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JULIE WATAI | ワタイジュリ | Artist

イタリアで出版されたファースト作品集「SAMURAI GIRL」が累計で120万部を突破したフォトグラファーでありながら、アイドル「天野あい」としてグラビアやDVDに登場し、時にはiPhoneアプリのディレクションも手掛ける—。そんな変幻自在の顔を見せるアーティスト・Julie Watai。彼女の作品に登場する、ネオンカラーのキッチュなケーブルや基盤、機材と絡み合う女性たちの姿は、秋葉原、渋谷、原宿と、あらゆるカルチャーがハイブリッドに混ざり合いつつある「今」の空気感を絶妙に捉えている。アート、アイドル、音楽など、軽やかにフィールドを飛び越えた活動を続ける彼女に話を聞いた。

Text:松井友里


まずJulieさんのバックグラウンドを教えてください。現在でも活動されていますが、もともとアイドルとしてデビューしていますよね。

アイドルを始めたのは10代の終わりなのですが、それまではずっと同人誌を作っていたんです。始めたのは小学生の頃で、漫画家になるのが夢だったし、とにかくものを作るのが好きだったので、自分でちょっと良い紙を買ってきてコンビニのコピー機で印刷して、それをイベントで売るということをやっていました。そうやってずっと絵を描いていたのですが、まったく売れなくて、そのうち画力やお話作りの能力など自分には足りないところが多いということにも気づき始めて。それでもずっと諦めきれなくてしばらく続けていたのですが、高校卒業後の進路を決める段階で、夢を叶えられなかった逃げ道としてアイドルの活動を始めたんです。大きなオーディションに受かって、事務所に寮を用意してもらい上京することになったのですが、なぜアイドルになったかというと、アイドルになって自費出版したら知名度だけで同人誌が売れて、絵の仕事もできるのではないかというヨコシマな考えが根底にあったからなんですね(笑)。

そこから写真の道に進んだきっかけを教えてください。

アイドルの活動を2年くらいやっていく中で、念願の絵の仕事もやらせてもらえるようになって、漫画雑誌でちょっとしたイラストを描いたりもしていたのですが、あんなに憧れていたのに何をやっても満足感が得られませんでした。同人誌もこっそり作っていて、そこそこ売れるようになりましたが、来てくれる人は私のアイドルとしてのファンの方ばかりで「自分の目指している方向性とは違ったな」と思い始めて、ちょうど契約が終わったこともあって、1回アイドルをやめたんです。でも、すべて失った自分が絵を始めてもまた逆戻りになってしまう。また別の表現を見つけなきゃいけないという時に、コスプレイヤーの女の子たちの写真を昔から撮っていたので、「これなら自由な表現ができるんじゃないか」と思ったんです。というのは、写真だと、画力やストーリーを作る力がなくても、素材を撮って組み合わせれば思った世界観に近い作品が作れるんです。だから、1枚絵で何かを作る手段として写真を始めたのがきっかけですね。

いつ頃からコスプレイヤーの写真を撮っていたのですか?

家にたまたま一眼レフがあったので、中学生くらいから始めました。当時はコスプレイヤーも少なくて、ひとつのイベントに20人くらいいれば良いという感じだったのですが、デジカメがなかった時代なので、皆使い捨てカメラでコスプレの写真を撮っていたんです。だから当然あまりキレイに撮れません。そこで私が一眼レフで撮って、できた写真をあげると皆スゴく喜んでくれたんですよ。それがコスプレイヤーの子たちとのコミュニケーションの手段にもなっていて、写真って面白いなと感じてそこから独学で勉強していました。


いったんアイドルをやめた後、イタリアに渡っていますが、それにはどういったきっかけがあったのですか?

アイドルをやめて写真の活動をしていたのですが、活動と言っても当初はただ黙々と自分の作品を作ってインターネットにあげるというようなことをしていました。その後、機会があって元々好きだったアラーキー(荒木経惟)さんの付き人をやらせてもらったりしていた中で、6、7年前にイタリアの出版社の方が日本に来た時に、自分の写真を見せたんです。当時はこういった世界観のものが、あまり発表されていなかったこともあり「これで写真集を作ったら面白そうだ」という話になりました。それで、写真集のために次々と作品を作り出したのですが、新しく撮影した作品に関しては出版社のイメージとは違ったらしく、もっと外国人が見た「クールジャパン」的な分かりやすいイメージが欲しいと言われたんです。私の作品は日本人同士であれば通じるかもしれないけれど、皆が分かるような日本のイメージではないから、外国人の視点を勉強してくれ、と。でも、そんなことを急に言われても分からないじゃないですか。なので欧米圏の文化が理解出来る土地で制作をさせてほしいという話をしたんです。そこからイタリアに行って、イタリアを拠点としてヨーロッパに2年くらいいました。

「海外から見たクールジャパン」というのは、具体的にはどういったことだったのですか?

漫画家の吾妻ひでおさんがスゴく好きで、彼は日本で初めて「ロリータ漫画」というジャンルを作った方だと思うのですが、漫画の中に少女たちがたくさん出てきてケーブルに絡まれたりするセクシーなシーンが多く登場するんです。それがスゴく好きだったので3次元でやってみたいと思い、女の子がケーブルで絡まれた写真などを撮っていたのですが、「この気持ち悪い写真は一体なんだ」という風に言われて(笑)。それは日本にいて2次元の漫画を読んでいる人にしか分からない感覚だったんだと思います。最近は文化が成熟して一般的な人にも知ってもらえるようになったので、去年日本で出した2冊目の作品集「はーどうぇあ・がーるず」の中でようやくこうしたアイデアも出せましたが、1冊目に関しては分かりやすさを意識して、慎重に翻訳するような気持ちで作りました。


イタリアでファースト作品集「SAMURAI GIRL」を出版した後は、どうされたのですか?

写真集を作ったのはいいけれど、日本に帰ってきたらまた仕事がないんです。そこでまずバイトをしようと思い、イベントコンパニオンのアルバイトをするうちにレースクイーンの仕事も決まって、その流れの中でグラビアアイドルとしてまたデビューしないかと事務所から声を掛けていただきました。それで、写真の仕事もなかったし、面白そうだと思ったのでグラビアアイドルをやるようになりました。ただ、最初にデビューした頃に、自分の創作活動と芸能的な仕事というのは全然別物だということを感じていたんです。だから今回は、アイドルの仕事も自分の「作品」として見せられるように活動しようと思い、まったくの別人格を作ることにしたんです。桂正和さんの「ビデオガール(電影少女)」という漫画が好きだったので、そのヒロインから「天野あい」の名前を付けました。DVDを出してデビューすることが決まっていたので、「DVDガール」ということで。シャレみたいなものです。それからは「天野あい」として活動しながら、写真の方もまた次の本の出版などが決まり、今に至るという感じです。

Julieさんの写真は撮影後にCGなどで手を加える部分も多いと思うのですが、撮影する時点で完成図は明確に固めているのでしょうか?

何も決めないと、最初のイメージと最終的にアウトプットする形がブレてしまうので、まず最初に漫画絵で主要キャラや設定を作るようにしています。例えば、私が作った「SAMURAI GIRL」という美少女キャラは、1冊目の写真集の表紙の元にもなっているのですが、このキャラに関してはスゴく人気だったみたいで、フィギュア化してもらったりもしています。


2次元のものを3次元にするというのはJulieさんにとって重要なことなのですか?

そうですね。むしろ、いかに2次元に近づけるか、みたいな(笑)。例えば昔浜崎あゆみさんを好きだった女子中高生は、あゆと同じファッションをしたり、コスメを使ったり、喋り方も意識して変えたりしていたと思うのですが、私の場合はそのモデルがアニメのキャラだったりするということです。

機材やメカへの興味は昔からあったのですか?

私ソフトよりハードが好きなんです。電子工作をやっていたこともあって、身近に感じていたということもあります。私が初めて使ったパソコンがMacの7800/180というかなり古い型なのですが、モニターも合わせると当時スゴく高かったので、父親の会社のジャンク品をもらってきて、自分で直して使えるようにしました。それからは自分でもやればできるんだなと思って、いろいろなことに挑戦するようになりました。



2冊目の作品集「はーどうぇあ・がーるず」のコンセプトを教えてください。

「はーどうぇあ・がーるず」を作ったのは、ちょうど一昨年くらいに渋谷と秋葉原の文化が近づいてきているなということを感じて、それを具現化したものをひとつの形にして出そうと思ったことがきっかけです。分かりやすい例で言うと、渋谷のファッションブランドの服を着ている子たちが秋葉原に登場するようになったり、もともとは渋谷でアニメの話をしている人を見かけることなんて全然なかったのに、そういう女子中高生が増えたり、しまいにはファッションビルに「けいおん!」のポスターがバーっと貼られたりといった現象が起きていて。これは面白いから先に作ってみようかなと思ったんです。だから、「SAMURAI GIRL」の時には分かりやすい秋葉原像を撮っていたのですが、「はーどうぇあ・がーるず」では今のそういったオタク文化、アキバ文化を出したいなと。秋葉原に可愛い女の子もいるし、逆に渋谷にも普通にDSを持っていてゲームをする女の子が日常的にいる、という辺りを形にしたかったんです。

先ほど、創作活動とアイドルとしての活動は分けていると伺いましたが、Julieさん自身も作品の中に登場するのはなぜですか?

1番の理由は自分が出ると権利関係がクリアになるからです(笑)。例えば、作品を商品化する際などに、自分の写真だと何の問題もないですよね。他の女の子の写真だと、「彼氏が変わった」とか「結婚して旦那さんに止められた」とかの理由で使えなくなってしまう場合があるんです。撮る時に一応書面にサインはしてもらうのですが、だからと言って後で無理強いするようなことはやりたくないんですよ。だから、なるべくこれと決めた作品は、自分が出るようにしています。写真を撮る人間にとって、その問題は割と大きいんです。そういった問題さえなければ、セルフポートレートよりも断然モデルさんを撮りたいですね。セルフポートレートだとどういう風に写っているか見えないから、あまり凝った作り方ができないんですよ。モデルさんを撮るのであれば、「コードをもう少しこういう風に巻き付けよう」とか細かいことができるので、本当はその方が作り甲斐がありますよね。


Julieさんの写真は、エンターテイメント性をかなり意識されているように思います。

そうですね。モデルに女の子ばかりを使っていたりすることもあるので、それが入りやすいかなとは思っていますし、意識もしています。あまり難しい写真だとそういうものが好きな人にしか理解できないかもしれないし、私が目指しているのはそこではない。もっと皆で楽しめるものであったり、女の子が私の写真を見て、「よく分からないけどこういうの好き」と感じてもらえたりしたらいいかなと思っていますね。やっぱりたくさんの人に見てもらえないと意味がないので。ずっと見てもらえない時代があって、青春時代をそうやって悶々と過ごしてきたので、今はネットとか普及してきてよかったなと思っています(笑)。

アイドルとしてのエンターテイメント性と、表現する上でのエンターテイメント性には違いはありますか?

はい。アイドルの時は「天野あい」という仮想のアイドルを自分で演出してやっています。例えば、ネットで「天野あい」と検索してもらうと、画像やYouTubeの動画が出てきて、それだけでひとつの楽しめるコンテンツとして成立しますよね。だから今も継続してずっとやっているのですが、天野あいの方は撮影も他のカメラマンさんにやってもらっていますし、自分ひとりでは動かしていないんです。どちらかというと求められているものに応えつつ、自分の色を失わないように、バランス加減を考えながらやっています。写真の活動に関してはもっと自分主導で、衣装やモデルの用意などもひとりで作っているんですよ。完全に自分がコントロールして作っているので、全然感覚は違いますね。

いろいろな活動をされている中でも、ベースはやはり写真にあるのですか?

そうですね。活動の基盤になっているのは写真です。だけど、ネットでなにかやるのってタダじゃないですか。昔はコミケにブースを出すために5000円くらい払っていて、リスクもあったのですが、ネットの場合は、マナーさえ守ればいい。だからどんどんやろうと思っているんです。出してみないと分からないし、反応も早いから待たなくていいですしね。

今後やってみたいことなどはありますか?

今でもいろいろやりすぎて手一杯なのですが(笑)、ひとつ考えていることがあります。以前に、ニンテンドー3DSで見られるグラビアを作って、それをヨーロッパでの3DSの発売日に合わせて3ヶ月前くらいにネットに放流してみたら、50万アクセスくらいあって、ダウンロード数もものスゴいことになったんです。世間的には3Dって「もうオワコン」みたいになっていると思うのですが、3DSは売れているんですよ。バカ売れではないけれど、これからどんどん面白いソフトも出るし、ちょっとずつ売れ続けてはいるので、今3Dで何か見たりするとしたら、3DSが一番身近なのかなと。3Dモニターもテレビもあんまり売れてるという話は聞かないし。なのでまた、ニンテンドー3DSで見られる3Dのコンテンツを作ろうかと考えています。

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