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BALMUNG | バルムング | Fashion Designer

2008年のブランド設立以降、デザイナーであるHachi自身の生活やコミュニティから派生するパーソナルな表現にこだわり、独特の造形・空間感覚を持つ洋服を作り続けてきたBALMUNG。その独創的なクリエーションは、国内外のさまざまなクリエイターたちを惹きつけ、過去には、レディー・ガガテレンス・コーなどの衣装も手がけている。あらゆるボーダーがなくなりつつあるこの時代において、独自の存在感をますます強めている気鋭ブランドのデザイナーに話を聞いた。

Text:原田優輝

ファッションに興味を持つようになったのはいつ頃からですか?

中学生の頃からファッションにのめり込むようになっていきました。僕は福岡県出身で、高校の頃によく遊んでいた北九州は、ストリートカルチャー色が強い街だったので、デザイナーズブランドなどの影響を受けるような感じではなかったのですが、高校卒業と同時にデザイナーを目指して上京し、服飾の専門学校に入りました。東京に来てからは、原宿などにいる多様な人たちを見るなかで、ブランドやデザインというものを意識するようになりました。

上京後、強く影響を受けたものなどはありますか?

当時のトレンドでもあったのですが、原宿にカンナビスというセレクトショップができて1,2年くらい経って、その周辺がストリートで盛り上がっている時期でした。地方出身の自分からすると、ジャンルもジェンダーも飛び越えたようなデザインやスタイルというのは衝撃的で、とてもビックリすると同時に、新しさを感じた記憶があります。

ご自身で洋服を作り始めたのも、東京に来てからですか?

専門学校に入ってからですね。でも、学内にはファッションの話で気が合う友達がそんなに多いわけではなかったので、学生主催のファッションショーのイベントなどに自主的に参加して、そこで作った服を発表したりしていました。そうしたファッションを通じた交流のなかで、徐々に自分たちのコミュニティのようなものができていきましたね。

学校卒業後は、すぐにご自身のブランドを立ち上げたのですか?

3年生の時に、代官山にあるショップで1,2ヶ月手伝いをさせてもらったことがあったのですが、そこでオーナーと色々話をさせてもらったことが、自分の作る服のことや、進路のことなどを考えるきっかけになり、その結果どこかの会社に就職するということはやめることにしたんです。どうなるかはわからないけど、自分がカッコ良いと思える人やモノやコトについていって、自分が面白いと思えることをやっていこうと決めたんです。その後、卒業制作の時の作品を、当時通っていたバカンシークラブという渋谷のセレクト古着屋の店員さんに見てもらったことをきっかけに、そのお店に自分の服を置いてもらえることになったんです。その時に「BALMUNG」というブランド名も決めて、少しずつ今につながる活動をするようになっていきました。


お店での反応はいかがでしたか?

最初の頃は、作ってお店に置いたらすぐに売れて、また新しいものを作ってはお店に持っていくということを繰り返していました。まだ学校を卒業したばかりの時期だったのですが、アルバイトをしながら洋服も作りつつ、服を買ってはクラブに行きまくるような生活をしていましたね(笑)。

当時はどのような服を作っていたのですか?

根本的にはいまとそんなに変わらないと思いますが、自分が原宿で経験したファッションの原体験的なイメージが、自然と自分の洋服にも出ていたように思います。ジェンダーやジャンルを意識せずに、1点1点手作り感の強い作品を作っていましたね。そんな時期が3年くらいあったので、こういう作り方が自分の中では自然になっているところがあります。僕が自分のブランドでやりたかったことというのは、インディペンデントな価値観を大切にした表現活動をしていくことで、それはいまも変わらず、他の人では替えがきかないようなパーソナルな表現をしていけたらというのが願いです。

ブログのプロフィールでは、都市と人間の関係性についても言及していますね。

都市と人間は常に相互関係にあって、影響し合うものだと思います。都市というのは、色んな人の表現やアプローチが重なり合った複合的な文化空間で、人間とのインタラクティブなやり取りが続いていくことで進化していく。その過程で、意図していないさまざまな要素が一体になることで、都市は形成され進化していくと思うんです。自分ひとりでやるとすべて想定内になってしまうものも、複数のアプローチが関わることで想定外なものが生まれ、新しい可能性が切り開かれる。そういう関係性がとても好きだし、自分もその関係性の1つの強い要素になれたらと思うんです。


洋服を作る上でのインスピレーションソースになっているものを教えてください。

普段生活するなかで培った感覚すべてが、服作りに影響していると思っています。例えば、最新シーズンのコレクションでは「硬」がキーワードになっていて、立体感覚の強い洋服を作っています。特に意図的ではないのですが、こういう感覚も僕がよくやっているゲーセンのガンダムのゲームなどから影響を受けているんだろうなと思うところはあります。なかなか言葉で説明するのは難しいのですが、例えばマラソンなどのスポーツが持っている一定のリズムや身体感覚のようなものと同じように、ゲーセンでガンダムをプレイすることを通して得ている身体感覚やリズム、空間感覚のようなものがあって、そういうものが服作りに深く影響しているように感じます。だからといって、これはただの自分の生活の中にあるバックグラウンド程度なものなので、言葉による自分の服の説明というほど大事なことではまったくないのですが。もちろん、その他のカルチャーや自分の体験、感じたこと、音楽や論理など他にも影響を受けているものはたくさんあります。

BALMUNGの洋服には、西洋の伝統的な服飾文化とは異なるバックグラウンドから生まれる独自の造形・空間感覚を強く感じます。

もともとある原型を変形させながら作っていくのが伝統的な西洋の洋服の作り方だと思います。それはつまり、身体の形に沿わせながら作るということでもあります。しかし僕の場合は、既存の型をベースにするのではなく、あくまでも自分で作った形を発展させながら、それを人やボディに当てて調整していくことが多いんです。だから、最初の発想の段階では、身体を無視していることが多いです。それを最後に無理矢理、身体にフィットさせるように当て込んでいるところがあります。だから、他の洋服とは違う印象を持たれるのかもしれません。ずっとそういう作り方をしてきたこともあり、特に専門学校時代の評価はヒドイものでした(笑)。デザインとしては否定され続ましたね。技術を積み重ねてカッチリ作っていくようなもの作りではありませんでしたし、学校の評価基準になる伝統的な服飾文化の価値観からはかけ離れていたんです。僕は、どちらかというと図工や工作に近い感じで、紙や金属を使ってみたりしながら、DIYでどんどん付け足していくような、例えるなら”東急ハンズ“のような作り方の方が好きなんです。


それは、日本という国に生活しているからこそ生まれ得た感覚のように思えます。先シーズンはパリでの展示会にも参加されたそうですが、どのような感想を持たれましたか?

日本人的な感覚による服作りの意図するところや魅力が、ヨーロッパの人には全然伝わらないと感じました。島国である日本とは違い、陸続きの多民族文化であるヨーロッパでは、多様な人たち全員に響くようなもの作りが前提になっていると思うんです。その前提はあまりにも日本の感覚とは違うように感じました。日本でものを作る場合は、もともと日本人同士で共有している感覚がたくさんあるから、それをあえて言葉にしなくても通じ合えるところがあります。向こうの場合は一人ひとりの育ちや背景の違いが大きいので、日本独自のハイコンテクストなものよりも、根っこに近いプリミティブな部分でコミュニケーションをしていくデザインが求められるような気がしました。

文脈が共有できないという現実に対して、どのように向き合っていこうと考えていますか?

僕自身、日本の面白さを多少は理解しつつ、向こうの魅力も少しは分かっているつもりなので、両方の感覚が共存できないはずはないと思っています。落としどころはまだ模索中ですが、日本人にも通じつつ、欧米の人にも共有してもらえるような服作りをしていきたいですね。理想論ではありますが。生活環境がまったく違うヨーロッパと日本の間には、乗り越えられない壁のようなものも確かにあるように感じます。ただ、嘘をつかずに、自分の環境から得たものをありのままにぶつけることが、結局は最善のもの作りにつながるんじゃないかというのが、パリで2回展示会をして強く感じたことですね。自分の感じた疑問には正直に向き合いたいです、些細なことでも。


これまでは、日本のデザイナーが海外に向けて発信するにあたり、欧米のファッションの価値観に合わせていくか、逆にオリエンタリズムを強調していく必要性が少なからずあったように思います。ただ、インターネットなどの普及でグローバル化が急速に進み、マスとコアの境界がなくなりつつあるいま、新しいアプローチも可能になりつつあるような気がします。

そうですね。例えば、“ネタ”として東京を意識してしまうと、作るものが自分の体験の幅を超えてしまうと思うんです。そうすると、作品のプリミティブな部分やパーソナリティが失われてしまいますよね。それだと、自分があえてやる必要のないデザインになってしまうし、今の時代において、そういうものはとても弱い存在に見えてしまうんじゃないかと感じています。たとえ誤解されようが評価が下がろうが、とにかく自分のありのままを出し続けるしかない。それはある意味、幅の狭い作り方かもしれませんが、それによってうちの服を着てくれるお客さんや、見てくれている人たちと、深いレベルのコミュニケーションができればと思っています。

作った服を実際に着てくれる人だけではなく、作品を見てくれているだけの人たちもコミュニケーションの対象として考えているのですね。

もちろんです。情報化社会のいまだからこそ、(洋服を)見ることだけで得られる感覚というのも重要だと思うんです。それを見て何かを感じた時点で、その人のファッション感覚や思想に、何かがプラスアルファされたりするわけですからね。だから、たとえ実際に洋服を着てもらわなくても、その人のファッションに何かしらの疑問を投げかけたりすることもできるだろうし、その時点でコミュニケーションは成立しているんです。そうやってファッションの楽しみ方はどんどん多様化していっていると思います。例えば、レディー・ガガの衣装などもそうだし、Webサイトでコレクション画像を見てブランドのデザインを楽しんだり、他人のスナップ写真を見て楽しんだりと、今ではファッションは「見ること」「知ること」によって楽んだり、消費することもできる。従来の購買消費と結びつかないといけないという縛りのようなものから、みんなが解放されつつある気がするし、そういう意味で、消費や表現としての広い意味でのファッションは、どんどん豊かになってきているということを強く感じています。ただ一方で、モノとして流通して、消費され、物質として共有されるということも、とても大切なことであることに変わりはないのですが。

最後に、今後やっていきたいことなどを教えてください。

いまは、自分の表現の行き着く先を自分自身で見てみたいという思いが強いですね。それを周りの人とも共有できたら幸せかなと。今後やってみたい具体的なアイデアのひとつとしては、iPhoneみたいなプロダクト的な洋服を作ってみたいと思っています。シンプルだけど触ってみるとスゴさや重みがわかるような、ミルフィールのような重層的な味のある服を作ってみたいんです。



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