
EIKO SHIMOZONO | 下薗詠子 | Photographer
目に見えるあらゆるものを正確に記録する写真というメディアは、その特性によって、見る者に新しい視点や予期せぬ驚きを与えてくれるが、その一方で、時には目に見えない”何か”をも、そこに焼き付けることができる。人間の本質に迫り、被写体に宿る”魂”を撮り続けてきた下薗詠子 の写真を見ると、そのことを強く実感させられる。13年間に及ぶ彼女の活動の軌跡が一冊にまとめられた写真集『きずな』によって、第36回木村伊兵衛写真賞を受賞した注目の写真家を取材した。
Text:原田優輝
写真を始めたきっかけを教えて下さい。
以前に、アンディ・ウォーホルののファクトリーが撮影された写真集を見たときに、モノクロ写真がスゴくカッコ良くて見えて、そこから興味を持つようになりました。高校卒業の頃に、ウォーホルのようなシルクスクリーンを専門的に学べる学校を探してみたのですが、それだけをやっている学校はなかったので、とりあえず写真を始めてみようと思い、写真の専門学校に入ったのがきっかけです。
それまでは特に写真は撮っていなかったのですか?
普通の高校生が、友だちと一緒に記念写真を撮るような感じでしか撮っていませんでした(笑)。写真を学ぶようになったのは、専門学校に入ってからです。学校に入って最初の授業が、街中を歩いている人に声をかけて写真を撮るというものだったんです。それまで私は人間不信というか、人が苦手なところがあったのですが、実際に街中で声をかけてみると、断られることがほとんどなかったんですね。自分が受け入れてもらえている感覚を感じることができて、徐々に写真が楽しくなっていったんです。特にその頃は、自分の苦手克服の一貫で写真を撮っていたところもありましたね。


写真集『きずな』より。
実際には、初対面の人とどのように接しながら写真を撮っていたのですか?
接し方は相手によって変わりますが、基本的には被写体に合わせていく感じでしたね。「写真を撮らせてください」と声をかけて、そこから半日くらい一緒に過ごしながら撮らせてもらう場合もあれば、忙しそうな人には連絡先を聞いて、日を改めて撮らせてもらったりもしました。被写体との距離感もそれぞれで、その場でいきなり深い話をする相手もいれば、あえて緊張感を保って、被写体の凛としたところを撮ることもある。逆にピンと来ない場合は、一枚だけ撮らせてもらって終わることもあったり。
撮影をしていると、”ピンと来る”瞬間があるのですか?
どちらかというと、その瞬間を自分から作っていく感じですね。そのために常にアンテナを張っているんです。被写体と接している時は、その人に一番合う背景や空間がないかを常に意識しているし、相手が私に深い部分を見せてくれたり、その人らしさを出してくれるように、いつでもオープンな姿勢で接するようにしています。そうやって常に嗅覚を研ぎ澄ませながら、被写体が最もその人らしさを出せる空間を、自分でコントロールしていくんです。例えば、夕方くらいの時間帯が一番合いそうな人であれば、それまでは色々と話をしながら、ゆっくり過ごします。だから、だいたい8,9割がおしゃべり、ということも多いですね(笑)。
あまり多くシャッターを切ることはなさそうですね。
あまり多く切らない方だと思います。ブローニーのリバーサルフィルムを使っていて、一度に12枚しか撮れないので、下手に数を打てないところもありますが、もともとそんなに「写真を撮りたくてしようがない」というタイプの人間ではなくて、自分の全神経が高まった時にシャッターを押している感じなんです。


被写体となる人の基準などはあるのですか?
どこかしら自分に雰囲気が似ている人が多いと思います。特に写真を始めた当初は、心に傷を抱えていて、そこに向かい合っていると感じる人にピントを合わせていましたね。自分と同世代の女の子から撮り始めたのですが、そこから徐々に若い男の子や年配のおじいちゃんおばあちゃんなども撮るようになっていきましたが、基本的には自分に近いものを持っていて、そこを引き出していけそうだと感じる人に声をかけることが多いですね。
先日木村伊兵衛写真賞を受賞した『きずな』には、そのような人たちのポートレートが収められているわけですね。
そうですね。この写真集の中には、こびを売るような人がひとりもいないんです。普通、若い女の子だったら、可愛く撮られたいと思ったりすると思うけど、そういうものが全然ないんですよね。
たしかにこの写真集に出てくる人たちには、そうした要素は一切感じられないですね。その人の最も本質的な部分をストレートに捉えた力強い写真が並んでいるように感じます。
さっきも話したように、自分がピンと来るタイミングを作ったり、待ったりしながら、その人の本質が見えてくる瞬間というのを、常に狙っているんです。写真というのは、シャッターを押せば何でも写ってしまうものですよね。でも、私が見ているのは、その人の魂など、目には見えない存在だったりするんです。最初は、そうした目に見えないものを、どうやって表現していこうかと考えていたのですが、そもそも目に見えないと思い込んでいる魂は、肉体に宿っているもので、そこには動きがあるわけですよね。目に見えないという意味では風なども同じですが、風だって草木の揺れなどで表現することができる。だから、人間の魂もそれと同じように表現していけると思って撮っているところがあるんです。


写真集『きずな』より。
『きずな』には、13年間にわたって撮り貯めた写真が収められていますが、写真集を作ろうと思ったのは、いつ頃だったのですか?
2年くらい前です。それまでは形にしようとか、賞を狙おうということは一切考えていなくて、特に発表もしていませんでした。でも、13年の間に撮った写真たちが、そろそろ表に出たいと言ってきて(笑)。ただ、その頃はアイデア勝負の写真や、フワフワしたガーリーな写真がスゴく多い時期だったんですね。そうした写真界全体の流れも俯瞰しながら、次に何が求められるかというのを考えてみると、私が撮ってきたようなストレートな写真なんじゃないか、と。その大きな流れが来るまでに準備をして、一番良いタイミングで写真集を出そうと思ったんです。それで、大賞を獲ると写真集が出版できる「ビジュアルアーツフォトアワード」に応募しました。その時はすでに、大賞を獲って写真集を出すというビジョンが自分の中で明確にあったので、まだ受賞も決まっていない段階から、色んな人に「写真集出します」と言っていましたね(笑)。
自分の作品を世に出すタイミングを冷静に探っていたのですね。
はい。自分の写真集を出したいという欲があまりなかったからこそ、良い結果になったような気がします。せっかく被写体一人ひとりの魂を撮らせてもらっているわけだから、下手には扱いたくなかったというのもあります。そういうすべてのことをひっくるめた上で、一番良い波が来ている時に出したいという思いがありました。
写真集は、「光の闇」「闇の光」「光と闇」から成る三部構成になっています。これは、下薗さんが歩んできた13年間のプロセスともリンクしているそうですね。
そうですね。写真を撮り始めた頃は、相手に自分を受け入れてもらえて、さらに写真を通して深い会話ができるようになっていくことが面白くて、毎日のように外に出て撮っていました。でも、徐々に相手の深いところまで入っていけるようになってくると、今度は人間の汚い部分というのも色々見えてくるんですね。そこでしばらく写真を撮るのをやめた時期もあったのですが、それでもやっぱり人間の力を信じたいという思いがあって、また撮り始めるようになりました。それからは、そうした心の闇の部分ではなく、もっと人間の素晴らしいポジティブな部分に自然とピントが合ってきたんです。そうした13年間にわたるプロセスが、時系列順に収められています。


写真集『きずな』より。
人間の闇の部分が見えて沈んでいた時期に、そこからはい上がるきっかけとなった出来事などはあったのですか?
魂の師匠と言える人に出会えたんです。その人は本当に素晴らしい人格者で、週に1,2回くらいその人と会って、自分の抱えている悩みや、小さい時から持っていた疑問などを全部ぶつけたんですね。その出会いをきっかけに、「私もその人みたいになりたい」「私も光を見たい」と思って、死に物狂いでがんばるようになったんです。まだその人を撮影はしていないのですが、いつか撮れるような人間になりたいなと思っています。
自分の苦手克服というところから撮影をスタートし、その後も写真を撮り続けているわけですが、写真を通してどんなことが得られたと思いますか?
人の長所から、そうじゃない部分までが、たくさん見えるようになりました。その上で、その人の良いところを引き出していく力が身についてきたように思います。最初の頃は、闇の部分に引っ張られて、「人間って嫌だな」「煩わしいな」と思っていたのですが、しっかりそこを見つめて受け入れられたことで、ポジティブな捉え方をした方が、自分にとっても幸せなんだと思えるようになりました。仕事として撮影をすることもあるのですが、以前は自分の興味がある人しか撮らないという感じだったんです。それも最近は、たとえ被写体が自分にとって興味のなかった人でも、撮影を通してその人の魅力を発見して、感動できるようになったんです。それからは、あまり仕事を断ることもなくなりました(笑)。今は、カメラを持っていない時でも、自然に相手の良いところを探すようになっています。写真でも、日常でも、光も闇も両方見た上で、一人ひとりのポジティブな部分にピントを合わせるようにしています。自分にとって大切なことは、何よりも「見る」こと。その証拠を形として残すために、シャッターを切っているのかもしれません。
Webを通して一般の希望者を募り、撮影をする「ナチュラル・フォト」というプロジェクトもやられていますね。
2,3年くらい前から始めたのですが、これは作品とは違って、自分を消して、撮られる人たちにとにかく喜んでもらうというところに焦点を絞っています。一方で、自分の作品の場合は、自分を消すというよりは、自分が被写体にとっての「鏡」になるつもりで撮っています。鏡になるためには、自分が濁っていてはいけないので、常に魂を磨いていないとダメなんです(笑)。
写真集を出版し、木村伊兵衛写真賞も受賞したことで、これまでの活動に一区切りがついた段階だと思いますが、今後取り組んでみたいことなどがあれば教えて下さい。
これからは日本だけではなく、世界に大きな輪を作っていきたいと思っています。自分の純度を高めていくと、本当に波長が合う人というのは減ってくるものですが、海外にまで範囲を広げれば、確実に人数は増えますよね。色んな国にたくさん友達がほしいので(笑)、これからは海外でも撮影していきたいですね。個人的にヨーロッパが好きなので、ヨーロッパで撮影をしたり、個展をやってみたいです。あとは、シャーマンや、土着的な民族などを撮ることにも興味があります。そして、今一番撮りたい人は、オノ・ヨーコさん。こないだアメリカに行った時に、アポ無しで突撃しようとしたのですが(笑)、会うことができなかったんです。でも、言い続けていればいつかは撮れるんじゃないかと思って、言霊の力を信じて、色んな場所でアピールしているんです(笑)。














