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KOHEI NAWA | 名和晃平 | Artist

ネットオークションに自身の選んだキーワード数点を設定し、自動検索にヒットしたモチーフを作品に使う「BEADS」シリーズなど、名和晃平の彫刻制作プロセスには、現代的かつ謎めいた部分が少なくない。一方、細胞を意味する「Cell」を共通のキーワードに展開される各シリーズには、個人の物語を離れ、時代性を超えた表現への意思も垣間見える。現時点の集大成と言える東京都現代美術館での個展『名和晃平―シンセシス』の開催を機に、「Cell」や「表皮」といった創作概念の誕生経緯や、背後にある想いを本人に聞いた。

Text:内田伸一


『名和晃平―シンセシス』展はこれまでの創作の各系統を網羅するものですね。これらの彫刻すべてを貫く「Cell」という考え方はどのように生まれたのでしょう?

1999年から2000年にかけてボールペンで粒を描くドローイングに取り組んだことが、後の彫刻群に派生していったととらえています。もう少し遡ればロンドン留学時に、思想家のルドルフ・シュタイナーの著作から受けた影響で、身体の構成要素を概念図として描いていた時期がありました。水彩紙などにコンテで描いた薄いドローイングで、アメーバのようなものがモチーフになっています。シュタイナーのいう、物質と精神の関係性に関心があったんです。

始まりはドローイングから?

もともと、物質でできた彫刻が人間の感性に刺激を与えたり、何らかの感覚を呼び覚ますことに強い関心を持っていました。そこから生物と無生物の境目が気になりだし、これを探る手法としてドローイングを選んだんですね。細胞のような組織が未分化のまま浮かび、ほのかに欲望を持ってある方向に向かおうとする。その方向から養分が入ってきて、一方で逆側は崩れていき……という、代謝しながら浮遊する存在を描いていたのを憶えています。そのイメージをより彫刻的に追体験できないかと思い、次にボールペンのドローイング、そして素材を扱いを始めたのだと思います。

そこから生まれた最初の彫刻はどういうものだったのでしょう?

細胞が一カ所から外側に広がり続ける感覚を表現したくて、まず発泡ポリウレタンという素材に注目しました。

膨張する謎の物体のような「SCUM」シリーズとなる流れですね。

ちなみに膨張したウレタンを切断すると、断面がそのボールペンのドローイングにすごく似ていて、動植物の細胞組織のようでもありました。そうした体験も経ながら、「Cell」(細胞)を制作の中心的なコンセプトして扱うようになって。粒でできた彫刻—粒が全表面を覆い、かつ各々は交換も可能—という考え方が進み出しました。当時は生物学にも興味を持っていて、ヒトゲノムが解読可能になるなど、DNAも含め世界はすべて情報で構成されている……ちょうど社会全体でいろんなものがデジタル化・情報化されていく動きも含めて、興味を持ったんですね。


つまり、社会の情報化・デジタル化を背景に、それを生物学的な考え方でとらえて彫刻に落とし込むというより、その逆の流れですか?

そうですね。元々はバイオロジカルな「Cell」がテーマでした。物質に意識を宿らせるという点で、それ以前は宗教美術や神道の「憑り代」(神霊が依り憑く対象物)などにも興味があって。自分がそこから独立していくためのものとして、「Cell」という概念が結構ニュートラルに僕の中にあったんです。その後は、液体を抽象化した水の分子モデルのような意味合いで、ガラスビーズを彫刻に使いだし、「BEADS」が生まれていった。「LIQUID」シリーズは、ボールペンで描いた「固定されたCell」ではなく、「自動的に更新・代謝するCell」が作れないかというのがきっかけです。液体中に泡を生成するこの作品には現在シリーコーンオイルを使っていますが、最初は水に石鹸や洗剤を溶かして試していました。その際、洗剤が多過ぎると泡が全体に広がったりして、「SCUM」(=灰汁[あく])というネーミングもそこから出てきたものです。

一直線の展開ではなく、後発の試みが先行シリーズにも影響を与えながら、という形なのですね。

結構立体的につながっていて、図式化はできないのですが(苦笑)。「BEADS」においては「PixCell=映像の細胞」という概念も「Cell」と繋がったし、そこをさらに展開し、ひとつの「Cell」中にひとつのモチーフを入れる「PRISM」シリーズが出てきました。どんどん枝分かれし、つながり合いながらマトリックスのようなものが成長しています。その過程で新たな素材や概念にも出会いながら、全体の世界観が生まれてきました。


やはり名和作品にしばしば登場するキーワード「表皮」と、これまでのお話はどう関係するのでしょう?

自分にとっての彫刻とは、すべて表皮で覆われているイメージが強いんですね。人間の感性・感覚の原理に近づいていくと、結局は視覚も聴覚も触覚も、体の表面にある感覚上皮に始まります。それが外界の刺激を捉え、脳に伝達する。そして、そこにはグリッド状に並んだ感覚細胞があって、ここでもやはり「Cell」なんですね。例えば電話のようなデバイスを経由する時代になっても、始点と終点が声帯と鼓膜なのは変わらない。結局、人間の感性や感覚の界面を見ていくと、最終的に「Cell」と「表皮」に辿り着くというのが、僕の考えです。

とすると、ある種の普遍的な対象としてこれらを扱っている?

そうですね。だから作品の体験後に、自然環境でブクブク泡が出ているところや昆虫の卵などを見た際にもイメージがリンクする。そうやって彫刻以外の世界にも接続する彫刻が、僕にとっては面白い。余計なイメージをコラージュ的に取り入れてごまかすより、普遍的な要素だけで作品を構成するほうが強い表現になると思うんです。

例えば、ローポリゴンとハイポリゴンの人物像が重なり合う「POLYGON」シリーズにも、そういった要素はありますか?

あの表現は「情報と身体」「デジタルとアナログ」的な読み取りも確かにできますが、自分をニ重化して生きるのは現代特有でもない。宗教の時代には「神と自分」という関係が常にあったし、無意識と意識、社会的思考と個人のラディカルな考えなど、ニ重化は時代を超えた個の精神のあり方なのかもしれません。


2009年の個展「L_B_S」に寄せられた浅田彰さんのテキストでは、名和さんの現代性として「直接性の断念」が挙げられていました。内なるイメージの作品化、という創作姿勢からは離れているということでしょうね。一方、おそらく同じ部分を違う見方でとらえた結果として、名和作品に対し「表層的である」という意見もなくはないと思いますが……。

いわゆる自己表現とは違う、という意味で、浅田さんのその指摘は的確だろうなと思います。自分の中の物語を作品化することも学生時代に試みたのですが、手応えがなくて。逆に何かどんどん狭い方へ、袋小路に進んでしまう気がし、もうこれはやめようと。僕個人の感性や身体より、人間のそれを考える、さらには文明を考えるとか……そういう風に概念を少し広げたら、まだやることが一杯あるなと思えたんです。それまでは自分にとっての物語や神様みたいなものを彫刻にしていたけれど、以降ではマテリアルが独立し、物語は解体されています。

とはいえ、作家の経験や生きた時代が作品に影響する部分は必然的に残るように思えます。例えば「SCUM」についてご自身の語ったキーワードに「虚ろなスペクタクル」がありました。ここには、派手なだけで無意味な刺激に溢れる現代文明の批評眼もありそうですね。

博士論文で扱ったのが、商業空間などにおける造形物の「虚ろさ」でした。ドイツの感性論者、ヴォルフガング・ヴェルシュの著作から言葉を引き、「感性と無感性」を考えたものです。世の中を、感性に正しく向かってくるものと、無感性的に作られたものの2つに分けて考えると、都市には後者が多過ぎる。我々はそれを無自覚に見過ごし、認めてしまっていないか? ベースにあるのはそういう考え方です。僕にとっても商業空間の装飾などの多くは虚ろに思え、街が「SCUM」で覆われたような状態に感じられ、人々は自らを麻痺・鈍麻させて生きている。そうしないと辛いという状況。それが作品につながったんですね。

名和晃平

やはり感覚や感性にまつわる問題で、実体験としても腑に落ちる部分が作品に反映された、と。

関連してボールペンのドローイングの話に戻りますが、2対の赤と青の作品で『Psychic Numbing』というタイトルのものがあります。この言葉は大江健三郎さんの『ヒロシマ・ノート』で知りました(※編注:Psychic Numbingは元々、大江との親交もある心理学者ロバート・J・リフトンによる言葉)。広島の原爆投下の後、人々は感覚をブロックし、精神的にある種の遮断状態、心的感覚麻痺の状態にあったのでは、という話です。

ある種の自己防衛の仕組みが働いた、という考え方ですね。

僕が『Psychic Numbing』を作ったのは2000年あたりで、そのしばらく前に阪神・淡路大震災があり、大災害に対峙した日本人が落ち着いて対応している、と海外メディアが賞賛していました。でもそこにもサイキック・ナミングはあったかもしれない。そして、大災害時でなくても慢性的なサイキック・ナミングが起きているのが現代ではと感じ、この状態を作品化したい、するべきだと思ったんです。「SCUM」での「虚ろなスペクタクル」にも、感覚が麻痺・鈍麻したままの世界でいいのか、という思いはあります。



今回は原型パーツの一部がインスタレーションされた大型彫刻『Manifold』にもそうした問題意識がありますか? 情報/物質/エネルギーをキーワードに生まれたものだそうですね。

この作品では逆に、僕らが麻痺させて見えなくしていたものが突如目前に現れる、という状況です。肥大化した情報システムであったり、現代人が対峙している膨大なエネルギーを、目の前にマテリアルでドンッと提示したらどうなるかという関心から始めたものです。でも、ちょうど制作中に東日本大震災が起こり、これを今作ることの意味を考えさせられ、一時は制作も止まってしまいました。でも結局、ここで萎縮するのも違うと思い直しました。来年韓国のチョナンという都市で屋外彫刻として完成予定です。

彫刻を通して未知の感覚を探っていくと、恐ろしいものが出てきてしまう場合もありますか?

不穏なムードはときどき出てきますね。それと、未知の感覚、新しい表皮というけれど、それを求めたり評価する時点で、実はすでに僕らの中に「それを見たい」「それを知っている」という予兆や夢体験のようなものが誰のなかにもあるんですよね。でもそこがアートのスゴいところで、共感・感動するのは心の中にあった何かが表に出てきた瞬間だと思う。逆に、本当に未知のものは共有できないのではないでしょうか。



やはり新作の『Throne』は、ミュージシャンのゆずのミュージックビデオとコンサートの舞台美術を手がける中で、最終的にあの彫刻に結実しているようですが、テーマが「消費されるボリューム」だそうですね。そういう経緯で生まれた作品に対して、あえて(?)この言葉が選ばれているのも印象的でした。

ゆずとのプロジェクトや、「POLYGON」に発展した西武百貨店のウィンドウディスプレイの仕事については、知人たちから色々な意見をもらいました。まさに「消費される」ことを懸念された方もいましたし。でも、ならばすべてを逆手にとって、そのこと自体をコンセプトに彫刻に落とし込めないかと思った。ゆずのおふたりにもそのあたりを全て説明した上で、あそこまでやらせてもらった経緯があります。

最後に、『名和晃平―シンセシス』展をいま改めてどう捉えていますか?

毎回、個展がオープンするまでは、結構自信に満ちているんです。逆に言えば、展覧会を作っている最中は、確信を持って進めないと結実しませんから。でもそれが済んでオープン後しばらく経つと、反省モードになるんですよね。いまがそう(苦笑)。でも、やはり一回客観的に、自分のものとしてではなく眺めてみないといけないし、これは癖のようなものです。それが、次にどうするかということにもつながりますから。

名和晃平


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