕事で来るときに、手伝いをさせてもらったりするようになりました。ただ、次第に商業写真よりも、作家として作品撮りをしたいと思うようになってきたんです。それまでは、商業写真をやっていくか、もしくは作家として写真集をたくさん出していくというのが、写真家の主な活動のスタンスだったのですが、第三の選択肢として、現代アートのコンテクストで活動していくという写真家も出始めてきていたんですね。自分もそういうところに興味があったので、仕事をしながら、自分の作品を撮るようになっていったんです。

The Lucid Dream

The Lucid Dream
作品撮りを始めた頃から、追求したいテーマなどは固まっていたのですか?
決まってなかったですね。当時人気のあった写真家の模倣に近いようなものを撮っていたような気がします。今もそのテーマが明確になったわけではなくて、作品ごとに変わっているのですが、2、3年くらい前からは、宗教的なモチーフや、人間の生命、人と宗教の関係性、形而上学的なものなどを模索するようになってきていると思います。
そのようなテーマに接近していった理由を教えてください。
100年後、500年後まで残せる作品を作りたいと思っているところがあって、そうすると何かしらの普遍性というものを考え始めるんですね。写真というもの自体が、時間を操作できる道具のひとつだと思うんです。例えば、肉眼では見られない一瞬を止めることもできるし、逆に長時間露光することで、波や雲の流れを表現できる。そうやって時間を伸ばしたり縮めたりできることが面白いと思うんです。普段僕らは、現実的な時間に縛られていて、そこから逃れることはできないじゃないですか。でも、カメラにはそれができて、日常に流れる時間とは独立した形而上学的な存在のようなものを、表現できるんじゃないかなと思っているんです。
そうした考えが、作品が持つどこか非現実的な世界観につながっているのですね。川久保さんの写真を見ていると、異次元の世界にひとりきりで迷いこんでしまったかのような錯覚に陥ることがあります。
孤独感というものも自分の作品に一貫している感覚かもしれないですね。孤独感というと、マイナスなイメージがあるかもしれませんが、僕が写真を撮るときには、その孤独感を頼りにしているところがあるんです。以前に恐山を撮りに行ったのですが、何人かで一緒に現地に行き、夕方の5時に待ち合わせをして、それぞれ別行動をして写真を撮ったりしていたんですね。敷地内がスゴく広くて、そこをブラブラしているうちに、だんだん周囲に人がいなくなっていって、風の音しか聞こえない状態になったんです。徐々に深海にひとりで迷い込んだような気持ちになってきて、静かな興奮の中で色んなものと自分が呼応しながら写真を撮っている感覚がとても心地良くて。気づいたら待ち合わせの5時をはるかに超えていました(笑)。自由の極限というか、自分がどこにでも行けて、自由に写真が撮れるというようなうれしい孤独感のようなものを、その時に感じたんです。

Between Heaven and Hell
川久保さんがシャッターを切りたくなるのは、どのような被写体と向き合った時なのですか?
そこに具体的なルールがあるわけではないんです。むしろ、「今自分は何に反応したんだろう?」って思わせてくれるようなものが良かったりします。
その場で自分が反応したものに、撮影後に気づくこともあるのですか?
そうですね。撮影後、暗室で作業するときなどは、自分が何に反応していたのかということを考えながら、写真の中を訪ねていくような感覚があるんです。そこでは、撮影していたときにはイメージしていなかったものも見つかったりするんですね。例えば、お城の遺跡を撮った写真が、思いもよらないドラマチックな光で写っていたら、そのイメージを強調させながら、新しいイメージを作り上げていくこともあります。だから、自分にとっては、写真を撮ることと、その後の処理というのは、同じくらい大切な工程なんです。
撮影後の処理というのは、具体的にはどのような作業なのですか?
Photoshopで彩度を調整したり、場合によってはトリミングをしたりもします。肉眼で見たものと、カメラが写したものとでは、見え方が結構変わるんですよね。撮影したときの自分の気分やイメージが明確にあるときは、その時に感じたイメージや色に、実際の写真を戻していくような感覚があるかもしれません。写真というのは、世界の解釈の方法だと思うんです。だから、自分がどういう思いで何を切り取ったかということを、いかに提示していくかということが大切なんじゃないかと思っています。
そこが写真の面白さのひとつですよね。
世界の固め方や、時間の操作について考えていくのはとても面白いですね。その一方で、写真という枠にとらわれず、その外側で何か面白いことや新しい作品ができないかなと常に考えています。例えば、今回の個展では桜の写真も展示したのですが、これは壁面いっぱいに実物大の桜を置いたと仮定して、その中から特定の部分だけを切り抜くようにして、4枚の写真に落としこんでいったんです。ある意味現代アートの領域に近いアプローチだと思いますが、写真という枠組みよりも大きな文脈で表現していくということについても色々考えています。ちなみに、今回展示した「Still Life」は、黒バックで静物を撮影したシリーズなのですが、展示した写真はすべて実物大になっています。



Exhibition「Still Life」より。
これまでにさまざまなシリーズの作品を発表していますが、それぞれのシリーズはどのように形作られていくのでしょうか?
「The Lucid Dream」のように、撮っているときの気持ちが共通している写真をシリーズにすることもあれば、場所や被写体によってシリーズを作っていくこともあります。例えば、海を被写体にした写真の中で、人工物をメインにしたものは「The Waterfront」というシリーズに、自然をメインにしたものは、「Tender is the night」というシリーズにしています。そうやって写真をまとめていく段階で、自分が気になっていたことが分かってきて、そこから作品名やテーマができていくということが多いですね。
ということは、撮影前には明確なテーマがあるわけではないとも言えますね。初めに撮影に行くときは、どのようなことがきっかけになるのですか?
多くの場合は、自分が気になる場所にまず行って、そこで写真を撮るというところから始まります。最近は、Googleマップや国土地理院の地図なんかを見れば、その場所の地形などの条件が結構わかるんですよね。そういうものを調べてある程度目星をつけてから、自分が気になるに場所に向かうということはよくやっています。ロケ地候補のようなものをGoogleマップ上に作っているんです(笑)。

Tender is the night

The Waterfront
宗教的なモチーフを撮りに行くことも多いようですね。
そうですね。例えば、「Ortus Dei」というヨーロッパに点在する支石墓を撮ったシリーズでは、いまはすでに誰も信仰していないものだからこそ、興味を惹かれたところがありました。人間というのは、今いる世界を理解するための説明を与えてくれる存在というのをずっと求めてきたと思うんですね。そういう存在や、その移り変わりに興味があるんです。例えば、いまはみんな宗教を信じなくなった代わりに、科学を信じるようになっていますよね。そう考えると、科学もある種の宗教のようなものだと思うんですね。もしかしたら500年後の教科書に、僕らの時代のことを、「あの時代は科学というものを信奉していた」みたいに書かれていたら、とか想像したりするんです(笑)。だから、一見宗教的なモチーフではない「The Waterfront」のシリーズなんかも、現代文明が信奉している存在を撮っているという点では、共通するところがあるんです。
最後に、今後やってみたいことなどがあれば教えてください。
今は深海の写真を撮りたいと思っています。あと、これまで無機質なものばかり撮ってきましたが、最近は人も撮り始めているんです。今までは人を取ることにあまり興味が持てなかったのですが、だんだん自分なりの撮り方が見えてきたところなので、これもいつか発表できたらいいなと思っています。人物にしても、風景にしても、日常に流れる時間や世界から独立した存在として、対象を捉えられたらいいなと思っています。

Ortus Dei













