
映像をめぐる冒険vol.4 「見えない世界のみつめ方」展 レポート
私たちは普段世界をどのように見ているか? —その問いかけにあなたはすんなりと答えることができるだろうか。
ともすれば日常の中で無意識的に行っている「見る」という行為に焦点を当て、単純な視覚の問題だけでなく、「ものを見る」ための世界認識そのものについてまで含め、改めて私たちに「見る」ことの意味を問いかけてくる展覧会、映像をめぐる冒険vol.4 「見えない世界のみつめ方」が、1月29日まで東京都写真美術館で開催されている。
PUBLIC-IMAGE.ORGでは展覧会のレポートとともに、昨年12月に開催された、出品作家のひとりでもあるdoubleNegatives Architectureの市川創太と建築家の平田晃久による、特別対談の模様も併せてダイジェストでお届けする。
Text:松井友里(PUBLIC-IMAGE.ORG編集部)
Photo:稲毛美紗
2008年より行われている連続企画の第4弾となる本展。「イマジネーションの表現」「アニメーション」「立体視」「拡大と縮小」「記録としての映像」の5つの基本コンセプトの中から、今回は「拡大と縮小」をテーマとして取り上げ、人間の視覚体験に大きな変化をもたらしてきた数々の資料とともに、新たな世界視認の方法を提示する、doubleNegatives Architecture 、小阪淳、鳴川肇の3組の作品を紹介している。
第1章 肉眼を超えて
本展のイントロダクションとも言える「肉眼を超えて」と題されたこちらの展示室では、テクノロジーの進化や理論の積み重ねによって、視覚の限界や、人々が「常識」としていた定義を塗り替えてきた記録的な写真や資料が展示されている。過去、先鋭的な映像作家を取り上げてきた「映像をめぐる冒険」シリーズである、という先入観のせいか、科学館のような展示物の数々に意表を突かれる構成だが、展示作品を追うとともに、科学的な技術やアカデミックな研究の蓄積が、いま私たちが常識としていることの根幹を作っていることに気づかされる。



1969年当時、「宇宙」や「未来」のイメージを決定付けた、アポロ11号の月面着陸写真をはじめ、ミルクの滴がこぼれ落ちる瞬間にできる「ミルククラウン」や、拡大されたウニのとげの断面図など、テクノロジーと寄り添うことによって「見える」ようになったものたちのドキュメントを写真で追うことができる。月面に着陸したアームストロング船長をとらえたショットは、今見ても鮮烈な印象を残す。
第2章 世界像のパラダイムシフト
科学史家のトーマス・クーンの著書、「科学革命の構造」から引用された、「世界はパラダイムの変革と共に変わるわけではないが、その後の科学者は異なった世界で仕事をする。」という言葉が巻頭言として掲げられた第2展示室。
ここでは天動説への転換とともに強まった、自然科学的な宇宙観による物事の見方を示している。かのコペルニクスが地動説を唱えた書物「天球の回転について」をはじめに、貴重な資料の数々が展示されており、自然科学の進化によって変転してきた世界認識の流れについて俯瞰することができる。


第3章 見えない世界のみつめ方
ここからは、現在進行形で新たな視野の獲得方法を提示し続けている現代の作家たちの展示に入っていく。
鳴川肇
まずこちらの展示室では、建築家の鳴川肇による「オーサグラフ」がメインで紹介されている。「オーサグラフ」とは、鳴川によって開発された、球体に現れる歪みを均等に分散した表記法のこと。「オーサグラフ」を適用することによって、極点など、極端に歪んだ場所のない世界地図を描くことができる。これまで当たり前に眺めてきた地図が地球の表記方法のひとつでしかないことに驚かされる。



「オーサグラフ」表記に基づいた世界地図のパズルは、来場者が自由に触れることができるようになっている。
doubleNegatives Architecture [dNA]
市川創太を中心に発足された建築家チーム・dNA(ダブルネガティヴス アーキテクチャー)が提唱しているのは「スーパーアイ」と群運動のシミュレーションから生まれた「Corpora」だ。これまでの作図法では表現することが難しかった複雑な構造体の設計を可能にした、イマジネーションを膨らませてくれる作品群だ。


スクリーン手前のタッチパネルを触ってみることによって、実際に「スーパーアイ」の複眼的な視点のダイナミズムを体験することができる。大型スクリーンのため、かなりの大迫力だ。

小阪淳
「見ること」について巡ってきた本展の最後は、デザイナーの小阪淳による「VIT (Ver.2.0)」。このプログラム内では、「宇宙」そのものがキャラクター化されており、訪れた人がコントローラーを操作することによって、目の前のスクリーンが次々に変化を起こし、スクリーンの中のキャラクターが動物になったり、土になったり、最終的にビッグバンを起こしてしまったりする。直感的に触れながら体験することによって、楽しみながら内容を理解することができる。


昨年の震災以降、私たちが住む世界の不安定さはより顕著になったが、それはまた視覚的な認識や世界把握についても同様だと気づかされる。
ただ、今回3名の作家たちはそれぞれの方法により、これまで見えなかった「世界」を可視化することで、世界観や信じるものが変化していくことが必ずしも悪いことではないと、言っているように思える。世界認識のために必要な立脚点は、これから先いくつも生み出すことが可能なものなのだ、と。
その他にも本展は、パズルやインタラクティブな装置など、随所に置かれた体験型の仕掛けによって、あくまで直感的に楽しむことができるように作られている。触って動かして、楽しみながら、探検するように会場を歩いてみてほしい。
【特別対談シリーズ】市川創太(出品作家)× 平田晃久 (建築家)
去る12月25日に行われた、出品作家であるdNAの市川創太氏と、建築家・平田晃久氏のトークセッション。1時間半に及んだ対話の中から、お互いの「世界の見つめ方」、市川氏による「スーパーアイ」の考え方、そして、本展鑑賞のヒントとなるコメントなどを抜粋してご紹介します。

お互いの「世界のみつめ方」
市川:建築という分野は非常によく図面を書くのですが、まず基礎として図法を学ぶんですね。それによって、建物を見た時にも図面を連想してしまったり、自分の発想やモノの見方自体にも図法が関わってきてしまうのではないかと思っていました。そこで、既存の図法にとらわれない表記法を考えようということで始めたのが「スーパーアイ」でした。簡単に言えば「ひとつの点からすべての方向を捉える」という考え方で、昆虫の複眼からインスパイアされました。
平田:僕は市川さんとはまったく違うやり方なのですが、できるだけ単純な形式で複雑なものを内包したような空間を作る方法をいろいろ考えながら実践するなかで、面白そうな空間ができるということがなんとなく分かってきました。建築という分野は閉鎖的で、ひとつの原理だけで成り立っている孤立感のようなものがあるのですが、もっと適当にやってもいいのではないかと思っている部分があります。これまではひとつの原理や形からすべてを作ろうとしていたところがあったけど、最近は、「とりあえず適当に箱を積んで、そこに穴を開けてみようよ」という風に思えるようになりました。例えば、植物などでも本質とは関係のないような”ヒダ”が”絡み”を作っていたりするし、ある部分で無関係なものや適当であるようなことが、意外にもポジティブな原理として働くんじゃないかという気がしています。
市川:以前に平田さんは、「理論的なものが成立するかしないかではなく、建築を作るためにこれをやっているんだ」というようなことを仰っていましたが、僕もそうありたいと思っているところがあります。「原理の純粋さ」を最終目的にするのではなく、部分的に異なる原理を積み重ねてもいいと割り切ることが、実務的な建築では求められるのではないかなと思います。いくつかの原理をうまく適用しながら、「全体のでき方」の指針のようなものを作っていくことで、作り手としての精神も安定させながら、最後まで設計や建設を貫き通すということができるようになるのではないでしょうか。
展示作品を見た感想
平田:市川さんの作品を見た時に、多細胞生物の体ができるプロセスみたいなものをなんとか規律しようとしているようなイメージが浮かびました。生き物が自分の体を作っていくというのは、本来スゴくオープンなプロセスだと思うのですが、市川さんの作品からは、そのプロセスをどのように建築のメソッドへと転換していけるかという問題意識とアプローチを感じたんです。一方で、多細胞生物が形成されていく過程は、もしかすると結構適当なのかもしれないという仮定も含まれていて、この厳密さと適当さの背中合わせのような感じを、市川さんはどう思っているのか聞きたいと思いました。
市川:例えば、すでにある結果を見て、そこから完成された形に向かう規律を追いかけていくのはスゴく難しいと思うんです。それは単に結果なだけで、そこに向かって自らが誘導していくとなると、それはとても難しい。でも結局、オープンなプロセスで作られた形と、厳密な原理のもとに作られた形というのは、あまり違いがないのではないかと。厳密にできているように見える生物の最終形態も、さっき話したようなオープンなプロセスのひとつの結果であって、非常に行き当たりばったりのものなのかもしれないと思っているところがあります。それは、トップダウン式の作り方とは対極にあるもののでき方だと思うんです。もちろん、トップダウンでものを作るということも建築には必要になってくるのですが、その対極にあるものも同居させたような作り方というのは非常に興味がありますね。

本展へよせて
市川:今回の「見えない世界のみつめ方」というタイトルには、「人間の持ち得ない視点をどのように獲得するか」という意味が含まれていて、それはdNAが行ってきた活動内容にかなり近いと感じています。いま僕らがフォーカスしているのは、ある構造の結節点に「スーパーアイ」を持ってきて、そこからどのように周りの目とつながっていくかというようなことなんです。例えば、鳥の目のように自由に座標が変わっていくものをもう少し整理して、そこに建築的な構造の成立や施行性の問題も取り入れることで、設計の基になるような形態ができないかと。最初に視点の問題として表記方法をあげましたが、単純に立面図や平面図をデザインすることはすぐできるけど、「スーパーアイ」がやろうとしているのは、そうした客観的にものを考えるやり方と対極的で、内側に主観的な視点の集合があり、それが形を作ったり、デザインのコント ロールの基になったりするようなアプローチです。それを説明するために、展覧会では3つのピースを展示しました。

平田:「世界をどのように見るのか」という部分が建築の一番面白いところだと思っているので、市川さんのお話はスゴく刺激的でした。お話を伺いながら、20世紀の建築とこれからの建築の違いについて考えていました。乱暴に単純化してしまうと、空間を作ってきた20世紀の建築に対し、これからの建築というのは、モノや人間の生活など、さまざまなものが絡まれる余地や可能性を作っていくことをメインテーマにすべきなんじゃないかと。僕はそれを「からまりしろ」と呼んでいます。以前にニュートンが定義した「絶対空間」という「均質で動かない空間」という概念があるのですが、同時代にまったく違う考えを持っていたのがライプニッツです。彼は、「空間とは同時存在の秩序である」と言っていて、平たく言えばモノ同士の関係性を、人間は空間として把握しているんだという考え方です。ライプニッツの考え方で物理学を規律しようとすると、定点がないためにスゴく難しいらしいのですが、いまも市川さんのようにライプニッツ的なやり方で宇宙を規律しようとしている人がいる。それは「確固とした空間がある」と定義してしまうよりも非常に現代的な考え方で、建築が発展していく可能性もそこにあるのではないかと。市川さんの「視点が変わるとモノの見え方が変わる」というお話を聞いて、今後どういった仕掛けが考えられていくのか、スゴく興味深いと思いました。

Artist Profile
市川創太
1972年、東京生まれ。1996年東京藝術大学大学院修了。2001-2004年東京造形大学非常勤講師。2001-2009年多摩美術大学非常勤講師。ノウボティック・リサーチ+キヤノン・アートラボ《IO_DENCIES 東京》(1997年)に建築・都市リサーチコラボレータとして参加。三上晴子との共作インスタレーション《gravicells[グラヴィセルズ]-重力と抵抗》(2004年)が世界12都市を巡回。1998年建築グループdoubleNegatives Architecture(ダブルネガティヴス アーキテクチャー)dNA 開設。グループの《Corpora》プロジェクトは2008年ベネチア・ビエンナーレ国際建築展でハンガリー国代表として出展された他、色々なヴァージョンで既に世界11都市で展示公開されている。アーティスト中谷芙二子とのコラボレーション《MU:Mercurial Unfolding》(2009年)など。
平田晃久
一級建築士。2011年1月現在、東北大学特任准教授(せんだいスクール・オブ・デザイン非常勤講師)。京都大学、東京大学、UCLAなどにて非常勤講師。
次回の特別対談・鳴川肇×田中良治は2012年1月22日(日) 15:00-16:30に、東京都写真美術館1階アトリエにて開催予定。
※当日10:00より1階受付にて整理番号付き入場券を配布。整理券番号順、自由席。定員70名、料金無料。
Exhibition Information
映像をめぐる冒険vol.4 「見えない世界のみつめ方」![]()
会期:2011年12月13日 (火) ~ 2012年1月29日 (日)
時間:10:00-18:00(木・金は20:00まで)
※2012年1月2日・3日は11:00-18:00
会場:東京都写真美術館 地下1階展示室
参加アーティスト:市川創太、小阪淳、鳴川肇
支援:文化庁メディア育成事業














