
MAKOTO TANIJIRI | 谷尻誠 | Architect
「もしも布で建築を作ったら?」「重力が存在しないと成立しない建築物を浮かせたら?」—。目の前にある当たり前の概念を疑い、建築の可能/不可能の境界を再定義しながら、常に新たな課題に取り組み続けている建築家・谷尻誠。建築や内装はもちろん、ギャラリーでの作品発表、さらに広島にあるオフィスに併設したスペース「THINK」の運営など、建築を広義に捉え、建築と人間、空間と行為などソフトとハードの関係性に着目したさまざまな実験を行い、さまざまな分野から注目を集める彼にインタビューを行った。
Text:原田優輝
建築に興味を持つようになったのはいつ頃からですか?
もともと自分が育った家が昔の町家で、台所に行くのにも靴を履いて、一度外に出るような家だったんです。雨が降っていたら家の中を移動するだけなのに傘をさしたりして、「なんで僕だけこんな変な家に住んでいるんだ?」と思っていて、それが逆に建築などを意識する環境になっていたのかもしれません。あと、父が土木の設計をしていて、小さい頃に工事現場に連れていかれたりしたことも影響があるかもしれません。とはいえ、高校くらいまではファッションなどに興味があり、建築を仕事にするということはまったく考えていませんでした。でも、高校を卒業する頃になると、ぼんやりと設計などの仕事をしたいと思うようになり、専門学校で勉強をして、設計事務所に就職をしました。
その設計事務所ではどんな仕事をしていたのですか?
建売住宅を主にやっている事務所だったので、あまりデザインを考えていく感じではなく、間取りをパズルのように組み合わせていくような仕事でした。そこに5年程いたのですが、だんだん物足りない気がしてきて、独立しました。ただ、決して意識が高かったわけではなく(笑)、もともと自転車のレースをやっていたので、独立して下請け的な仕事をしながら最低限のお金をもらい、レースに行けたらいいなという気持ちでした。でも、色々と提案をしてしまったり、期限も守れなかったりと、下請けらしからぬ行動ばかりとっていたので、仕事がほとんどなくなってしまって…。それからは焼き鳥屋でバイトなどをしながら、友達づてに紹介をしてもらった仕事などをやるようになりました。当時は何もわからない状態だったので、自分なりに調べたり、色んなアドバイスを聞いたりしながら、徐々に自分なりの作り方を見つけていくという感じでしたね。
最初の設計事務所にいた頃とは仕事の内容などもだいぶ変わってきたのですか?
そうですね。設計事務所にいた頃は、早く書類をまとめて役所に出して着工することが大事で、とにかく効率を追求していくような仕事だったのですが、自分なりに仕事をしていくようになってからは、実際に現場に行って、職人さんたちの声に耳を傾けたりするようになったし、僕が変なアイデアを出してもそれを受けてくれる受け皿がある。その辺が大きく変わった部分でしたね。僕みたいな人間でも要望に対して答えを出せれば喜んでもらえることがわかり、だんだん面白くなっていきました。
ものを作る時にまず求められることは、問題を解決することなんですが、仕事をしていくうちに、見えている問題に対して答えを見つけていくことよりも、そもそもの問題が何なのかということを提起していくことの方が大切なんじゃないかと思うようになりました。それは、余計なお世話の連続でもあるのですが(笑)、そういう問題を見つけ出していくことへの興味が自分の中で大きくなっていきました。


DESIGNTIDE TOKYO 2009
ターニングポイントになった仕事があれば教えて下さい。
2003年にカフェと住宅が一緒になった建築を広島に作ったんです。ここは、元の敷地が傾斜していたのですが、普通こういう場所ははじめに造成して平らにするんですね。でも、地面を平らにすることが目的ではなかったので、あえて傾斜している敷地に高床式の建築を建てました。この仕事がグッドデザイン賞に選ばれ、建築写真で有名なナカサ・アンド・パートナーズに当時在籍していた矢野紀行さんという方が広島まで建物を撮りに来てくれて、それがきっかけで色んな雑誌にも出るようになりました。その辺りから徐々に仕事も広がり始めましたね。
建築を考えていく上で大切にしていることを教えて下さい。
僕が一番大事にしていることは、すでに世の中にあるものや自分の経験などを一度リセットして考えるということです。建築というのは、「これはこういうもの」という常識や知識が浸透しているので、住宅なら住宅らしいものを、美術館なら美術館らしいものを作ろうということになりがちです。でも、「住宅らしいもの」を作ることが目的ではなく、人が住む場所をどう作るかということや、アート作品を飾る場所はどうあるべきかということを考えることが、本来の僕らの仕事であり、クリエーションだと思うんです。僕が好きな本に野矢茂樹さんの「はじめて考えるときのように」というものがあるのですが、毎回そのような意識で向き合いたいんです。例えば、子供のように大人の経験や技術が使えたとしたら、もっと夢のある建築ができるんじゃないかなと思うので、常に不真面目に考えて、誰よりも真面目に作りたいという気持ちがあります。どうしても大人は真面目に考えてしまいますからね。


Café Float
従来の概念や自分の経験をリセットするのは簡単なことではないですよね。
そうですよね。だから、毎回そのための方法論を考えます。例えば最近は、物事の名前を取るということをしています。例えば、コップから名前を取ってしまえば、そこに水を入れて花をさすことも、金魚を飼うこともできるだろうし、水を入れずに鉛筆立てにもできる。餃子の皮を丸く切るための道具にしてもいいですよね。コップという名前があるがゆえに、飲み物を飲むための道具としてしか使われなくなってしまうんです。そう考えていくと、名前というものが世の中の大部分を支配しているようにも思えてくるし、逆にそれさえなくなれば、「はじめて考えるときのように」向き合えるようになるんじゃないかなと。
何か具体的な事例があれば教えて下さい。
目の前に駐車場があって、道路を挟んで教習所があるという場所で、2件の居酒屋をリノベーションしてカフェにするという計画がありました。こういう場合は、一度中を解体してから新たに作っていくものなのですが、よく考えてみると、カウンター、テーブル、椅子など、居酒屋とカフェは構成要素がほほ同じなんですね。そこで、一度居酒屋の器具だったモノたちの名前を取ってしまおうと思い、すべてのものを一度同じ色で塗りつぶすことから始めたんです。「居酒屋の照明」「居酒屋のテーブル」などの名前を一度消却して、「あなたはカフェのカウンターになりなさい」といった具合で、自分が新しい名前を付けていったんです。居酒屋にあった流し台なども色を塗った後に「本棚」という名前を付け直して本を陳列すれば、それが本棚になったりするんです。こうして名前を取ったり付けたりしながら、新しいものはほとんど作らずにリノベーションをしていきました。


cafe/day
道路がそのままカフェにつながっているような内装も印象的ですね。
向かいに見える教習所の黄色いポールが印象的だったので、カフェの室内にも同じコンテクストを引き込み、黄色を所々に散りばめたり、アスファルトに引かれたホワイトラインなどを取り込んで内装を作ったりしました。車のシートと同じ素材を作ったソファなどもあります。こうすることで、それまで中にあったものがいきなり外に放り出されるような感じになるし、どこまでもカフェで、どこまで自動車学校のような公共性が生まれるんじゃないかと考えました。
外界にあるものを建築の内部に取り込んだこの仕事に象徴的なように、都市と建築、屋内と屋外などをはじめとするさまざまな境界をあいまいにしたり、建築の構成単位自体を再定義していくことが、谷尻さんのもの作りのひとつの特徴になっているように感じます。
実際のところ、その「間」が一番気持ち良いと思うんですね。都市とひとつの敷地の境界や、廊下と部屋の境界など、何がその単位を決定付けているのかということに焦点を当てることは多いですし、それを見つめることは結構大事だと思うんですね。カフェや美術館を決定付ける要素が何かということをよく考えてみることで、いわゆる美術館らしくない建築でも美術館足り得るようなものというのが、まだまだ作れるような気がするし、その辺りはもっと実験していきたいという思いがありますね。


THINK
広島の事務所の3Fスペースで、さまざまなゲストを招いて開催しているプロジェクト「THINK」についても話を聞かせてください。
「THINK」では、「空間を作らない」ということに決めているんです。空間自体は解体されたままの廃墟のような場所なのですが、そこで行われる「行為」に着目することをテーマにしています。例えば、建築家の藤原徹平さんを呼んでトークをしてもらった時は、ここがトークショーの場所になったし、アジカンの後藤(正文)さんが歌ってくれた時はライブハウス。フードディレクターの野村友里さんを呼んでみんなでご飯を食べるとレストランという名前が付く。普通僕らがギャラリーを作る時は白い壁にするし、レストランなら内装を設計したりしますよね。でも、実は建築家が介在しなくてもそこに人の行為があれば場所としてしっかり成立するんですよね。そうすると僕ら建築家がいなくてもいいということになってしまうのですが、同時に何がギャラリーやレストランという空間を決定付けているかということも浮かび上がってくるという意味で、建築家にとって学べることがスゴく多いんです。次回は落語家の柳家花緑さんを呼んで、この空間を寄席にしようと思っています。
THINKを始めたことで普段の仕事へのフィードバックなどはありましたか?
何に着目して、どういった形に落とし込んでいくのかというプロジェクトの考え方などに、THINKでの経験が活かされるようになってきました。あと、THINKをやることで、僕がいまどんな人と会って、何を考えているのかということが事務所のスタッフにも伝わりやすくなりましたし、色んなジャンルの人の話を自分たちの仕事である建築に翻訳して考えていく力も高まったように思います。例えば、料理などにしても、お皿と野菜の関係を、敷地と建物のそれに捉え直すことで見えてくることもあるんです。月に一度お酒を飲んでコミュニケーションを取るということも、スタッフにとって良い環境になっていると思います。
谷尻さんがTHINKなどを通して追求しているハードとソフトの関係性は、あらゆる分野でより重要なテーマになっていきそうですね。
そう思います。建築の仕事は基本的にはハードを作る仕事かもしれませんが、ソフトにも関わりながらハードを作っていくことや、ハードを作るためにソフトをどう扱っていくべきなのかということをより考えていく必要があると思っています。特に僕は人が好きだからこそ、人と建築の関係性が気になるんです。
先日ビームスが運営するB GALLERYで開催された個展「Relation」も「関係性」に着目した展示でしたね。
例えば、「暗さ」があることで「明るさ」が生まれるように、物事というのは常に関係性の中でしか語れないんじゃないかと思っているところがあって、今回は磁力で浮く建築を考えていくことで、何かに支えられてはいるけれどその形が見えないような、「ないけどある」という関係性をテーマにしました。もし本当に磁力で建築を浮かせることができたら、地震も津波も関係がなくなるかもしれないですよね。僕は、新しい構造や概念、価値観というのは、何かが起きてから考えるのではなく、もっと早くから考えておかないといけないことなのかなと常々思っていて、そのひとつの提案が今回の展覧会でした。


「Relation」at B GALLERY
従来のルールにとらわれない谷尻さんらしい提案ですね。
今回に限らず、建築は強くてしっかりしたものという常識がみんなに埋め込まれていますよね。でも、地震などが起こると、その建築の強さが結果的として悲劇を招いてしまうこともある。例えば、発泡スチロールで家を作ることができたら、地震で崩れても人は死から逃れられますよね。どちらか一方が正しいという話ではないですが、「こういう価値観もあるよね」というものを常に想定しておく必要はあると思うんです。いま目の前にあるものが当たり前になっているということは、実は不思議なことなんだと日頃から考えています。何年も仕事を続けて経験が積まれてくると、ある程度のカードを持てるようになるので、その手持ちの中で仕事をするようになりがちですよね。でもそうすると、それ以上カードが増えなくなる。僕はそれがスゴくイヤで、常にやったことのないことにチャレンジして、新しいカードを作っていきたいという思いがあるんです。
最後に、今後の予定などがあれば教えて下さい。
来年1月末にエクスナレッジから書籍を出します。これは作品集のようなものではなく、自分自身の思考をまとめたような一冊になっています。落ちこぼれだった僕がこうしてなんとかやれているということを通して、建築に限らず幅広い人たちに向けてエールが送れるような本になればいいなと思っています。「1000%の建築~僕は勘違いをしながら生きてきた~」というタイトルには、たとえそれが大きな勘違いだったとしても、社会が決めた価値基準とは違う単位の物差しを持って、自分の価値観でトライをしていくことが大事だという僕自身が実践してきた考え方が反映されています。ポイントは「逸脱力」です(笑)。また、12月15日からリビングデザインセンターオゾンで展覧会をやります。これはまさに先ほどの話のプロトタイプとして、発泡スチロールで建築や家具を作るという展示になる予定です。
展覧会『You Make The Rule 再描写を試みる家展』は12月15日〜1/31まで、リビングデザインセンターオゾン3F OZONEプラザにて開催。


Cafe la miell











