
MASAYOSHI KODAIRA | 古平正義 | Art Director / Graphic Designer
広告キャンペーンから、文化施設等のサイン計画、ブックデザインまで多岐に渡る仕事で、圧倒的な存在感を持つデザインを見せている古平正義。さまざまな課題に応じて的確な答えを示しつつ、決して無個性に陥ることなく、本人にしか表現し得ない強度を持ったデザインを提示できる数少ないクリエイターのひとりだ。2001年にFLAMEを設立し、すでにデザイナーとして確たるキャリアを築いている彼が、これまでの歩み、デザイン哲学、そして現在の日本デザインが抱える課題等について語ってくれた。
Text:原田優輝
グラフィック・デザインに興味を持つようになったきっかけを教えて下さい。
もともと音楽が好きでミュージシャンになりたかったのですが、才能がまったくなかったんですね(笑)。それで、音楽に近い仕事で何かクリエイティブなことがやりたいと思い、レコードジャケットなどを作るような仕事というところから、グラフィック・デザインを意識するようになりました。
学生時代に影響を受けたレコードやCDのアートワークなどはありましたか?
例えば、グラフィック・デザイナーを目指す学生なら、ピーター・サヴィルが好きという話がよく出てきたりすると思うのですが、僕の場合はそういうものに興味を持つようになるのは、もう少し後のことなんです。それよりはもう少し素直に音楽を感じるものや、純粋にカッコ良い写真が好きでした。ピーター・サヴィルって見るからに「デザイン」だし、クリエイティブな感じが強いですよね(笑)。極端に言えば、ニュー・オーダーの音楽を聴かずとも成立してしまう独立した良さがあるじゃないですか。僕はもう少しそのアーティストや中身を素直に表しているようなヴィジュアルなどがあって、音と一体化して成立するようなものが好きだったんですね。
デザイナーとして活動するようになってからは、そうした音楽関連の仕事などをすぐに手がけることはできたのですか?
最初は大阪のデザイン事務所に就職をしたのですが、そんな思い通りの仕事というのはありませんでしたね。後になって、例えばADC年鑑などに載っているような有名なデザイナーのところでやらないと、そういう仕事はできないだろうということがわかり、東京のデザイン事務所に電話をしたり、会ってもらったりするようになり、21歳くらいの頃に秋田寛さんに拾われました。秋田さんの下で4年間仕事をして、デザインの技術や印刷の仕組みなどを身に付けていきました。


(左)「バウハウスデッサウ」、(右) 「アートフェア東京2011」
その後独立するきっかけを教えて下さい。
秋田さんに限らず、やっぱりどこの事務所でも、その人の名前で仕事をしているわけじゃないですか。だから、本当の意味で自分のデザインをしていくには、自分でやらないといけないんですよね。秋田さんのところにいた時は、長くいるうちに任せてもらえる部分ももちろん増えてはきたのですが、それらはあくまでも秋田さんのジャッジの下で作っているので、ある意味秋田さんになったような感覚でデザインしているところがありました。そういうことが徐々にわかってきて、25歳くらいになったら独立しようということを考えていたんです。
独立後はキャンペーン広告のアートディレクションから、美術展のポスターデザインまで、多岐に渡る仕事をされていますが、仕事の内容や特性によって考え方を変えているところはありますか?
それはあまりないですね。最近、美術館のポスターを「美術館のポスター」として作られているものがスゴく多いなと感じます。その展覧会を好きな人しか相手にせずに作っていて、本当にお客さんを呼ぶ気があるのかなというものも少なくない。でも僕は、美術館であろうと、商業施設であろうと、お客さんを呼ぶために作るポスターであるなら、まず未知の人にもヒットするものを作るべきだと思うし、常にそれを心がけてデザインしています。そういう意味で、仕事の内容などによって考え方を変えることはないですね。


(左)「奈良美智展」、(右)「アーキグラムの建築実験1961-1974」
デザインをする上で一貫して大切にしていることがあれば教えてください。
僕はどんなものでも、デザインデザインしているようなものはあまり好きじゃないんです。一消費者からすれば、グラフィック・デザインというのは主役になるものではないと思うし、それが前面に出てくるようなものはあまり好きになれない。例えば、最近海外のタイポグラフィ関連のカンファレンスなどに呼ばれたりもするのですが、僕自身タイポグラフィに特化してデザインしているつもりはないんです。本のデザインなどをする時も、普通に良いと感じるものでとどめているつもりで、あまり文字を作り込んでいったりすることはありません。むしろ、本というのは人が所有するものなので、デザインによってその好き嫌いが出てしまわないようにしようと思っています。基本的に、人によって好き嫌いが大きく分かれるようなものは作りたくない。それは、その本に対する余計な口の挟み方だと思うんですよね。
古平さん自身の個人的な趣向などがデザインに反映されることはないのですか?
もともとあまり好き嫌いがないんです(笑)。普通の仕事のデザインというのは不特定多数の人目に触れるものだし、自分のために作っているわけではないんですね。あくまでもそのモノのクオリティを上げていくことが僕の中での基準になっています。一方で、大塚いちおさんとの本や、ローリング・ストーンズのTシャツなどを作ったりもしていて、こういう作品に近いようなものは、自分たちのためにやっていますね。なので、たまにクライアントワークで「好きにやって下さい」と言われることがあるんですが、結構困るんですよね(笑)。

「SWEET SIGNS O’MINE」MASAYOSHI KODAIRA AND ICHIO OTSUKA

(左)BAO BAO ISSEY MIYAKE「BILBAO PRISM “FOUR”」、(右)Artwork for The Rolling Stones Collaboration T-shirts
クライアントワークの場合、どのようにデザインを組み立てていくことが多いのですか?
多くの場合は、そのお題をもとにロジカルに考えていきますが、例えばラフォーレ原宿の仕事は、基本的にお題というものはほとんどないんですね。そういう場合は、その時の気分でやっていくこともあります。そういった類の仕事というのは、日本のデザインや広告業界的な文脈からは、あまり相手にされないですけどね(笑)。
とはいえ、そうした仕事の方が、クリエイターとして提示できるものは多いような気がします。
そうですね。クリエーションのあり方として、少し先を見て引っ張り上げていくようなことは重要だと思います。そういう意味で、いまの日本の業界は少し停滞気味かなと思います。どうしてもビジネスに寄り過ぎているし、最大公約数的な最低ラインをまず設定して、そこに合わせたものを作っていってしまうところがある。最近の広告にイラストを使ったものが少なくなっているのもその一例だと思います。昔はクライアントに説明するときに大まかなイメージだけを伝えればよかったのが、最近は多くのプレゼンがカンプというより仕上がり見本で事前承認を取らなくてはいけなくなっています。そういう流れになってしまうと、完成の形も限られてきてしまうんですね。

「LAFORET GRAND BAZAR」(2011)

「LAFORET GRAND BAZAR」(2010)
クライアント側だけでなく、デザイナー側にもその責任はあるかもしれないですね。
デザイナーがクライアントを甘やかし過ぎなところもあると思います。例えば、「宣伝会議」のAD講座とかで課題を出すじゃないですか。そうすると、別に仕事ではないのに、みんなスゴく仕事っぽく作るんです(笑)。変にこなれてしまっていたり、余計な要素が入っていたりして、わざわざうるさいクライアントがいる想定でやってしまっている。そういうことは実際の仕事の現場でも起きていて、実はそんなにうるさく言わないクライアントだって多いのに、作る側が変にクライアントを意識しすぎてしまっていたりするんです。海外のシンポジウムなどに行くと、どこに行ってもレベルが高いクリエイティブの話をしているのですが、一方で日本は、クライアントがどうとかの話をしていることが多く、スタンスの違いを感じますね。
今後日本のデザインには、どんなことが求められてくると思いますか?
たとえば、先日の震災以降、CMが中止になったりしたじゃないですか。これは実はあるクライアントの方が言っていたのですが、「それで中止や差し替えになるようなものなら、最初から作らなければよかったのに」と。結局その程度のものしか作っていなかったということが明確になったわけですよね。例えば、先日手がけたラフォーレ原宿の仕事では、サイトにメッセージを書き込んだら、その人に代わってラフォーレから募金がされるという仕組みなども作ったのですが、単に自粛をするのではなく、意義のあるものを作っていくということが必要だと思うんです。あと、堂島リバーフォーラムのサインのデザインをした時に、多くの人が「外国みたい」と言ってたんですね。普通に考えると褒め言葉ではないんですが(笑)、デザインそのものではなく、風景として評価してくれるというのは、僕にとってはスゴくうれしいことなんです。半永久的に残っていくものや、50年後に見てもおかしくないものを作っていくことは今後より重要になってくると思うし、それは常に心がけていますね。

「堂島リバーフォーラム」

(左)「FUKUTAKE HOUSE」、(右)「奈良美智展」
先ほどのクライアント云々の議論にとどまらず、その先を見据えたデザインが重要になってくるということですね。
もちろん仕事の内容にもよりますが、例えば本のデザインなどの場合は、文化として残っていくという意味合いがスゴく大きいので、極端な話クライアントの方を全然向かずに作っているところがあります。出版関係は、フィーも割に合わない場合が多いですし(笑)。そういう意味では、美術館の仕事なんかもアーカイブされていく価値ということを考えながら、もっと大事に作られてほしいなと思いますね。ただお金さえもらえればいいというわけではないし、その辺はしっかり見極めてやっていかないといけないですよね。
最後に今後やってみたいことなどがあれば教えて下さい。
最近はラフォーレの仕事でCMなどもやっているのですが、映像はもっとやってみたいなと思っています。これは頼まれたわけではないのですが、「Harajuku Performance +」というイベントのポスターを作った時に、オープニング時にスクリーンに投影したり、Webで告知として使えるような映像も作ってみたんです。こういうものは作っていて単純に楽しいですし、仕事としても可能性があると感じています。僕はグラフィック・デザインに関しては特別得意だとは思わないし、割とネチネチ考えてしまうのですが、なぜか映像の仕事は天才なんじゃないかと思うくらい、ズバズバ判断していけるんです(笑)。自分には映像関係のソフトをマスターする時間もないから、他の人に指示をして作ってもらっていますが、若い人なら自分で一からスキルを身に付けることもできるだろうし、もっと外に目を向けながら、色んな方向を模索してやっていくということも大切だと思います。
9月にパリ・ポンピドー・センターで開催され、古平氏も参加した「Tokyo Graphic Passport」が、東京・3331 Arts Chiyodaにて10月28日から10月31日まで開催予定。最新情報はこちらから。
「HARAJUKU PERFOMANCE +」
Pass:kodaira

(左)平野啓一郎「ドーン」、(右)「UIA 2011東京大会 第24回世界建築会議」













