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ICHIRO ENDO | 遠藤一郎 | Artist

「未来美術家」を名乗り、「未来へ」というたったひとつのメッセージを、様々な手段で伝えてきた遠藤一郎。すでに4台目を数え、遠藤の生活の場としても機能している「未来へ号」では、様々な場で出会った人たちに、それぞれの夢を車に書き込んでもらい、それを乗せて日本全国を走るという活動を続けている。愚直なまでにシンプルなアプローチで、不特定多数の人々に分け隔てなくメッセージを届けようとする彼に、その思いを聞いた。

Text:原田優輝


現在のような活動をするようになったのはいつ頃からですか?

意識的に何かを発信していくようになったのは高校卒業前後くらいからですね。高校卒業後すぐに東京に来て、ライブハウスや舞台で、ライブやパフォーマンスをするようになり、人に何かを見せたり伝えたりということを意識するようになりました。その頃から「未来へ」という言葉もなんとなく自分の中にありました。

「未来へ」という言葉は遠藤さんの中でどのように作られていったのですか?

僕はいま31歳なのですが、酒鬼薔薇聖斗事件バスジャック事件などがあって、そういうことを起こす世代と世間的に見られたりして、ひとつの大きな流れに巻き込まれてきたんですね。そのなかで、「自分たちには何が必要なのか?」とか「どういう風にしなければいけないのか?」というような鬱屈とした思いを僕も人並みに抱えるようになって、その頃から自分たちがどう生きれば、過去から受け継いだものを未来につなげていけるのかということを意識するようになりました。そこから「未来へ」というメッセージを伝えていかなきゃと考えるようになったんです。



10代の頃から、次世代や未来のことを強く意識していたのですね。

100年後、200年後のためということを当時から考えていました。いまのうちから土台を作って、種をまいておかないと、これから先人類は危ないんじゃないかという漠然とした思いがずっとあるんです。

そうした考えは、「いま」への絶望から生まれたものなのですか?

絶望というよりは、虚無感のようなものですかね。僕らはスゴく大きなものの中で生きていて、今のところ自分たちで想像できるのは宇宙くらいまでだけど、その先にはさらに大きな存在があるかもしれない。そう考えると、自分がこの場所で生きている80年そこそこの人生というのは、本当に1粒の光ですよね。そこにスゴい虚無感や無力感を感じるんです。これはどの時代にもあった虚無感だと思うんですが、「じゃあそこで自分に何ができるのか?」ということが、僕を突き動かしている大きなものなんです。


現在全国を行脚中の「未来へ号」にはどんな思いがあるのですか?

「未来へ」という意思はみんなが持っているはずなんですが、100年後、200年後の未来や、次世代への思いというものがいまは貧弱になってきていると思うんですね。だからこそ、この「未来へ」という意思をシンプルに明確に伝えるということをしていきたいし、「未来へ号」がそのきっかけになれればなと思っています。もともと高校の頃から、学校を休学して自転車でスゴく遠くまで行ったりしていて、自分が移動していくことで活動範囲を広げたいという思いがあるんです。本やテレビを通して、色んな場所で起こっていることを知ることはできるけど、なかなか実感は得られない。わからないことを知るために実際に自分がそこに行ってみるとスタンスは、昔からずっと変わらないんです。

「未来へ号」を始めた当初、周囲のリアクションはどんな感じでしたか?

いまもそうですが、反応は本当に色々ですね。良い反応をしてくれる人もいれば、まったく無反応な人もいます。ただ、これだけ目立つので、やっぱりみんな一度は見るんです。その後に色んな反応があるのですが、まずはこれを見て脳裏に焼き付けてくれればそれでいいと思っています。たとえそこに会話が生まれなかったとしても、「未来へ号」が走っているところを見てくれた時点で、第一段階のコミュニケーションは成立していると思っています。「未来へ号」に自分の夢を書いたり、写真を撮ったり、会話が生まれるというのは、その次の段階のコミュニケーションで、それは僕にとってうれしい結果という感じです。

アート業界からの反応は?

傾奇者が出てきたというような反応が多かったですね(笑)。でも、自分がやらなきゃいけないことは明確だったし、それはアートの世界に入るということではなかった。もともとは音楽をやっていたし、どちらかというとその延長で始めたつもりだったのですが、結果的にアート方面から面白がられて、そういう場でも活動をするようになったという感じです。




メッセージを伝えるという面においては、ギャラリーで作品を展示することと、「未来へ号」のようなアクティビティに大きな違いはないように思いますが、「未来へ号」の場合、それ自体が遠藤さんの生活の場でもあるわけですよね。

まさに生活そのものです。「未来へ号」に関しては、これが自分の作品という意識は一切ないし、もはや自分だけの持ち物でも全然なくて。これまでも色んな人が乗ったり、夢を書き込んだりしているし、自分ひとりでは成立しないものになっています。自分はあくまでも「未来へ号」のドライバーに過ぎないと思っています。ただ、色々な人たちの夢を乗せるということは、やっぱり軽くはないんですよ。もちろん、自分がそれを求めているわけですが、夢や希望というのは人間にとって一番強い意思やエネルギーだし、それを乗せて運転するということは、やっぱり自分の生活ごと委ねていくくらいじゃないとできないんじゃないかと思っています。

人々の夢を乗せるという行為は、遠藤さんにとってどんな意味合いがあるのですか?

みんなが自分の夢をこのバスに書くことで改めて思いを強くして、そこに向かっていってもらいたいんです。ここに書かれた夢を実現させるのは僕ではなく、それを書いた自分自身なんですね。ガキとかはすぐウンコを描いたりしますし(笑)、ここに書かれていることを僕がコントロールすることはできない。そうした自分の意志を超えたものをただ受け入れて、走っていくという感じですね。



「未来へ号」の活動と、ギャラリー等で展示する作品の関係性を教えて下さい。

ギャラリーでは幕を作って展示したり、映像を作ったりしていて、その手段は毎回変わっていきますが、やりたいこと自体は「未来へ号」と変わらないので、それを色々なツールで表現している感じです。例えば、幕を作る場合も自分ひとりでやるのではなく、みんなで一緒に描くんです。「未来へ号」と同じで、僕がきっかけは作りますが、そこからはみんな作っていく。描く内容とかもほとんどいつも同じです。

みんなで作っていくことでどんなことが見えてくるのでしょうか?

絆とか心のつながりって目に見えないし、ちょっとしゃらくさいと感じる人も多いじゃないですか(笑)。でも、それをナメるなよと思っているところがあって。実際に目にも見えるものなんですよね。例えば、みんなで描いた幕を展示したり、みんなが夢を書いたバスで全国をまわるというのも、色んな人がつながっているということの証を見せているところがあるんです。いま「未来龍大空凧」という連凧のプロジェクトもやっていて、これはみんながメッセージを書いた凧を1つにつなげて空に上げるというものなんですが、途中でこわれている凧があってもそれが落ちることなく、周りに支えられて空に上がっている。そういうことをわかりやすく目に見える形で伝えたいという思いがあるんです。

そうしたつながりを明確に視覚化するために、なるべくシンプルなアプローチを心がけていると。

そうですね。なるべく全員に伝えたいと思うんです。そうすると自然に「シンプルで力強く」というところに向かっていくんです。これだけ細分化している時代だからこそ、コミュニティとか関係なく、なるべく無差別に共有していけるものが絶対必要だと思うんです。そういう意味でも、今自分が思いつくのは「未来へ」というメッセージしかないんです。地球上には、未来を考えられないような色んな境遇の人たちがいると思いますが、どんな人にも夜が訪れ、朝になるとまた日が昇って、そこからは逃られないですよね。そこには大きな肯定があると思っています。



今回の震災によって、「未来」という言葉の意味合いも大きく変わったような気がしますが、遠藤さん自身に何か変化はありましたか?

大元の部分は変わっていないし、ますますやっていかないと、という思いになりました。ただ、周りの人の「未来へ号」への反応はスゴく変わりましたね。今回のことで、日本にいる人たちはみんな少なからず命の危険を感じたはずで、それは大きなことですよね。いま生きているという感覚を実感することができたからこそ、みんな素直になっている気がするし、「未来へ」という言葉がスッと入っていっているというのは強く感じます。

被災地にも頻繁に向かっているようですが、現地の反応はいかがですか?

自分が「未来へ号」で現地に行くということは、胸を張ってやっていることで、迷いはないのですが、最初に行くときは、「どんな反応があるんだろう?」とやっぱり色々考えました。でも、実際に行ってみると、たくさん写真を撮ってくれる人や、「明るくなるよ」と声をかけてくれる人もいたりして、反応がスゴく良かった。ただ、実際に書いてくれる夢が、「娘たちよ、どうぞ安らかに」という言葉だったりするんですね。状況としてはリアルに絶望的なんだけど、だからこそ未来へ踏み出さないといけないということを多くの人が感じているんです。もちろん一概には言えないですが、そういうことがわかってからは、ますます現地に行かないとと思うようになりました。



被災地での印象に残っているエピソードなどがあれば教えて下さい。

本当に色々なことがあってその度にこっちが勇気づけられていますが、大船渡の避難所に行った時に、そこでかなりの数の炊き出しがやられていたんです。そこで教頭先生がボソッと「炊き出しは自分たちの命綱ではあるけど、もっと面白い炊き出しはできないですか?」って僕につぶやいたんです。大きな声では言えないことだけど、やっぱりみんな面白いことを求めていて、そこにスゴい希望が感じられた。本当に忘れられないひと言ですね。

実際に炊き出しはやったのですか?

地元の人たちと一緒にやろうという提案をしたら、みんなどんどん動き出して。震災の影響で、大船渡の伝統的なお祭りが中止になってしまったんですね。だから、この炊き出しをする時に、伝統的な獅子踊りを簡易的でもいいからやれないかという話が出たんです。結局、地域の人だけじゃなく、その周りの被災を免れた人たちも踊りに来てくれることになって、婦人会のおばちゃんたちはお餅や豚汁を作り始めて。僕も友人のアーティストとかに呼びかけて、当日は2000人くらいの人が集まりました。それを見た時に人間の生命力をスゴく感じたし、「やっぱり立ち上がっていくんだな」ということを感じましたね。

これこそまさに絆の視覚化ですね。

そうですよね。一台でもいいから今の時代にこういうバスが走っていること、この「夢バカ」みたいな活動が、絶対に必要だと思っています。次は船舶免許も取って、「未来へ丸」をやりたいなと(笑)。さらにロケットなんかに「GO FOR FUTURE」なんて書いてあったら、ハンパなくテンション上がりますよね(笑)。



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